秘術師見習い

火吹き石

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3.繕いの術

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 コガタナは、ヒスイの腕を掴んで小走りになって、仲間たちから距離を空けた。そして誰よりも早く、一目散に自分が働く秘術工房の戸の前に立つと、松明の柄で扉を乱暴に殴った。

「起きろ、起きろ! さあ、起きろ! 見習いが来たぞ、新年が来るぞ! とっとと出てこい!」

 コガタナがそうして何度も扉を殴っているのを、ヒスイは笑いながら見ていた。

「お前、そんなことして平気なのかよ。親方におこられないか。」

「大丈夫だって。心配すんなよ。」

 そう答えながらも、コガタナは少しばかり心配していた。見習いとなってから、これまでに冬の行進を二度経験していたが、自分の働く工房の扉をこうやって叩いたのは初めてだった。

 祭が終わったら、師匠の下で働く日常が戻ってくるのだ。それを考えると、尻込みしてしまうのだ。だが今年は、コガタナの成人になる年でもあって、若者の気はいつにも増して大きくなっていた。

 扉がゆっくりと開き、小さな隙間ができた。中からは、松明の黄色い光に照らされているというのに青白く見える、コガタナの先輩の顔が浮かび上がった。その顔は疲れと眠気で荒んで見えた。それが余計におもしろくて、見習いはげらげらと笑った。

「菓子をくれよ。かわいい後輩が来たんだぜ。菓子をくれよ。」

 コガタナはそう言って手を差し出した。先輩は後輩に目もくれず、そのそばに立っていたヒスイに目をやった。それから、コガタナに目を向け直す。

「入ってこい。あの水差しが組み立て終わったんだ。これから秘術で直すところを見られるぞ。」

 そう言って、先輩は工房の中に入った。

 コガタナはヒスイにちらと目を向け、どうしたものかと思った。若者だから、コガタナもヒスイも、騒がしい行列と一緒に行かなければならなかった。走ってきたから、いまは仲間たちから距離を空けているが、すぐに近くまで来るし、追い越されてしまうかもしれない。

 だが呪文による修理はすぐに終わるだろうから、それを見てから仲間を追いかけたら十分間に合うはずだ、と見習いは思い直した。それで、コガタナはヒスイの手を引くと、工房に入った。

 二人が入ると、仕事場は松明の灯りでまばゆく照らし出されたが、火鉢の灰に差し込むと、その光も弱まった。

 作業机を挟んで、師と先輩とが並んで立っていた。机の上には、泥で一時的に組み立てられた、硝子の水差しが置いてある。コガタナとヒスイは、師の反対に並んで立った。

 近くに行くと、水差しの横に、ひとつまみの地の元素塩を載せた小皿が置いてあるのが見えたが、呪術師ではないヒスイには、たぶん色のついた砂としか見えないことだろう。

 ヒスイが、心配そうに囁いた。

「なあ、おれ、見ていいのかな。まじないって、秘密じゃないのか。」

「見ても構わんよ。」

 そう答えたのは、コガタナの師だった。

「秘密はあるがね、繕いの術を見るくらい、どうということはない。治療師が、わざわざ患者に目隠しをするかね。見ただけで分かるような秘密ではないのだよ。」

 それから、師はコガタナの先輩に目を向けた。

「さて、今夜はお前さんにしてもらおうか。」

「おれがしたい!」

 コガタナはそう言って、飛び上がらんばかりに、勢いよく手を上げた。

「おれがする。そのくらい、おれにだってできますよ。」

 先輩が、くっくと喉を鳴らして笑った。

「お前、そうやってヒスイに、いいところを見せようってのか?」

「違いますよ。ヒスイは関係ない。」

 コガタナはむすっとして口を尖らせた。だが言われてみると、ヒスイに自分の仕事を見せられるいい機会だった。ふだんは、それぞれ別の仕事をしているのだし、秘術は日常で使うような技ではなかったからだ。それで、いよいよ自分で修理をしたいと思った。

「おれがしますよ。」

 そう言って、コガタナは作業台の小皿に手を伸ばした。しかし見習いの手が届くより早く、先輩が皿を手元に引き寄せた。コガタナは先輩を睨んだ。先輩は苦笑した。

「お前はこれから朝まで騒ぐんだろ。いま術を使ってみろ、日が昇る前に疲れて寝てしまうぞ。」

「それに、さっき塵をやっただろう」

 と、師が引き取った。

「後で、なにか見世物でもしたらどうだね。お前の技を見せる、またとない機会ではないかね。」

 コガタナは、腰に下げている小さな袋を手で撫でた。そこには呪文に力を与える材料となる、元素の結晶が入っていた。これを仲間たちが見ている前で使って術を披露すれば、この上なく楽しそうだった。それで、ここは先輩に任せることに納得した。

 先輩は小皿から元素の結晶を手に取ると、両手に等分に乗せた。そして継ぎだらけの水差しに覆いかぶさるようにして、それを抱くように両腕を曲げた。だが、水差しに触れはしなかった。

 それから顔を水差しに近づけると、聞き取れぬほどの小さな声で囁きかけた。ヒスイは興味を持って作業台に身を乗り出した。コガタナは、なにを囁いているのか聞こえてはいなかったが、おおむね想像ができた。

