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1章
5 りんごが繋ぐ縁 ②
しおりを挟むしばらく夢中で食べていると、青年が思い出したように聞いてくる。
「そういえば、君は木登りが得意なのか?」
「得意と言うわけではないですけど、幼い頃によく木に登って遊んでいたので、いけるかなと」
「幼い頃に?」
「はい。最近はもっぱら脚立頼りですけど」
スーリアの言葉に青年は考え込むようなそぶりを見せた。
途中までかじったりんごを見つめて、それから徐にスーリアの方を向く。
「その体質は、幼い頃から?」
「え? そう、ですけど」
何か気になることでもあるのだろうか。スーリアの体質のことなど知っても、彼には関係ないだろうに。
青年は眉間にしわを寄せて、さらに考え込むようにして黙った。
なんとなく声がかけにくく、スーリアも続けて黙る。
しばらく沈黙が続いて、先に口を開いたのは黒髪の青年だった。
「失礼だが、君の身分は?」
「えっ、と……平民です」
ここでのスーリアは、ただの平民だ。
さすがに伯爵令嬢という身分で庭師の仕事をしているなど、誰にも言えない。嘘をつくことになるが、真実がばれて仕事ができなくなるよりはずっとましなので、申し訳なさを感じながらも答えた。
「……そうか」
納得したのかしていないのか、彼は複雑な表情を浮かべていた。
なぜスーリアの身分を気にするのだろうか。気になったが、聞けるような雰囲気ではなかったので言葉をのみ込んだ。
すると、青年は再びスーリアをまっすぐ見て言う。
その灰色の瞳と、スーリアの若草色の瞳がかち合った。
「――名前を聞いても?」
「スーリア、と申します」
「スーリア……」
青年は小さな声で聞いたばかりの名前を呟いた。
その名を忘れないようにと、記憶に刻んでいるようだった。
「騎士さまのお名前は?」
要望通り答えたのだから、こちらから聞いても問題ないだろうと思い尋ねる。
彼は少し迷ったようなそぶりを見せた後に、答えてくれた。
「ロイ……だ」
「ロイ様、ですね」
「ロイでいい。それから敬語もいらない」
「さすがにそれは――」
いくらなんでも平民を装っているスーリアが、身分の高いだろう近衛騎士を呼び捨てにし、その上砕けた物言いで接することなどできない。
そう思い反論しようとしたが、彼の言葉に遮られる。
「命令だ。次に会う時までに直しておけ」
「えぇ!?」
くつくつと意地悪く笑いながら、ロイと名乗った青年が言う。
この命令に強制力はないだろうが、なぜか彼の雰囲気に従わざるを得ないような何かを感じた。
それよりも、彼はまたスーリアと会う予定らしい。
確かに同じ王城で働く限り、偶然再会することもあるだろう。だが、彼の口調はまた会いに行くと、そう言っているようにも聞こえた。
スーリアは与えられた課題に、頭が痛くなる。
「俺はそろそろ戻るから、君も適当なところで切り上げろよ」
スーリアの手の中にある、かじりかけのりんごを指さしてロイが言った。
余計なお世話だ。そもそも誰のせいでお弁当が無駄になったと?
そう思ったが、彼が温室の出入り口に向けて歩き出したので口にはしなかった。それにスーリアもそろそろ戻らないと、今度はジャックが心配して探しにきてしまうだろう。
ロイの後を追いかけるようにして歩き出す。
前を歩く彼の艶やかな黒髪が、温室に差し込む光を吸収して、ひどく幻想的に見えた。
その黒髪を揺らしながら、彼が振り向く。
「またな、スーリア」
きれいな微笑みを向けて、彼は小走りで温室を出て行った。
あとに残されたスーリアは、本日もう何度目かも分からない、うるさい鼓動を聞いたのだった。
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