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先日の蛇弁護士の件で気持ちが燻っていたから、学校が終わった後、気分転換に隣の県まで電車で行くことにした。
あたしは電車に乗って窓におでこをつけてぼんやりと空を眺めていた。
この日の天気は曇り空、山々には靄がかかっている。
あたしの心と同じ、モヤモヤ。
基本的に嫌いな天気ってないから曇り空も好きなんだけど、心の曇りは好きじゃない。
電車に揺られて一時間半、終着点の駅に着いた。
こちらの天気は霧雨で、もし雨具がなかったらしっとりと濡れていたと思う。
折り畳み傘を持っていたから濡れずに済んだけど。
傘をさしてあてもなく歩いていると、一軒の家に目を引かれた。
家というより家の前に置いてあった植木鉢の花に興味を引かれた。
とっても不思議な花が咲いていた。
植木鉢に、立派な茎とそれを囲むように広がる大きな一枚の葉っぱ。
そして葉っぱの中央から伸びた茎の先端には、小さな花が数個咲いていた。
驚いたことに、その花びらが透明だった。
ガラスのような繊細な花びらが言葉で表せない程に綺麗で、誰かにこの感動を共有したくなった。
あたしはしゃがんで花を至近距離で見た。
見れば見るほどその妖艶な美しさに惹かれていった。
「サンカヨウっていうんだ」
急に声がしたから驚いて尻餅をつきそうになった。
まったく気づかなかったが、いつの間にか家の人が出てきていたみたい。
大学生くらいのお兄さんが傘をさしてあたしを見ていた。
「すみません、勝手に見ちゃって。不審な者ではないんです!お花が綺麗でついつい見惚れちゃって」
他人の家の前に佇んでいるなんて周囲から見たら十分怪しい。
家主だったら尚更訝しむだろう。
あたしは慌てて弁明した。
怒られるかと思ったが、お兄さんは笑っていた。
笑顔がマシュマロみたいに柔らかい。
「いいよ。見てもらった方が花も喜ぶから」
「これ、本物の花ですか?」
「そうだよ」
「……写真撮ってもいいですか?」
「どうぞ」
物腰の柔らかそうな優しいお兄さんだった。
出かける予定があるのか、雨合羽に大きめの傘という完全防備スタイルだった。
正直この程度の霧雨でこの格好はやりすぎだと思う。
雨がよっぽど嫌いなんだろうね。
お兄さんのご厚意に甘えて、あたしは携帯電話のカメラを起動した。
花にピントを合わせてシャッターボタンを押す。
カシャッという軽い音が鳴り、美しい花をそのままの美しさで写した。
「綺麗」
あたしは撮った写真を眺めてうっとりした。
誰かに見せたくて仕方がない。
そんなあたしを見て、お兄さんは嬉しそうに微笑んでいた。
「普段は白いんだけど、水気を帯びると透明になるんだ。ラッキーだね。滅多に見られないよ」
「透明なものって綺麗ですよね」
「たしかにね」
「ガラスも水も、サンカヨウも」
「透明人間は?」
お兄さんは変な質問をしてきた。
不思議なことを言う人だな。
冗談だと思ったら、お兄さんはさっきより少し真面目な顔をしていた。
あたしを真っ直ぐに見ている。
「透明人間は、見たことないからわからないですけど、きっと綺麗です」
「本当に?」
「はい」
あたしの返事を聞いて、お兄さんは破顔した。
暖かい笑顔が彼の優しさを表しているようだった。
こんなに笑うって事は、やっぱり冗談だったのかな?
「君は優しいね。普通透明人間なんて言ったら気持ち悪く思うのに」
「だって、こんなに透明な物は綺麗なのに、人間だけ綺麗じゃないなんて変じゃないですか?実物見ないと分かりませんけど」
お兄さんはさらに笑った。
「変なこと聞いてごめん。でも、聞けてよかったよ」
「透明人間、好きなんですか?」
「いや、好きではないかな」
お兄さんの意図がよく掴めなくて困惑したけど、笑ってくれたから悪い気はしなかった。
あたしもつられて笑った。
あたしは携帯電話を操作し、先程撮ったサンカヨウの写真を早速送った。
送り先は霜田だ。
この花を見て、霜田はなんて言ってくれるかな?
