バッドエンドの女神

かないみのる

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 霜田と出会ってからも、あたしは相変わらず援助交際を続けていた。



 蛇弁護士とデートをした時のことだった。

高層ビルの洒落たレストランで、夜景を見ながら食事をする予定だった。

ソファの席で、あたしと蛇弁護士は隣り合って座った。

目の前には、大きな窓があり、大パノラマで夜景が見える。

信号、車のヘッドライト、煌びやかにライトアップされた看板、さまざまな色の光が自分が一番とばかりに輝いている。

窓から見える一面の景色は光で埋め尽くされ、紺色のそらは淡く光に照らされていた。



「どうだい?ここの景色は」



 蛇弁護士はワインを飲みながらあたしに聞いた。

この小洒落た空間に慣れているのを見るに、こうやっていろんな女性を喜ばせてきたんだろうな。

あたしはその中の一人でしかない。

ちょっとだけ虚しさが込み上げてくる。



「すごく綺麗」



 あたしがうっとりとした表情を浮かべると、蛇弁護士は満足そうに笑った。

あたしもこうやって何人もの男性を喜ばせてきたことを思い出し、蛇弁護士を非難する資格は自分には無いなと心の中で自嘲気味に笑った。



 ウエイターによって料理が運ばれてきて、二人で豪華な料理を楽しんだ。

綺麗な景色、美味しそうな食事、でも何かが物足りない。

あたしは眼下に広がる景色に目を移す。

この景色、霜田にも見せたいな。

霜田だったら、どんな反応を見せるかな。



 二人で料理を味わっていると、急に蛇弁護士の動きが止まった。

ホタテのソテーを刺したフォークを持った手が小刻みに震えている。



 蛇弁護士の目線の先に目をやると、二人の女性がこちらに向かって歩いてきていた。

一人は中年くらいの女性、もう一人はあたしと同じくらいの女の子。

鬼のような形相でこちらにどんどん近づいてくる。



 あ、これはやばい。



あたしの直感がそう伝えてきた。

いや、誰が見てもこれは修羅場の始まりだと気づくだろう。

あたしも蛇弁護士も蝋人形のように固まっていた。



「あなた、何をしているのかしら?」



 あたし達のテーブルに着くやいなや、中年女性が顔を引き攣らせながら聞いてきた。

低い唸るような声が、犬の威嚇のようだ。

予想通り、この人は蛇弁護士の奥さんだった。ということは、隣にいる女の子は娘さんだ。



 奥さんはあたしの方を向くと、鋭い眼光で睨みつけてきた。



「お嬢さん、あなたはまだ子どもだから分からないだろうけど、妻子ある男性に手を出すことはいけないことなのよ」



 そう言ってバッグから封筒を取り出し、テーブルの上に叩きつけた。

叩きつけた衝撃で開け口から一万円札の束がはみ出した。

諭吉さんがこんにちはしている。



「あなたの目的はこれでしょう?これで終わりにしてちょうだい。まだ足りないって言うなら出すけど」



 女性は鼻で笑った。

あたしのことを金銭目的の泥棒猫だと思っているみたい。

あたしはお金のために蛇弁護士と関係を続けていたわけではないので、心底馬鹿にされた気持ちになった。

そして、本来ならあたしが慰謝料を払わなければいけない立場なのに、あえてあたしにお金を払うあたり、金銭的、精神的に余裕を見せつけられた気がした。

頭にくるけど、自業自得だから仕方がない。

あたしは文句を言える立場ではない。



 あたしは屈辱感で何も言えずに唇を噛んだ。

奥さんは鼻で笑って、自分のバッグから財布を取り出し、一万円札数枚を手に取ってあたしの頬をペチペチと叩いた。

なんて嫌な女だ。

こんな女だから旦那に浮気されるのだ。



「ほら、取りなさいよ」



 奥さんはあたしに一万円札を投げつけた。

