秘術師見習い

火吹き石

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2.見習いの行進

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 もう夕方だった。冬を間近にして空気は冷たく、コガタナは外套をきつく体に巻き付けた。

 そこは職人らの工房が集まっている区域で、工房からは三々五々、仕事を終えた職人たちが出てきては、飯屋や飲み屋に向かっている。コガタナは人の流れに合わせてしばらく歩き、すぐに、通りの向こう側に目的の店を見つけた。軒先に、黒い馬と盃とが並んで描かれた看板が出ていた。道行く人を掻き分けて渡ると、コガタナは扉を肩で押して入った。

 店に入ると、すぐに、木の燃える煙と、食べ物の美味しそうな匂いとに包まれた。薄暗い店内にはいくつか机があり、そこここに火鉢が置いてある。

 机の周りには、このあたりの工房で働く、若い見習いたちが集まっていた。というより、店には見習いばかりで、もっと年上の客は見当たらなかった。

 若者たちの机にはすでに食べ物が運ばれており、みな大声で話しながら飲み食いしていたから、誰も新しく店に入ってきた仲間には気づかなかった。

 コガタナは手に持っていた松明を、戸口の横に立てかけた。そこには、すでにいくつも松明が置いてあった。それから机に近づいていくと、若者たちの一人が気づき、手を上げた。コガタナはその若者を見て、思わず声を上げた。

「ヒスイ! お前、仕事してなくていいのかよ。」

「そりゃ、当たり前さ。まだ若者組だからな。」

 ヒスイはそう答えた。若者たちの中でも大柄で、肉付きがよい体つきをしていた。コガタナよりも一つか二つは歳上で、背も高い。〈黒馬亭〉の見習いだが、若者ということで仕事を休んでいるのだろう、片手に盃を持ち、どっしりと席に腰を下ろしていた。

 コガタナが来たのに気づくと、ヒスイの横に座っていた若者は席を立ち、思わせぶりな下卑た笑みを二人に向けた。コガタナはかっと顔を赤らめた。

「なんだよ、お前。なに笑ってんだ。お前、年越しを寝床の上で迎えたいのか?」

 コガタナはそう言って、相手を脅した。見習い秘術師は、それほど大きな体格に恵まれているわけではなかったが、喧嘩っ早く、しかもおこりっぽかった。もっとも、かといって喧嘩に強いわけでもなかったが。

 相手は、コガタナの脅しを受けても、しかし笑みを浮かべたままだった。いよいよコガタナが握り拳を作ると、ヒスイが口を出した。

「座れよ。落ち着けって。ほら、飲めよ。」

 そう言って、半分残った盃を持ち上げた。コガタナは鼻息荒くそれを受け取ると、一息に飲み干した。それから、ヒスイの横に座って、居並ぶ若者たちの顔を眺めた。

「ほとんど集まってるかな? あれ、新入りはどこにいるんだ?」

 コガタナがきょろきょろと見回すと、ヒスイが肩を叩き、別の卓を指した。そこには今夜で見習いを初めて一年になる、コガタナの後輩たちがいた。まだまだ幼い顔は、酒と、今夜の初めての楽しみへの期待で紅潮していた。

 後輩たちの初々しい雰囲気に、コガタナは思わず顔をほころばせ、ヒスイに囁きかけた。

「見ろよ、あいつら。浮かれちゃってよ、顔が真っ赤になってるぜ。」

「お前だって赤いぜ。」

 ヒスイが答えた。コガタナはふくれっ面をして、友人を振り向いた。

「そうかい。だけど、お前だって赤くなってるぞ。」

「そりゃ、そうさ。酒を飲んでんだから。」

 ヒスイはそう言って笑った。

 コガタナがまたなにか言い返そうとすると、大柄な若者は、その肩を抱き寄せ、乱暴に、だが親しみを籠めて揺すった。それで、コガタナはすぐに刺々しい気持ちを無くし、相手の肩を荒っぽく小突いた。

 そうやって二人が互いにふざけあっているのを、周りの若者たちはにやにや笑いながら見ていた。

「なあヒスイ、コガタナがもう十八になるって、知ってるだろ。」

 ヒスイと同じ歳の一人がそう言った。別の若者が続けた。

「今夜はお楽しみだな。初めてだろ?」

 また別の若者が、え、と声を上げた。

「こいつら、まだやってなかったのか? おれ、てっきりもう毎晩盛ってんのかと思ってたんだけどなあ。」

「おい、ヒスイは真面目なんだよ、お前と違ってな。――ああ、しまった、新年の贈り物でも用意しとけばよかったな。花の香りのする香油なんてどうだ? 記念すべき初夜には、それなりの用意が必要だろ。」

 最初に口を出した若者が、笑いながら言った。周りの若者もそれにつられて笑った。

 たいてい、少年の家からは、十五か十六くらいで見習いに出て働きはじめる。働いているとはいえ、あくまで子どもであったし、ましてヒスイはコガタナよりもいくつか上だから、二人が同衾するのはあまりよろしいこととはみなされない。

 もっとも、歳の近い少年同士で色恋に興じる者も、別段珍しくはなかったが。

「……お前ら、いい加減にしろよ。」

 コガタナは低い声ですごんで見せた。若者たちは笑いを噛み殺したが、口元はぴくぴくと震えていて、笑いを消そうとしても消せないといった様子だった。

 コガタナが唸り声を上げた。すると、ヒスイがコガタナの肩をまた揺すった。

「ほらほら、ちびさん。飯を食えよ。腹が減ってるから気が立ってるんだ。」

 そう言って、若者は卓に上がっていた皿を引っ張った。深皿には、玉ねぎをはじめとする数種の香味野菜や茸を、たっぷりと香辛料を効かせた油で煮た料理が入っていた。

 その香ばしい匂いを嗅いで、コガタナは腹が減っているのを思い出した。それで、大きなパンの固まりに手を伸ばすと、小さく千切っては、油や野菜を掬って食べた。ヒスイも横から手を伸ばし、同じようにして食べた。

 しばらく、一同は飲んだり食ったりしながら時を過ごした。そうしていると、ちらほらと見習いが店に集まってきて、日が暮れる頃には、店内は若者たちでいっぱいになっていた。

 給仕の手が足りなくて、それまで飲み食いしていたヒスイも〈黒馬亭〉の先輩たちを何気なく手伝い、コガタナは仕事をしている友人を見守っていた。

 本当は、年の瀬には若者らは労働から解放されることになっていたが、ヒスイはもう若者の仲間入りをしてそこそこ経っていたので、後輩たちと同じようにはしゃいでいることができないようだった。

 日が暮れてしばらくして、夜も深まってくると、若者たちは言葉少なになり、そわそわとしはじめた。みななにかを待つように、互いに目配せしている。

 すると、仲間たちで年長の何人かが立ち上がり、外套を体に巻きつけると、戸の横に集めていた松明を銘々に一つ掴んだ。年下の若者たち、少年たちも立つと、それぞれ松明を持って、それから店内にいくつか置いてある火鉢の周りに集まった。

「さあ、そろそろ行こうぜ。もうじき、ほかの区のやつらも動きはじめるだろ。」

 そう言って、歳上の若者たちは松明を火に突っ込んだ。樹脂に浸した布を巻いていた木切れは、瞬く間に火に包まれ、燃え上がった。年下の仲間はその周りに集まり、互いの松明を近づけ、火を分け合った。

 すぐに、店内は煙と光に満たされ、まるで火事でも起こっているような有様になった。何人かが煙に咳き込んでいる。コガタナも口元を腕で押さえ、目を細めた。

「お前ら、しっかり大声を出すんだぞ。ほかの区のやつらに負けるなよ。おれたちの最後の行進なんだからな。さあ、おっぱじめるぞ!」

 最年長の若者がそう言うと、年下を引き連れ、店の外へと流れ出ていった。食べ零しも飲み残しも放っておき、誰も小銭一枚も支払わなかった。

 店員も親方も、騒々しい連中が出ていくのをあきれ顔で見送りながらも、文句は零さなかった。みな若かった頃には、こうして年毎に遊んでいたのだから、いまさら文句を言うことなどできなかった。

 日が暮れて時間が経っており、外は真っ暗だった。だが若者たちが通りに溢れると、掲げる松明に照らされて、あたりは真昼のように明るくなった。そして若者らは通りの左右へと二つに分かれ、大声でどなりながら、道沿いの工房の扉をがんがんと叩いた。

「起きろ、起きろ! 古い年が終わるんだぞ! 起きてこい! おれたちと一緒に祝うんだ! 起きろ、起きろ!」

 一同はそんなことを叫んでいた。もちろん、コガタナも、ヒスイと一緒になって叫んだ。そうして扉が開くと、中から笑ったり、顔をしかめたりしている親方や職人が出てきては、若い見習いたちに、菓子や果物、あるいは小銭を渡して、若者たちの列に加わっていった。

 この夜は古い年の終わりで、次の日の出とともに新しい一年がはじまるのだ。そして年の変わり目には、若者たちが騒ぎ回ることが、この町では伝統となっていた。冬至の日、つまり太陽が最も力を弱める時に、若者の荒々しい活力を太陽に与えるためというのが、この祭の目的だと伝えられていた。

 とはいえそんなことを、当の若者たちはほとんど気にしておらず、ただ浮かれ騒ぐことを認められた一日というだけだった。町中のあちこちで、それぞれの区毎に見習いたちは集まり、同じようにして叫びながら練り歩いていた。
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