送って一分も経たないうちに霜田から返事が返ってきた。
『すごい!サンカヨウだ!テレビで見たことあるけど、本当に透明になるんだね。』
霜田のメールを見て、サンカヨウを知っている霜田の博識さに驚いた。あたしはすぐに返事を送る。
『めっちゃ綺麗』
『僕も本物見てみたい』
あたしのこの感動に共感してくれたこと、あたしが送った写真に興味を持ってくれたことが嬉しく、舞い上がりそうになった。
これが友情というものかと感慨深く思った。
「また見に来てもいいですか?」
あたしは微笑んでいるお兄さんに聞いた。
ぜひとも霜田に実物を見せてあげたい。
彼の希望を叶えてあげたい。
「いいよ。数日で散っちゃうから、次来た時に咲いているか分からないけどね。一応他の株に蕾はついているから見られる可能性はあるよ。あとは天気次第だね」
「ありがとうございます。また来ます。今度は友達を連れて」
お兄さんは頷いた。
「あ、連絡先を教えてもらってもいいですか?失礼のないように次は連絡してから来ます」
あたしはお兄さんにお願いした。
「いいよ」
あたし達は連絡先を交換して、また連絡することを約束した。
あたしは手を振ってその家を後にした。
お兄さんも手を振りかえして見送ってくれた。
友人とまでは呼べないかもしれないけど、人との繋がりができて嬉しかった。
『今度一緒に来よう』
霜田にメールを送って、携帯電話をポケットにしまった。
その後も散歩を続け、暗くなってしまったので、急いで駅に向かった。
帰りの電車では、サンカヨウの写真を眺めながら霜田のことを考えていた。
電車を降り、駅を出ると外はもう暗かった。
家に向かおうとしたら、あたしと同じ学校の制服を着た女の子が男の人に声をかけられて困っていた。
膝丈のスカートに、ブラウスのボタンをきっちりしめた、真面目な生徒のようだ。
あたしと正反対。手を握られていて逃げられないみたい。
あらあらかわいそうに。
「何も変なことはしないよ。お茶するだけだから」
「こ、困ります!」
「お茶するだけでお金がもらえるんだぞ。何がそんなに嫌なんだ!」
女の子は周囲を見回して助けを求めているが、誰も助けようとしない。
なんと世知辛いことだ。まあ、世間なんてそんなものだよね。
「おじさん、その子より、あたしと遊ばない?」
女の子とおじさんの間に割って入るようにしてあたしはおじさんに声をかけた。
自分でもなんでこんなことしたのか分からないけど、身体が勝手に動いていた。
「なんだ君はっ」
「この子、そういうの慣れていないんだよね。困っているみたいだから、代わりにあたしが相手をするよ」
このおじさんは少し考えた後、女の子の手を離した。
不満そうにしながらも、性欲に負けたのかあたしで妥協したようだ。
遊び慣れていない清楚な子を抱きたいという下心が見え見えである。
あたしはおじさんの腕を取り、女の子に手を振ってその場を後にした。
女の子は何が起こったのか理解が追いつかないようで、ポカーンと口を開けたまま固まっていた。
あたしだってこうやって人助けして役に立っているのよ。
少しくらい誰かに感謝されてもいいものよね。
おじさんはあたしを近くのしなびた喫茶店に案内した。
おじさんは席に着くなり勝手に一番安いコーヒーを二人分注文した。
選ばせてもくれないなんて、なんてケチな人なんだろう。
運ばれてきたコーヒーは、既にぬるくてただ苦いだけのイマイチな味だった。
そして驚いたことに、割り勘だった。
おいおいナンパしておいてそれはないだろ。
というか自分のものを自分で払うなら、飲みたい物を選ばせてよ。
結局そのおじさんは喫茶店を出るとホテルへ誘ってきた。
まあヤリたくて仕方がないのがひしひしと伝わってきたけど、お茶だけでいいって言ったのはどこのどいつだ。
断る理由もないから促されるままボロい安そうなホテルへ入った。
部屋に入るなり抱きついてきた。
強引なやり方が男らしいと勘違いしているのか、嬉しいだろう?という自信満々の表情がむかつく。
シャワーを浴びさせてとお願いしたけど離してくれなかった。
一発ヤッて、お金を受け取ったが、相場よりかなり安かった。
一万円だってさ。
しかも、なんか身体の相性は悪かった。
ヘタクソ。
シャワーを浴びに行こうとしたら、おじさんが不機嫌な顔であたしを見てきた。
「君はいいよな、身体を売ればこんなに簡単に金が手に入って、社会を馬鹿にしている」
人差し指をあたしに向けて説教してきた。
最悪だ。
この人は金を払えば何してもいいと思って、こっちに偉そうに命令してきたりするタイプの人間だ。
このタイプに当たると最悪、偉そうな説教に堪えなければならない。
「社会では、嫌でも頭を下げて働いて金を手に入れるんだ。そうやって頑張って稼いだ金を君は好きなことをやってこんなに簡単に手に入れる。こんな事が許されるなんて世の中おかしい。君の親も親だ。俺にもし娘がいたら、こんなこと絶対にさせない」
おじさんの説教は止まらなかった。
口調がどんどん荒々しくなり、もはや罵倒だった。
あたしは頭に来てつい言い返してしまった。
「はあ?こっちだって、好きでアンタみたいなクズ人間と寝てるわけじゃないんですけど。寝言は寝てからにしてほしいんだけど。どれほど大変かもわからないくせに偉そうなこと言わないでよ」
積もり積もった不満がついに爆発した。
パパのことを悪く言われて頭にきたんだもん。
こうなったら徹底的に攻撃だ。
こういう失礼な人間にはお灸を据えなければ。
「何だと?」
おじさんは目を細めて睨みつけてきた。
怒りで口を歪ませて、般若のお面のようだった。
ツノが生えているんじゃないかと錯覚するくらいだ。
「そもそもおじさんみたいに買う人がいるから、こういう活動がなくならないんだよ?不満があるなら利用しなければいい。利用しておいて文句言うなんて、矛盾もいいところだよね。あと、お茶だけでいいって言ったのに、結局身体の関係を求めてきて、嘘もついている。さっきの子が相手だったら、油断させて、力づくでこの展開に持ち込もうとしたんでしょ?最低だね。それに、パパには余計な心配かけたくないから援助交際の話はしてないの。あたしのパパはおじさんみたいに援助交際なんてしないよ。パパのこと馬鹿にされる筋合いない」
おじさんは怒りで歯を食いしばっているのか、こめかみが痙攣している。
そんなに食いしばって奥歯が砕けないのか。
でも、あたしは攻撃をやめない。
「あとさ、おじさん、ヘタクソだね。自分が気持ち良くなることしか考えていないんでしょ?だったら高い金払って風俗行ってプロの施しを受けてきなよ。安くて努力も無しに若い女の子を抱こうだなんてムシが良すぎるんだよ!」
怒り心頭で言葉が出なくなっているおじさんを置いて部屋を出た。
出口近くで援助交際と思われるカップルとすれ違った。
背広を着た小太りの男の人と、セーラー服を着た女の子。
女の子の方は見覚えをがあった。
「ヒロコさん?」
あたしは振り返り、つい名前を呼んでしまった。
間違いない。
彼女は中学時代にあたしをいじめていたヒロコだ。
呼ばれたヒロコは驚いて振り返り、あたしに気づいた。
「諏訪部さん……」
男性は困惑したようにあたし達の顔を交互に見た。
ヒロコが男性に、先に行くように促した。
「……笑いなさいよ」
ヒロコが搾り出すような声で言った。
「あんたの事を馬鹿にしておきながら、あんたと同じことをしているのよ」
援交をしていることが恥ずかしいのか、あたしにバレたのが嫌なのか、たぶん両方だろう。
ヒロコは自虐的な顔をした。
あんなに偉そうに踏ん反り返っていたヒロコがこんなに弱々しい顔をするのかと驚いた。
こんな表情のヒロコは初めて見た。
「なんでこんな事をしているの?」
「彼氏のためだよ。ウチの彼氏、現金とかプレゼントとかあげないと、浮気するから」
それで幸せなのか聞きたかったけど、あたしがそれを聞いて彼女にとやかく言える筋合いはない。
喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
「じゃあね」
彼女はあたしに背を向けて立ち去った。
正直、「ざまあみろ!」とか思ったけど、それ以上に何故だか悲しかった。
あれほどあたしのことを馬鹿にしていじめていた子が、あたしと同じところまで堕ちたかって。
家に向かう途中、ボランティア団体が募金活動をしているところに出会った。
どうやら捨て猫の保護などをしている団体らしい。
こんなに遅い時間までやっているのかと驚いた。
そんなに熱意をもって何かをやるなんて、あたしには考えられない。
そのまま前を通り過ぎようとしたが、ブレザーのポケットに手を入れると、さっきのおじさんからもらった見るのも不快なお金が入っていることに気付いた。
あたしは一万円を募金箱に入れた。
あんなオヤジからもらったお金を自分のために使うのはあのオヤジに施しを受けることになるから嫌だったし、誰かに有効活用してもらったほうがいい。
ボランティアの人は、金額の大きさに驚いたのかお礼を言うのも忘れてキョトンと固まっていた。
募金箱に背を向けると、後ろから大きい声で「ありがとうございます!」って言われた。
さっきまであった胸のつかえがスッキリ消えた。
翌日学校へ行くと、昨日助けた女の子が声をかけてきた。
どうやら同じクラスだったらしい。
全く知らなかった。
「諏訪部さん、昨日はありがとう」
彼女は屈託のない笑顔を向けてきた。こんな笑顔、あたしにはできない。
世の中の汚れを知らない純真無垢な女の子の表情だった。
「ああ、無事帰れた?」
「うん!諏訪部さんは?大丈夫だった?」
「気にしないで。あたしはあれが仕事みたいなものだから」
おどけてみせたけど、あたしは戸惑っていた。
同年代の女の子なんて和美ちゃん以外とまともに話したことないし、落ち着かなかった。
美保子?あの子はカウントしないでよ。
「ありがとう!あたし、諏訪部さんのこと誤解してたみたい。優しくて頼もしいんだね」
「いや、そっちの方が誤解だと思うよ。たぶん最初の印象の方が正しいと思うよ。あと、言いにくいんだけど、実は名前忘れちゃって。聞いていい?」
「高梨里穂です!よろしくね」
このクラスの子と話したのは初めてだった。
感謝されたことが嬉しくて、顔が赤くなっていたと思う。
人助けもあながち悪いものじゃないなって感じたよ。
あたしもなかなか単純だね。
あたしは電車に乗って窓におでこをつけてぼんやりと空を眺めていた。
この日の天気は曇り空、山々には靄がかかっている。
あたしの心と同じ、モヤモヤ。
基本的に嫌いな天気ってないから曇り空も好きなんだけど、心の曇りは好きじゃない。
電車に揺られて一時間半、終着点の駅に着いた。
こちらの天気は霧雨で、もし雨具がなかったらしっとりと濡れていたと思う。
折り畳み傘を持っていたから濡れずに済んだけど。
傘をさしてあてもなく歩いていると、一軒の家に目を引かれた。
家というより家の前に置いてあった植木鉢の花に興味を引かれた。
とっても不思議な花が咲いていた。
植木鉢に、立派な茎とそれを囲むように広がる大きな一枚の葉っぱ。
そして葉っぱの中央から伸びた茎の先端には、小さな花が数個咲いていた。
驚いたことに、その花びらが透明だった。
ガラスのような繊細な花びらが言葉で表せない程に綺麗で、誰かにこの感動を共有したくなった。
あたしはしゃがんで花を至近距離で見た。
見れば見るほどその妖艶な美しさに惹かれていった。
「サンカヨウっていうんだ」
急に声がしたから驚いて尻餅をつきそうになった。
まったく気づかなかったが、いつの間にか家の人が出てきていたみたい。
大学生くらいのお兄さんが傘をさしてあたしを見ていた。
「すみません、勝手に見ちゃって。不審な者ではないんです!お花が綺麗でついつい見惚れちゃって」
他人の家の前に佇んでいるなんて周囲から見たら十分怪しい。
家主だったら尚更訝しむだろう。
あたしは慌てて弁明した。
怒られるかと思ったが、お兄さんは笑っていた。
笑顔がマシュマロみたいに柔らかい。
「いいよ。見てもらった方が花も喜ぶから」
「これ、本物の花ですか?」
「そうだよ」
「……写真撮ってもいいですか?」
「どうぞ」
物腰の柔らかそうな優しいお兄さんだった。
出かける予定があるのか、雨合羽に大きめの傘という完全防備スタイルだった。
