ジュンケツノハナヨメ

かないみのる

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 友希哉から嬉しい提案があったのは、二人でのんびりテレビを見ていた時だった。


 クイズ番組の問題に、わたしが答えて友希哉が相槌を打っていた折、急に決心た顔つきになって彼は切り出した。



「ねえ、マユ」


「ん?」


「来月の初め、空いてる?」


「空いてるけど、なんで?」


「両親に会ってほしい」


「それって」


「そろそろ、ね」



 友希哉が照れくさそうに頭をかいた。わたしは突然の話に驚き、胸が躍った。


 おそらく結婚前に両親に会って欲しいということだろう。


 友希哉との結婚がついに現実のものになるなんて。



「どうしよう、どんな格好すればいいかな? 手土産は何にしよう」



 わたしは友希哉の両親の事を想像して緊張してきた。


 厳しい人達だったらどうしよう。

 
 嫌われて結婚を認めてもらえなかったら大変だ。


 準備万端にしていかないと。



「そんなに気を使わなくていいよ。そんな大層な親じゃないし」


「でも、第一印象は大事だし」


「あ、それから結婚式場の見学にも行こう。今ならフェアをやっている式場が多いみたいだし」


「うん!」



 わたしはクローゼットに向かい、服をチェックした。


 友希哉の両親に失礼のないように、綺麗めのワンピースを着ていこう。


 きちんとアイロンをかけて、丈にも気をつけて。


 お菓子は駅前で探してみよう。


 服を選んでいると、友希哉は呆れ顔で笑っていた。



「マユ、まだ早いよ。両親に会うのは来月。先に結婚式場の見学の予約をしよう」


「うん!」


「どこの式場行きたい?」


「駅近くの式場がいいな。ガラス張りでステンドグラスが綺麗なところがあった気がする」


「了解! 調べてみる」



 友希哉はスマートホンで式場を調べ始めた。


 テレビへの興味は二人とも完全に無くなっていた。


 番組の司会者の呼びかけがむなしく通り過ぎる。



「ところで友希哉、なんで急に結婚に向かって進め始めたの?」



 この間までは全然興味なさそうだったのに、彼を動かしたのはなんなのだろう?


 わたしは服を選ぶ手を止めて、友希哉の方を見た。


 彼は、スマートホンから目を離さずに答えた。



「いや、単純だけど、子どもが欲しくなって」


「子ども?」


「今までは家庭を持つ自信が無かったんだけどさ。この間の出張で、営業部長とか佐野さんとかと話したんだけど、息子さんとかの話を聞いてたら、俺も子どもが欲しくなっちゃって」


「そうなんだ」



 照れくさそうに話す友希哉に、つい顔が綻んでしまった。


 家庭を持つことの決心がついた友希哉は一層頼もしく見えた。


 彼氏から夫、そして父になった友希哉を想像して一人嬉しくなってしまった。


 わたしも妻として、母として頑張るけじめをつけなければ。



「俺、子どもにサッカーさせたいんだよね。公園行って、ボールを蹴り合って遊んだり」


「わたしは何か楽器を習わせたいな。ピアノとか」


「あ、今調べたら、式場の見学、今週の土曜日の午後しか空いてないから、予約取っちゃっていい?」


「いいよ! お願い!」


「ところでマユ、結婚したら、仕事どうする?」



 その質問はわたしを動揺させた。


 本音を言うと、辞めていいのであれば辞めたい。


 パワハラや盗難、真面目な人間が損をする職場はわたしにとってストレスでしかなく、心身の調子も崩れてきている。


 だけど、もし友希哉に、仕事を辞める口実で結婚したがっていると思われて、振られてしまったら元も子もない。



「続けるよ」



 自分の欲求とは正反対の事を言った。



「やっぱり俺の稼ぎだけじゃ足りない?」



 友希哉は不満そうな顔を見せた。


 思いもよらない反応にわたしは困惑した。


 正直に言ったほうが良かったのかもしれない。


 でも、仕事を辞めるというリスクを取るのは時期尚早な気がする。



「ううん、友希哉が職場で優秀な事は知ってるし、頼りにしてるよ。でも、友希哉にもしものことがあったら心配だし、それに、友希哉にばっかり甘えていられないし」


「そっか」



 友希哉はあまり面白くなさそうな顔をした。


 私の決心は間違っていたのだろうか?


 なんだか腑に落ちない気持ちになったが、結婚に向かって進み始めたばかりだし、二人の考えの違いは今後話し合って決めていけばいい。



 この時のわたしはそう考えていた。



 わたしはお気に入りのワンピースを手に取った。


 白地に水色の花が細かく描かれているものだ。


 派手すぎず地味すぎない程よい柄だと思う。


 きっと友希哉の両親も不快感は感じないだろう。


 わたしはシミがないか念入りにチェックした。


 アウターのジャケットも引っ張り出す。


 昨年着てクリーニングに出して以降一回も来ておらず、ビニールカバーが被ったままだった。


 この時感じていた違和感を、もっと深刻にとらえておくべきだったのだ。


 次の土曜日、友希哉と中心市街地の駅近くの結婚式場へ向かった。


 電車の中で二人揺られ、緊張と興奮のあまり、二人でクスクスと笑い合った。


 結婚式場なんて、数年前に親戚の結婚式で行ったきりだったため、ワクワクした気持ちを抑えられなかった。


 友希哉も心なしかソワソワしている。


 結婚式場の事務所の受付に向かう煌びやかな廊下には、ドレスがいくつか飾ってあった。


 お色直し用のカラードレスだ。


 ピンク、ラベンダー、ブルー、グリーン、パステルカラーや原色の色とりどりのドレスが私達を出迎えてくれた。


 その中でわたしは一つのドレスに目を惹かれた。



 優しく晴れた空のように淡い水色のプリンセスラインのドレス。


 スカート部分には雲のような薄いチュールが重ねてあり、ウエストには太陽光のように七色に光る青いリボン、肩には薄いレースのフレンチスリーブ、そして優しく輝くティアラ。


 まるで空を切り取って仕立てたようなドレスだった。


 空を飛べそうなくらいふわりと柔らかなドレスに、私は目を奪われてしまった。



「わたし、このドレス着たい」


「えっ? 決めるの早すぎるよ。まだ式場も見てないんだし」


「ううん、これに決めた」


「値段見てみ? 俺の一ヶ月分の給料より高いよ」


「お金はわたしが出す。気にしないで」


「たしかにマユに似合いそうだけど、取り敢えず式場見てこよう、ね?」



 友希哉の言葉は耳に入らなかった。


 これほどわたしの理想を詰め込んだドレスはそうないだろう。


 空のような水色、わたしにとっての恋の色。


 ポール・モリアの『恋は水色』が聞こえてくるようだ。


 ドレスから引き剥がされるように手を引っ張られ歩いたが、わたしの頭はあのドレスでいっぱいだった。



 ウェディングプランナーの女性に連れられて、わたしと友希哉は式場内を見て回った。


 ガラス張りの教会、太陽の光を受けて輝くステンドグラス、さまざまな披露宴会場、親戚控室、厳かな人前式会場。


 時折プランナーの軽快な営業トークに笑いながら、普段味わうことのできない空間にわたしは心がすっかり満たされた。


 でも、わたしの中で一番印象に残ったのはあのドレスだった。



「式場、どうだった?」



 帰りの電車の中で友希哉が聞いてきた。



「ガラス張りで眺めも良くて綺麗だった。ステンドグラスも素敵だったし、何よりあのドレス、最高だったと思わない? わたし、ここに決めた」


「いや、早いって。まだ一ヶ所しか見てないし、もっと安い……じゃなくていい式場もあるかもしれないよ?」


 友希哉の言葉は耳に入らなかった。


 わたしはもう水色の恋に飛び込んで、戻れなくなってしまった。


 友希哉と一緒に見つけた幸せ、手を伸ばせばもう少しで届くところまで、やっと来た。


 今までつらいことに耐えて頑張ってきてよかった。


 この恋に溺れたまま天国に行きたい、そう思うほどにわたしの心に強く刻まれた一日だった。



 全てがいい方に動き出したと思っていた。


 しかし本当は逆に進んでいた事を知るのはもう少し先のことだった。
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