しかしお札は空気抵抗を受け、あたしにぶつからずにひらひらと舞って落下した。

その様子が滑稽であたしはつい吹き出してしまった。

奥さんは顔を真っ赤にしていた。

そこでずっと黙っていた女の子が、あたしの腕を掴んだ。

顔の造形は蛇弁護士に似て、あまり良くないようだ。

あたしを自分の方に引き寄せると、激しい平手打ちを食らわせてきた。

びっくりしたけど、痛くはない。

たぶん打った掌の方が痛いだろう。

暴力を振るうことに慣れていないな。

穂高に叩かれた時の方がずっと痛い。


そして蛇弁護士に向かって涙を浮かべながら「パパお願い、目を覚まして」だって。



 おい、蛇弁護士、なんか言えよ。

あなたも一家の主だったら、あたしに話していた家族への不満をここでぶちまけて威厳を示しなさいよ。



 横の蛇弁護士を見ると、蛇弁護士は情けないくらい奥さんと娘さんに頭下げていた。

というかいつの間にか土下座してた。



「すまない、ほんの出来心なんだ!ちょっと若さにたぶらかされて……大事なのはお前達だけだ!」



 ナニコレ?

なんであたしだけが悪者にされているの?

不倫は両方が悪いでしょう?

おい娘、パパにお仕置きのビンタは?


 
 やられっぱなしでムカついたから、あたしも頭を下げている蛇弁護士を起こし、平手打ちをしてやった。

奥さんと娘さん、鳩が豆鉄砲を食ったような顔していた。ケッサク。



「そんなに奥さんと娘さんが大事なら、こんなことするんじゃない!やるんだったら見つからないように徹底しなさいよ!」


「何するのよ!」



 奥さんが蛇弁護士のそばに駆け寄り、抱き抱えるようにした。

打たれた頬をなでて、糟糠の妻を演じている。

それがあたしの神経を逆撫でした。

夫のことを、金を運んでくる装飾品としか思っていなかったくせに。

こうなったらヤケだ。

どうにでもなれ。



「おいおじさん!正直に伝えなさいよ!家族からの愛が足りない、もっと愛されたいって!いつもあたしに言っていたじゃない!愛してくれるひとがいなくて寂しい、奈緒ちゃんと一緒だね、なんて言ってさ。なによ、愛してくれる人がちゃんといるじゃない!」



 あたしは蛇弁護士を怒鳴りつけた。

情けないやつだな、このヘボ野郎!

呆気に取られている蛇弁護士もといヘボ弁護士を無視して、今度は奥さんと娘さんに向き直った。



「旦那さん、ずっと寂しがってましたよ。妻と娘から蔑ろにされるって。お金目当てだったのはどっちの方ですかね?」



 仕返しに嫌味を言ってやった。

そんなことを言える立場ではないのに、自分勝手なのもいいところだな。

そう自分で思いながらも湧き上がる気持ちを抑えられなかった。



 なんだよ、あたしと違ってあんたには心から愛してくれる人がいるじゃない。

あたしは封筒を拾い上げ、奥さんに投げつけ返した。

こんなものいらないんだよ。

勘違いするな。



 なんだか息苦しくなって、自分の首元に触れた。

蛇弁護士からもらったネックレスが揺れる。

あたしは汚れた女だ。

あたしはこんなに綺麗なもので着飾っていても、覆い隠せないほど澱んだ人間なんだ。

気づいたらあたしはネックレスを外して、弁護士に投げつけていた。



「今までありがとう!家族と幸せになれよ!」



 そう捨て台詞を吐いてレストランを後にした。


 その時は興奮していてまともな思考回路じゃなかったけど、落ち着いてから冷静になって考えると、やっぱりあの時のあたしはどうかしていたと思う。

あたしは一つの家族の幸せを壊すところだったんだ。

ごめんなさい。

あたしのことなんて忘れて穏やかに過ごせますように。

こんなこと思っても、どうせすぐに次のおじさんと寝るんだけどね。

あの頃のあたしって本当に馬鹿だったな。
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