4 / 39
1章
4 りんごが繋ぐ縁 ①
しおりを挟む広い王城の敷地内を進むと、ようやく温室が見えてきた。
扉に鍵はかけられていないので、そのまま中へと進む。
入口付近には色とりどりの花々が咲き並んでおり、少し先の方にはちょうど今が旬のいちごが植えられていた。さらにその奥には大きめの果実が実る樹があり、かなり規模の大きい温室だと分かる。
「あるのは知っていたが、初めて入ったな」
青年は物珍しそうに辺りを見回している。
「ここは第二王妃様が所有している温室で、基本的には誰でも入れます」
「第二王妃……」
このアレストリアには現在二人の王妃がいる。
第一王妃と第二王妃はとても仲が良いことで知られており、この温室は第二王妃の趣味で造らせたものらしい。
王妃二人は頻繁にお茶会を開くのだが、そこで提供する花や果実を育てているのだとか。
また全てを食べきれはしないので、温室の管理を担っている庭師やガーデナーは、余った果物の持ち帰りを許可されていた。
昼食を失ったスーリアには、とてもありがたいことである。
「やたら花が多いようだが」
「もうすぐ第三王子殿下の結婚式があるので、それに向けていろいろと育てているようです」
「ああ……なるほど」
花壇を見た青年は、どこか遠い目をして納得した様子だった。
この国には三人の王子がおり、20歳を過ぎてなお全員独身であったが、そのうちの第三王子が三週間後に結婚式を控えている。
上の二人の王子――王太子と第二王子は浮ついた話すら聞かないが、それは仕方のないことだろう。
それというのも、王子たちにはそれぞれに悪い噂があるのだ。特に第二王子は冷酷な性格をしており、他人を寄せ付けないらしい。
噂の内容から、彼らに婚姻を申し込む女性が現れないという現状があるようだった。
スーリアは着飾るのが苦手で、派手な様式の王族主催の夜会には参加していない。そのため王子たちを直接見たことがなかったので、あくまでもそうらしいと聞いた程度だが。
「で、ここにきて何を――」
スーリアに視線を向けた青年の声が、途中で途切れる。
どうしたのかと首を傾げたスーリアを見て、彼は慌てた様子で言った。
「顔が赤いが大丈夫か?」
「え……あっ!」
それを聞いて、勢いよく己の頬を両手で押さえた。
「具合でも悪いのか?」
「み、見ないでください!」
青年が心配そうに顔を覗き込んでくる。
その顔の近さにスーリアの心臓は再び飛び跳ね、今度は恥ずかしさから全身が熱を持ち始めた。
「こっこれはその、体質的なもので……気温差のあるところにいると、顔が赤くなってしまうんです」
「体調が悪いわけじゃないんだな?」
「はい……」
青年は安心したのか、胸を上下させて息を吐いた。本気で心配させてしまったようで、なんだか申し訳ない気持ちになる。
これはスーリアの幼い頃からの体質で、特に寒い場所から暖かいところに移動すると、頬がりんごのように真っ赤に染まってしまうのだ。ちょうど温室に入ったことで気温が上がり、症状が出てしまったのだろう。
始めは気にしていなかったのだが、ヒューゴが馬鹿にしたように笑ってくるので、今ではこの赤く染まった顔を見られるのが苦手になってしまった。
「21歳にもなって、恥ずかしいですよね」
「いや? 俺はかわいくて良いと思うけど」
「……かわいい?」
「え、あ、いや……その」
なんとなく気まずい雰囲気になり、お互いに視線を逸らす。
横目で青年を見ると、彼は頭を掻きながら、恥ずかしそうにかすかに頬を染めていた。
この顔をかわいいと言われたのは、両親以外では初めてかもしれない。
もともと地味な顔立ちの上にこの体質だ。スーリアは自身の容姿の悪さを自覚していた。
特に親戚のシェリルとは会うたびに比べられており、スーリア本人はそこまで気にしていなかったのだが、周りがうるさかった。元婚約者のヒューゴはその典型で、スーリアと会うたびに容姿をなじってきたのだ。
悲観するほどではないが、今ではりんごのようなこの頬にコンプレックスを感じていることは事実である。
スーリアは微妙な空気を断ち切るように、そうだ!と思い出したように言った。
「騎士さまは、りんごはお好きですか?」
「りんご? 嫌いではないが」
「ならちょうどよかった!」
赤い顔を隠すようにして、スーリアは温室の奥へと走り出す。
最奥のその場所には、赤く色づいた食べごろのりんごのなる樹があった。時期的には少し遅いのだが、味に問題がないことは庭師であるスーリアがよく知っている。
温室にきた目的は、このりんごだった。これならば腹を満たすのにはちょうどいいだろう。
りんごを手に取ろうとしたスーリアだったが、そこで脚立を用意していなかったことに気づく。彼女の身長では手を伸ばしても届きそうもなかったのだ。
どうしようかと首を捻って、結局樹に登って取ることにした。幼い頃はよく屋敷の庭に生えている樹に登って遊んでいたので、なんとかなるだろう。
そう考えて幹に手を添え、足をかけたところで声がかかる。
「待て、登る気か?」
「そうですけど?」
追いついた青年が驚いたように聞いてくる。スーリアはそれ以外に何があるのかと、不思議そうに聞き返した。
青年は大きな溜め息をついて、スーリアを止める。
「危ないからやめておけ」
「でも、私の昼食が」
「ほら」
言葉と同時に彼は低めの枝に手を伸ばすとそれを手繰り寄せ、りんごをひとつもぎ取った。そのままスーリアへと手渡してくる。
「あ、ありがとうございます」
動揺しながらも礼を述べる。
青年の身長はスーリアより頭一つ分以上高く、手を伸ばせば軽々と枝に届くほどだった。
受け取ったりんごの表面を、ポケットから取り出したハンカチで拭う。