正直この程度の霧雨でこの格好はやりすぎだと思う。
雨がよっぽど嫌いなんだろうね。
お兄さんのご厚意に甘えて、あたしは携帯電話のカメラを起動した。
花にピントを合わせてシャッターボタンを押す。
カシャッという軽い音が鳴り、美しい花をそのままの美しさで写した。
「綺麗」
あたしは撮った写真を眺めてうっとりした。
誰かに見せたくて仕方がない。
そんなあたしを見て、お兄さんは嬉しそうに微笑んでいた。
「普段は白いんだけど、水気を帯びると透明になるんだ。ラッキーだね。滅多に見られないよ」
「透明なものって綺麗ですよね」
「たしかにね」
「ガラスも水も、サンカヨウも」
「透明人間は?」
お兄さんは変な質問をしてきた。
不思議なことを言う人だな。
冗談だと思ったら、お兄さんはさっきより少し真面目な顔をしていた。
あたしを真っ直ぐに見ている。
「透明人間は、見たことないからわからないですけど、きっと綺麗です」
「本当に?」
「はい」
あたしの返事を聞いて、お兄さんは破顔した。
暖かい笑顔が彼の優しさを表しているようだった。
こんなに笑うって事は、やっぱり冗談だったのかな?
「君は優しいね。普通透明人間なんて言ったら気持ち悪く思うのに」
「だって、こんなに透明な物は綺麗なのに、人間だけ綺麗じゃないなんて変じゃないですか?実物見ないと分かりませんけど」
お兄さんはさらに笑った。
「変なこと聞いてごめん。でも、聞けてよかったよ」
「透明人間、好きなんですか?」
「いや、好きではないかな」
お兄さんの意図がよく掴めなくて困惑したけど、笑ってくれたから悪い気はしなかった。
あたしもつられて笑った。
あたしは携帯電話を操作し、先程撮ったサンカヨウの写真を早速送った。
送り先は霜田だ。
この花を見て、霜田はなんて言ってくれるかな?
送って一分も経たないうちに霜田から返事が返ってきた。
『すごい!サンカヨウだ!テレビで見たことあるけど、本当に透明になるんだね。』
霜田のメールを見て、サンカヨウを知っている霜田の博識さに驚いた。あたしはすぐに返事を送る。
『めっちゃ綺麗』
『僕も本物見てみたい』
あたしのこの感動に共感してくれたこと、あたしが送った写真に興味を持ってくれたことが嬉しく、舞い上がりそうになった。
これが友情というものかと感慨深く思った。
「また見に来てもいいですか?」
あたしは微笑んでいるお兄さんに聞いた。
ぜひとも霜田に実物を見せてあげたい。
彼の希望を叶えてあげたい。
「いいよ。数日で散っちゃうから、次来た時に咲いているか分からないけどね。一応他の株に蕾はついているから見られる可能性はあるよ。あとは天気次第だね」
「ありがとうございます。また来ます。今度は友達を連れて」
お兄さんは頷いた。
「あ、連絡先を教えてもらってもいいですか?失礼のないように次は連絡してから来ます」
あたしはお兄さんにお願いした。
「いいよ」
あたし達は連絡先を交換して、また連絡することを約束した。
あたしは手を振ってその家を後にした。
お兄さんも手を振りかえして見送ってくれた。
友人とまでは呼べないかもしれないけど、人との繋がりができて嬉しかった。
『今度一緒に来よう』
霜田にメールを送って、携帯電話をポケットにしまった。
その後も散歩を続け、暗くなってしまったので、急いで駅に向かった。
帰りの電車では、サンカヨウの写真を眺めながら霜田のことを考えていた。
電車を降り、駅を出ると外はもう暗かった。
家に向かおうとしたら、あたしと同じ学校の制服を着た女の子が男の人に声をかけられて困っていた。
膝丈のスカートに、ブラウスのボタンをきっちりしめた、真面目な生徒のようだ。
あたしと正反対。手を握られていて逃げられないみたい。
あらあらかわいそうに。
「何も変なことはしないよ。お茶するだけだから」
「こ、困ります!」
「お茶するだけでお金がもらえるんだぞ。何がそんなに嫌なんだ!」
女の子は周囲を見回して助けを求めているが、誰も助けようとしない。
なんと世知辛いことだ。まあ、世間なんてそんなものだよね。
「おじさん、その子より、あたしと遊ばない?」
女の子とおじさんの間に割って入るようにしてあたしはおじさんに声をかけた。
自分でもなんでこんなことしたのか分からないけど、身体が勝手に動いていた。
「なんだ君はっ」
「この子、そういうの慣れていないんだよね。困っているみたいだから、代わりにあたしが相手をするよ」
このおじさんは少し考えた後、女の子の手を離した。
不満そうにしながらも、性欲に負けたのかあたしで妥協したようだ。
遊び慣れていない清楚な子を抱きたいという下心が見え見えである。
あたしはおじさんの腕を取り、女の子に手を振ってその場を後にした。
女の子は何が起こったのか理解が追いつかないようで、ポカーンと口を開けたまま固まっていた。
あたしだってこうやって人助けして役に立っているのよ。
少しくらい誰かに感謝されてもいいものよね。
おじさんはあたしを近くのしなびた喫茶店に案内した。
おじさんは席に着くなり勝手に一番安いコーヒーを二人分注文した。
選ばせてもくれないなんて、なんてケチな人なんだろう。
運ばれてきたコーヒーは、既にぬるくてただ苦いだけのイマイチな味だった。
そして驚いたことに、割り勘だった。
おいおいナンパしておいてそれはないだろ。
というか自分のものを自分で払うなら、飲みたい物を選ばせてよ。
結局そのおじさんは喫茶店を出るとホテルへ誘ってきた。
まあヤリたくて仕方がないのがひしひしと伝わってきたけど、お茶だけでいいって言ったのはどこのどいつだ。
断る理由もないから促されるままボロい安そうなホテルへ入った。
部屋に入るなり抱きついてきた。
強引なやり方が男らしいと勘違いしているのか、嬉しいだろう?という自信満々の表情がむかつく。
シャワーを浴びさせてとお願いしたけど離してくれなかった。
一発ヤッて、お金を受け取ったが、相場よりかなり安かった。
一万円だってさ。
しかも、なんか身体の相性は悪かった。
ヘタクソ。
シャワーを浴びに行こうとしたら、おじさんが不機嫌な顔であたしを見てきた。
「君はいいよな、身体を売ればこんなに簡単に金が手に入って、社会を馬鹿にしている」
人差し指をあたしに向けて説教してきた。
最悪だ。
この人は金を払えば何してもいいと思って、こっちに偉そうに命令してきたりするタイプの人間だ。
このタイプに当たると最悪、偉そうな説教に堪えなければならない。
「社会では、嫌でも頭を下げて働いて金を手に入れるんだ。そうやって頑張って稼いだ金を君は好きなことをやってこんなに簡単に手に入れる。こんな事が許されるなんて世の中おかしい。君の親も親だ。俺にもし娘がいたら、こんなこと絶対にさせない」
おじさんの説教は止まらなかった。
口調がどんどん荒々しくなり、もはや罵倒だった。
あたしは頭に来てつい言い返してしまった。
「はあ?こっちだって、好きでアンタみたいなクズ人間と寝てるわけじゃないんですけど。寝言は寝てからにしてほしいんだけど。どれほど大変かもわからないくせに偉そうなこと言わないでよ」
積もり積もった不満がついに爆発した。
パパのことを悪く言われて頭にきたんだもん。
こうなったら徹底的に攻撃だ。
こういう失礼な人間にはお灸を据えなければ。
「何だと?」
おじさんは目を細めて睨みつけてきた。
怒りで口を歪ませて、般若のお面のようだった。
ツノが生えているんじゃないかと錯覚するくらいだ。
「そもそもおじさんみたいに買う人がいるから、こういう活動がなくならないんだよ?不満があるなら利用しなければいい。利用しておいて文句言うなんて、矛盾もいいところだよね。あと、お茶だけでいいって言ったのに、結局身体の関係を求めてきて、嘘もついている。さっきの子が相手だったら、油断させて、力づくでこの展開に持ち込もうとしたんでしょ?最低だね。それに、パパには余計な心配かけたくないから援助交際の話はしてないの。あたしのパパはおじさんみたいに援助交際なんてしないよ。パパのこと馬鹿にされる筋合いない」
おじさんは怒りで歯を食いしばっているのか、こめかみが痙攣している。
そんなに食いしばって奥歯が砕けないのか。
でも、あたしは攻撃をやめない。
「あとさ、おじさん、ヘタクソだね。自分が気持ち良くなることしか考えていないんでしょ?だったら高い金払って風俗行ってプロの施しを受けてきなよ。安くて努力も無しに若い女の子を抱こうだなんてムシが良すぎるんだよ!」
怒り心頭で言葉が出なくなっているおじさんを置いて部屋を出た。
出口近くで援助交際と思われるカップルとすれ違った。
背広を着た小太りの男の人と、セーラー服を着た女の子。
女の子の方は見覚えをがあった。
「ヒロコさん?」
あたしは振り返り、つい名前を呼んでしまった。
間違いない。
彼女は中学時代にあたしをいじめていたヒロコだ。
呼ばれたヒロコは驚いて振り返り、あたしに気づいた。
「諏訪部さん……」
男性は困惑したようにあたし達の顔を交互に見た。
ヒロコが男性に、先に行くように促した。
「……笑いなさいよ」
ヒロコが搾り出すような声で言った。
「あんたの事を馬鹿にしておきながら、あんたと同じことをしているのよ」
援交をしていることが恥ずかしいのか、あたしにバレたのが嫌なのか、たぶん両方だろう。
ヒロコは自虐的な顔をした。
あんなに偉そうに踏ん反り返っていたヒロコがこんなに弱々しい顔をするのかと驚いた。
こんな表情のヒロコは初めて見た。
「なんでこんな事をしているの?」
「彼氏のためだよ。ウチの彼氏、現金とかプレゼントとかあげないと、浮気するから」
それで幸せなのか聞きたかったけど、あたしがそれを聞いて彼女にとやかく言える筋合いはない。
喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
「じゃあね」
彼女はあたしに背を向けて立ち去った。
正直、「ざまあみろ!」とか思ったけど、それ以上に何故だか悲しかった。
あれほどあたしのことを馬鹿にしていじめていた子が、あたしと同じところまで堕ちたかって。
家に向かう途中、ボランティア団体が募金活動をしているところに出会った。
どうやら捨て猫の保護などをしている団体らしい。
こんなに遅い時間までやっているのかと驚いた。
そんなに熱意をもって何かをやるなんて、あたしには考えられない。
そのまま前を通り過ぎようとしたが、ブレザーのポケットに手を入れると、さっきのおじさんからもらった見るのも不快なお金が入っていることに気付いた。
あたしは一万円を募金箱に入れた。
あんなオヤジからもらったお金を自分のために使うのはあのオヤジに施しを受けることになるから嫌だったし、誰かに有効活用してもらったほうがいい。
ボランティアの人は、金額の大きさに驚いたのかお礼を言うのも忘れてキョトンと固まっていた。
募金箱に背を向けると、後ろから大きい声で「ありがとうございます!」って言われた。
さっきまであった胸のつかえがスッキリ消えた。
翌日学校へ行くと、昨日助けた女の子が声をかけてきた。
どうやら同じクラスだったらしい。
全く知らなかった。
「諏訪部さん、昨日はありがとう」
彼女は屈託のない笑顔を向けてきた。こんな笑顔、あたしにはできない。
世の中の汚れを知らない純真無垢な女の子の表情だった。
「ああ、無事帰れた?」
「うん!諏訪部さんは?大丈夫だった?」
「気にしないで。あたしはあれが仕事みたいなものだから」
おどけてみせたけど、あたしは戸惑っていた。
同年代の女の子なんて和美ちゃん以外とまともに話したことないし、落ち着かなかった。
美保子?あの子はカウントしないでよ。
「ありがとう!あたし、諏訪部さんのこと誤解してたみたい。優しくて頼もしいんだね」
「いや、そっちの方が誤解だと思うよ。たぶん最初の印象の方が正しいと思うよ。あと、言いにくいんだけど、実は名前忘れちゃって。聞いていい?」
「高梨里穂です!よろしくね」
このクラスの子と話したのは初めてだった。
感謝されたことが嬉しくて、顔が赤くなっていたと思う。
人助けもあながち悪いものじゃないなって感じたよ。
あたしもなかなか単純だね。
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