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fall in

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ねえ、お願い、そばにいて。


もう何も見えないの。


寒く静かな密室で、顔を覆う布が邪魔で呼吸ができない。


怖い。


あなたに会いたい。


あなたに愛されたい。


それは決して許されないことなの?


初めてあなたを見た時から、わたしは心を奪われた。


不幸な人生に絶望し、 蹲うずくまっていたわたしの前に、不意にあなたは現れた。


わたしを救ってくれたのは、通りすがりのあなただった。



「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」



その言葉がわたしを悲しみの海から掬い上げた。


わたしの囁くような言葉を、一つも 溢こぼさず受け止めてくれた。



あなたは優しく言ってくれた。



「いつかきっといいことがありますよ」



その言葉を聞いて、わたしはこの瞬間がそれだと思った。



人に優しくされたのは初めてで、あなたはわたしに心の温もりをくれた。



わたしの胸の中に生まれたのは、小鳥のような小さな愛。



あなたはそのままわたしを 誘いざない、ベッドの上で愛し合った。



安いホテルの 軋きしむベッドで、愛の言葉を囁くあなた。


世界で一番幸せなわたし。


全てを終え、立ち去っていくあなた。


後ろ姿を夢中で追った。


住宅街の一画に佇む一軒家。


あなたを出迎えたのは、美しい女性と可愛い幼児。


わたしは泣いた。


あなたの愛はわたしに向くことはないの?


わたしの中で燃え盛る炎はどうしたらいいの?


水なんかでは消えない熱い熱い炎。


わたしの中の熱い炎はライターの火となり、あなたたちを燃やしていた。


あなたの最期に寄り添っていたのは、わたしではなくあなたの家族。


わたしはあなたにそばにいてほしかっただけなのに。


教誨師の言葉なんてどうでもいいの。


あなたの言葉が聞きたかったの。


わたしの胸に響くのは、あなたの口から出た言葉だけ。



わたしの首に縄がかかった。



ねえ、あの時みたいに救ってよ。


温もりのある優しい言葉で。


この恐怖と悲しみから助けてよ。


それが駄目なら一緒に落ちて。


お願い、言って。


「愛してる」って。




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