死にたがりの黒豹王子は、婚約破棄されて捨てられた令嬢を妻にしたい 【ネコ科王子の手なずけ方】

鷹凪きら

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5章

30 魔法の解きかた ②

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「な、なにっ――」

 視界を覆う眩しさに、何が起きたのか理解できずに混乱していると、左腕を掴まれた。
 そのまま引き寄せられ、前のめりに倒れそうになったスーリアの唇に柔らかい感触が。
 『え?』と思い目を開けると、眼前に長い睫毛を伏せた、ロイアルドのまぶたが見えた。

 反射的に顔を離そうとしたが、彼の左手が後頭部に回りそれを阻止する。

 一瞬だけ離れて息を吸うも、すぐに角度を変えて、先ほどより深く口付けをされた。

「んんっ……」

 これは今、どういう状況なんだろう。
 触れたところが熱くて、あたまがふわふわする。
 ついさっきまで恐怖に震えていたはずなのに。確か考えなくちゃいけないことも、たくさんあったような……
 ――でも、今はもう何も考えられない。

 頭の芯から溶けていくような感覚に、自然と涙が滲み、足の力が抜ける。
 膝立ちの状態から、ぺたりと床に座り込んだ。

 その時、床に転がっていたナイフの柄に靴先が当たり、『カランッ――』と刃と石の床が擦れ合う音が響いた。

「おい、なんか変な音がしなかったか?」
「聞こえたな、様子を見てくるか」

 ぼんやりとする思考の片隅で、声が聞こえた。
 犯人の男たちの靴音が、だんだんと近づいてくる。

 徐々に現実へと引き戻されるスーリアの思考とは裏腹に、ロイアルドが唇を離してくれる気配はない。犯人の会話は聞こえていたはずなのに。
 彼の身体を押して無理やり離れようかと考えたが、うまく力が入らなかった。

 ガチャガチャと鍵をいじる音が聞こえ、扉が開かれる。
 薄暗い室内に、扉の向こう側からランタンの明かりが差し込んだ。

「あ!? なんで男がいるんだ!?」
「おい、もう一人の女はどうした!?」
「ってかおまえら何やってんだ!!」

 男たちが戸惑うのも無理はない。スーリアが彼らの立場だったら、同じように叫んでいただろう。
 それくらい、今の自分たちの状況は異常だった。

 ゆっくりとロイアルドが離れていく。
 彼は小さく息を吸ってから、低く唸るような声で言った。

「うるさい、邪魔するな」
「あん!? なんだっ――てっ――――うがっ!」

 犯人の一人が変な声を上げて、仰向けにばたりと倒れる。
 振り向きざまに、ロイアルドが鞘に収められたままの剣の先で、男のこめかみの辺りを突いたのだ。犯人は気絶したようで、ぴくりとも動かない。

 ロイアルドは怯むもう一人の男に素早く近づいた。

「おまえも寝てろ」
「ひっ」

 そのままの勢いで喉元を突いて、前のめりに倒れ込んだ男の首裏に手刀を入れる。
 二人の犯人が床に沈むまで、三十秒もかからなかった。

 呆然と目の前の出来事を眺めていたら、上の階が騒がしくなってきた。

「やっときたか」

 部屋の奥にある階段から、数名の騎士が降りてくる。
 その中で金色の髪を後ろでひとつに縛った、見覚えのある騎士がロイアルドに駆け寄った。

「殿下!」
「遅い」
「人間が全速力のヒョウに追いつけるはずがないでしょう……!」

 不満を滲ませるロイアルドに、彼の副官であるクアイズが愚痴をこぼす。
 二人が会話をしている間に、他の騎士たちが気絶した犯人を取り押さえ始めた。

「人の姿に戻られたのですね」

 クアイズが小声で言う。
 それにロイアルドが無言で頷いた。

「あの二人の会話は聞いていた。詳細はあとで俺から話す。スーリアは一度自宅に帰すから、聴取は明日以降にするように伝えておけ」
「承知しました。建物の前でもう一人別の男を捕獲しておりますが、あれも末端の者のようです」
「だろうな、手口が稚拙すぎる。どちらも安い金で雇われた素人だろう」

 二人の会話を聞いて、自分が被害者であることを思い出す。あのまま、ロイアルドが間に合わなかったらと思うとぞっとした。

「スーリア、立てる、か――」

 声をかけながら振り向いたロイアルドの動きが、ピタリと止まる。
 どうしたのかと首を傾げながらもこくりと頷くと、彼は眉根を寄せて言った。

「いや……抱えていくから、俺の胸にでも顔を埋めとけ」

 膝の下に手を差し入れ、問答無用でスーリアを抱き上げる。

「え!? 大丈夫よ、歩けるわ!」

 胸を叩いて抗議するも、彼は視線を逸らして気まずそうな顔をした。

「今の君の顔を、他の男に見せたくない」
「顔? ご、ごめんなさいっ……そんなに酷い顔をしているのかしら……」

 確かにいろいろありすぎて疲労が溜まっているし、疲れた顔をしているかもしれない。
 まさか他人に見せられないほど酷いことになっているとは思わず、慌てて両手で顔を覆った。

「いや……酷いというか、その……さっきの、あれのせいだな。すまん、全部俺が悪い」

 言葉を濁しながら彼が言う。
 さっきのあれ、とはもしかして……
 先ほどの触れ合いを思い出し、再び顔が熱を持つ。

 スーリアの頬は赤く染まり、瞳は滲んだ涙で潤んでいた。唇はほんのりと濡れているし、扇情的なその姿を、ロイアルドが自分以外の男に見せたくないと思うのも当然だ。

 結局、大人しく彼の胸を借りることにした。
 黒い隊服に頬を寄せると、そこから伝わる体温にほっと息をつく。
 張っていた糸が切れたかのように、緊張から解放された。

 彼の腕の中にいる安堵感から、無意識に涙がこぼれる。
 今さらになって攫われた恐怖感と、ロイアルドが助けに来てくれた安心感で、心の中がぐちゃぐちゃだ。
 やっぱり、泣くなんて自分らしくない。
 そう思うも、あふれてくる涙を止めることができなかった。

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