その間に彼はもうひとつりんごを手に取り、嚙り付こうとしていた。
「あ、待ってください。こっちを」
「ん?」
ハンカチできれいにしたりんごを手渡す。やらなくても問題はないが、もしかしたら表面が汚れている可能性もある。さすがに身分の高い騎士に、それを食べさせるのは気が引けた。
彼は代わりにもうひとつのりんごをスーリアに渡し、受け取った磨かれた方のりんごをまじまじと見つめた。
そして、ふっと笑って言う。
「君は優しいな」
本日二度目の眩しい笑顔に、スーリアの心臓はまたしても大きな鼓動を刻んだ。
体質とは関係なく頬が熱を持つのを感じる。
この時ばかりは、体質のおかげで顔のほてりを悟られなくてよかったと思った。
恥ずかしさを隠すように、両手でりんごを持って嚙り付く。程よい甘さとみずみずしさが口の中に広がり、空腹の胃が満たされていくのを感じた。
1
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されましたが、辺境で最強の旦那様に溺愛されています
鷹 綾
恋愛
婚約者である王太子ユリウスに、
「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄を告げられた
公爵令嬢アイシス・フローレス。
――しかし本人は、内心大喜びしていた。
「これで、自由な生活ができますわ!」
ところが王都を離れた彼女を待っていたのは、
“冷酷”と噂される辺境伯ライナルトとの 契約結婚 だった。
ところがこの旦那様、噂とは真逆で——
誰より不器用で、誰よりまっすぐ、そして圧倒的に強い男で……?
静かな辺境で始まったふたりの共同生活は、
やがて互いの心を少しずつ近づけていく。
そんな中、王太子が突然辺境へ乱入。
「君こそ私の真実の愛だ!」と勝手な宣言をし、
平民少女エミーラまで巻き込み、事態は大混乱に。
しかしアイシスは毅然と言い放つ。
「殿下、わたくしはもう“あなたの舞台装置”ではございません」
――婚約破棄のざまぁはここからが本番。
王都から逃げる王太子、
彼を裁く新王、
そして辺境で絆を深めるアイシスとライナルト。
契約から始まった関係は、
やがて“本物の夫婦”へと変わっていく――。
婚約破棄から始まる、
辺境スローライフ×最強旦那様の溺愛ラブストーリー!
寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~
紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。
「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。
だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。
誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。
愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜
六角
恋愛
「可愛げがないから婚約破棄だ」 王国の公爵令嬢コーデリアは、その有能さゆえに「鉄の女」と疎まれ、無邪気な聖女を選んだ王太子によって国外追放された。
極寒の国境で凍える彼女を拾ったのは、敵対する帝国の「氷の皇帝」ジークハルト。 「私が求めていたのは、その頭脳だ」 皇帝は彼女の才能を高く評価し、なんと皇后として迎え入れた!
コーデリアは得意の「物流管理」と「実務能力」で帝国を黄金時代へと導き、氷の皇帝から極上の溺愛を受けることに。 一方、彼女を失った王国はインフラが崩壊し、経済が破綻。焦った元婚約者は戦争を仕掛けてくるが、コーデリアの完璧な策の前に為す術なく敗北する。
和平交渉の席、泥まみれで土下座する元王子に対し、美しき皇后は冷ややかに言い放つ。 「頭が高いのではないでしょうか? 私はもう、貴国を支配する帝国の皇后ですので」
これは、捨てられた有能令嬢が、最強のパートナーと共に元祖国を「実務」で叩き潰し、世界一幸せになるまでの爽快な大逆転劇。
『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ~王太子ざまぁはご褒美です~』
鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがないから、婚約破棄する」――
王太子アルヴィスから突然告げられた、理不尽な言葉。
令嬢リオネッタは涙を流す……フリをして、内心ではこう叫んでいた。
(やった……! これで自由だわーーーッ!!)
実家では役立たずと罵られ、社交界では張り付いた笑顔を求められる毎日。
だけど婚約破棄された今、もう誰にも縛られない!
そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き伯爵家――
「干渉なし・自由尊重・離縁もOK」の白い結婚を提案してくれた、令息クリスだった。
温かな屋敷、美味しいご飯、優しい人々。
自由な生活を満喫していたリオネッタだったが、
王都では元婚約者の評判がガタ落ち、ざまぁの嵐が吹き荒れる!?
さらに、“形式だけ”だったはずの婚約が、
次第に甘く優しいものへと変わっていって――?
「私はもう、王家とは関わりません」
凛と立つ令嬢が手に入れたのは、自由と愛と、真の幸福。
婚約破棄が人生の転機!? ざまぁ×溺愛×白い結婚から始まる、爽快ラブファンタジー!
---
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる