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第二部:神都ラグナスの冒険 7

第83話 おびき出せ忘却派! 一網打尽作戦 その1

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 あまり日を置かず、アルマース帝国からの使者はやって来た。
 かの国の男は、基本的に髭を蓄える。

 ここは神都ラグナスの港。
 アルマース帝国の船が横付けされていて、そこから使者が降りてくるところだった。

 その使者もまた髭面だった。
 年齢は若いようだ。

「やはり貴様が来たか」

 何故か自ら出迎えに来たフランチェスコ枢機卿が、苦虫を噛み潰したような顔をした。
 使者の男性は、ニヤリと笑う。

「俺がこういうシチュエーション大好きだと、あなたも知っているだろうに。千五百年の付き合いだぞ? だから迎えに来たのだろうに」

 なんだなんだ、同類か?
 いぶかしげな顔をしていた俺を見て、使者はおっと、と気を取り直した。

「あなたが忘却派と戦ってくれている冒険者か! ありがとう。俺は協調派の代表をやっている、アキムという者だ。さきほどフランチェスコと交わした言葉は……忘れてもらえると嬉しいな」

「オースです。聞かなかったことにしておきますよ」

 俺の返答に、アキムは相好を崩した。
 なんというか、信用できない香りがする男だな。

 だが、この状況で、共通の敵はザクサーン教忘却派だ。
 変なことはしないと思いたいが。

 後ろについてきているブランが、『わふん』と鳴いた。
 それを見たアキムがちょっと緊張する。

「分かっているよ。下手なことはしないさ。フランチェスコ、どうなっているんだい? この都に、複数のドラゴン級反応があるんだが」

「感じたままだ。およそ三体のドラゴン級モンスターをこの男が従えている」

「説明が欲しいな」

「システムのバグだ。テイマーがこれほどの力を持つことは本来ありえぬし、さらにはこれだけの数のドラゴン級と遭遇することもありえない」

 これほどの力とは、ブラン達をテイムしたことを言っているんだろうか。

「俺がモフモフテイマーっていう限定された能力だから、効果がそのぶん高まったと思ってたんですけど」

「ふむ、そういう解釈か。では道すがら説明しよう」

 使者を出迎えた港から、大教会までを歩くことになる。
 周囲は厳重な警備。

 枢機卿、使者のアキム、俺の三人が並んで歩く。
 後ろとトコトコとブラン。

 護衛の隙間から、神都の住民がこれを見ていた。

 子どもの声がする。

「あっ、大きいワンちゃん!」

「モフモフだー!」

『わふ!』

 声がかかる度に、そちらを向いて笑顔のような犬フェイスを見せてあげるブラン。
 サービス精神旺盛だ。
 まさかこれが、アキムによればドラゴン級の強大なモンスター、マーナガルムだとは誰も知るまい……。

「クラスとは」

 枢機卿が話しだした。

「クラスとは、イリアノス王国と交流を結ぶ周辺都市国家のみに存在するシステムだ。それは我がラグナの神の力で実現させた、生体強化の魔法と言える。冒険者ギルドで、魔法の水晶球を見ただろう」

「ええ。そこで、俺の適性はモフモフテイマーだと出ました」

「うむ。あれはその本人の経歴や身体能力から、適切なクラスが算出されるようになっている。その後、当人をクラスに合わせて強化する。ランクが上がるほど、強化の度合いも上昇するのだ。だが、本来このシステムに、モフモフテイマーというクラスは存在しない」

「なんですって」

「私は、冒険者には会わぬ主義だ。その必要がない。彼らはラグナにとって、よく働いてくれる駒に過ぎないからな。だが、お前は別だった。本来ならばありえぬ存在、モフモフテイマー。システムの異常かとも思ったが違う。何か、私の知らぬ要素がお前に介在している。故に、お前はSSランクモンスターをテイムできたのだろう」

「いきなりの情報量ですね。正直、頭がパンクしそうなんですが」

「私の独り言だと思って聞いていればいい。お前は既に、事態の部外者ではいられない立場だ。いいか。モンスターテイマーがテイムできるモンスターは、最大でAランクまでだ。Sランクは、テイマーとしてもSランクになった場合のみ、一体だけテイムできる。そう言うシステムだ」

「一体だけ……」

「お前は既に、その計算でいけば、SSランクを三体テイムしている。ドラゴンというものを知っているだろう。冒険者が戦う、知性無き火吹きトカゲなどではない。高い知性を持ち、己の属性の精霊を自在に行使し、単体で一国を滅ぼせるほどの怪物のことだ。お前達冒険者が戦う相手をレッサードラゴン、あるいはエルダードラゴン。本来のドラゴンを、エンシェントドラゴンと便宜上呼称している。お前が従えているのは、エンシェントドラゴンに近い力を持つ、文字通りの化け物だ」

 ブランを思い出す。
 なるほど、納得。

 ドレを思い出す。
 確かに、確かに。

 ローズを思い出す。
 あのちびっこがドラゴン級? いやあ、ないない。

「そんなものを、ただの人間がテイムできると思うか? できるわけがない。我がラグナ教ですら、エンシェントドラゴンは従えることが不可能なのだ。彼らとは共存し、互いに不可侵を約束する事しかできない。群体である我ら人間は、その約束の下においても弱者だ。だが、お前はその理を覆している」

 枢機卿は一度、息を大きく吸い込み、そして吐き出した。

「お前は何者だ、オース?」

「何者だって言われても……よく分からないですよ。俺は俺です。没落貴族の息子で、多少学のある冒険者になった、器用なだけの男ですよ」

「彼は誤魔化してないね。本心からこう言ってる。いやあ、この手応えのなさ、思い出すねフランチェスコ」

「思い出させるな」

 アキムはにこやかな笑顔を浮かべ、俺に話しかけてくる。

「我々が、エルド教のマリアともども戦い、そして最後は神敵を相手に手を結んだ男がいてね。彼は魔王と呼ばれたが、そいつと君はよく似ているんだ」

「魔王……!?」

 それって、過去のアドポリスに降り立ったっていうあいつか。
 なんだろう、縁があるなあ。

「幸い、魔王は寿命を迎え、我らの地位は守られた。だが、俺達は学んだのさ。厳しく人や人ならざるものを制し続ければ、いつかそれは己へと跳ね返ってくる。それも、千年を生きる我らすら滅ぼすような鋭さを伴う、とね。再びあのような怪物が現れないように、現れても我々の首が狙われないよう、我々は平和を作り上げた」

 アキムの言葉に、フランチェスコが頷く。
 気づいたら、大教会は目の前だった。

「正解だったよ。君という存在が現れていた。だからこそ、ラグナスで起きている身内の恥晒しはここで潰さないといけないのさ」

「そういうことだ。忘却派が力を持つということは、あの魔王が降り立った時代が再び来るということだ。過去に栄光など無い。あるのは絶望だけだ」

 千年を生きていると言う二人の男は、固く決意しているようだった。

 それにしても、俺はそれほどの人間じゃないと思うんだがな……。

『わふん』

 ブランが、またまた、と俺の呟きを謙遜だと笑うのだった。
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