「引き離されたものよ、結びつくがいい。欠けたものよ、満ちるがいい。割れたものよ、一つとなるがいい。お前は土から生まれたもの。ここにお前の源がある。お前がそこから出たところへと帰り、私の手でふたたび全きものとなるがいい。引き離されたものよ――」

 秘術師は繰り返し囁いた。コガタナは、むっと土や草、木の匂いが立ち込めるのを感じた。それは秘術師の両手にある、土の元素塩から発せられているものだった。元素の結晶が燃え、濃い大地の匂いのする不可視で無形の、なにか微細で軽やかな霞のようなものとなり、それが壊れた水差しに吸い込まれていくのが、コガタナには目に見えるように感じ取れた。

 とはいえ、それは本当の匂いではなく、呪術師だけが感じる感覚だった。呪術師でないヒスイには、なにが起こっているのか分からないだろう。

 それに、師や先輩も、それぞれに違った感覚を覚えているに違いなかった。霊的な感覚は、人によって違いがあった。コガタナには、元素を匂いのようなものとして感じられるが、先輩は熱として、師は音として感じ取るのだと言っていた。それがどうしてなのかは、誰にも分からなかった。

 コガタナは、元素がすべて水差しの中に吸い込まれるのを感じた。あたりに立ち込めていた大地の香りは、消えてなくなった。先輩は呪文を唱えるのを止めると、手を机につき、荒く息をした。額には汗が浮かんでいる。

 ヒスイは困惑気味に、三人の呪術師の顔を順々に見て、それからコガタナに向けて言った。

「なにが起こったんだ? なにか……変な感じがしたけど。」

 コガタナは頷いた。

「いまのが秘術だよ。その『変な感じ』ってのが元素だろうな。先輩が命の息吹と大地の元素を、壊れた水差しに吹き込んで、新しい形を与えたんだ。つまり壊れた水差しと塩を可能なものとして、別の現実のものに……。」

 そこまで言ってから、コガタナは首を捻った。ヒスイは明らかに理解していなかった。見習いは師に困った顔を向けた。師は穏やかに言った。

「基本的な考え方は、ふつうの修理と同じだよ。二つに割れたものがあれば、くっつければいい。だが硝子をくっつけることは、まして元通りにくっつけた上で使えるようにすることは、手の技ではなかなかできないことだろう。それが、呪術にならできる。いま起こったのは、壊れた水差しに少しばかり材料を継ぎ足して、壊れる前にそっくり同じ水差しに作り直したのだよ。」

「じゃあ、これ、継ぎだらけだけど、直ったんですか?」

「直っている。手にとって確かめてみるといい。その泥を剥がしてみなさい。」

 師がそう言うと、ヒスイは水差しを手に取った。それは術が施される前と、見た目はなにも変わってはいなかった。粘土で継がれて、無数の線が表面に走っている。

 ヒスイは泥で描かれた線を指で撫で、それから、爪で引っ掻いた。すると、若者は息を飲んで、顔を上げた。

「これ、もともと割れてたんですよね。すごいな、新品みたいだ。」

 そう言って、ヒスイは泥を爪で削っていった。コガタナが横から覗き込むと、思った通り割れは直っていて、その痕跡すらも残ってはいなかった。

 ヒスイは何箇所かを調べて、そのどこにも傷が残っていないことを確認すると、作業台に置いた。それから、コガタナに顔を向けた。

「お前も、こんなことができるのか?」

「そりゃ、そうさ。こんくらい――」

 と言いかけて、コガタナは一度口をつぐんで、言い直した。

「いや、難しいかな。こんだけばらばらになってたら、できない……かもしれない。」

「できるわけがないだろう。」

 術を施してからずっと黙っていた先輩が、ようやく口を開いた。

「おれだってきついんだ。お前にはまだ早いな。」

 コガタナは不満そうに口を尖らせていたが、黙って俯いた。暗かったから誰からも見えなかったが、顔は赤くなっていた。ついさっき、自分で修理をするのだと息巻いていたのが恥ずかしかったからだ。

 師が口を開いた。

「さてさて、二人とも、行かなくていいのかね。連中はもう先に行ったようだが。」

 コガタナとヒスイは、はっとして戸口に顔を向けた。若者たちの騒ぎ声が、遠くの方に聞こえていた。秘術師の仕事を見ているうちに、思ったよりも時間が経っていたようだった。

 二人は急いで火鉢の灰に刺していた松明を取り出すと、戸口に向かった。ヒスイが先に出て、コガタナがそれに続こうとして、振り返った。

「お二人は来ないんですか?」

「しばらくしたら行く。お前の先輩が、少し休んだらな。」

 それで、コガタナはヒスイに続いて出ていった。ヒスイは通りの向こうを見ていた。コガタナがそちらに目を向けると、遠くに松明の群れが見えた。

「急がなきゃな。」

 ヒスイが言った。二人は並んで走り出した。しばらくして、コガタナは友人に言った。

「後で、いいもん見せてやるよ。さっきのより、もっと派手なのをな。」

 ヒスイは見習い秘術師に怪訝そうな顔を向けた。

「なんだよ、なにかまた直すのか? 誰かが壊した扉とか?」

「違うよ、そんなんじゃない。もっと――」

 と言いかけて、止めた。

「後で見せるよ。楽しみにしてろよ。」

 そう言って、コガタナはにやっと笑った。二人は、騒がしい人だかりに近づいていた。
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