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第37話 聖女、私的な聖戦の用意

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 神がウキウキしながら降臨した。
 この神様、いつ仕事をしてるのかな? と疑問を持たれる頻度である。

 そして誰もが理解する。

──三度、聖戦が行われるのだ、と。

 戦いというものは嫌なものだった。
 それは自らの命を掛け、相手の生命を奪うべく武器を振るい、勝っても負けても傷が残るものであるからだ。
 あるいは、戦いを厭わないならず者達はいたが、彼らはついぞ、守るべき大事なものなど持つことはできなかった。

 戦いとは奪う行為であり、忌避される行為なのだ。
 だが、人は戦わずにはいられないのだった。
 守らねばならぬものがあり、奪いたいものがあるのだから。

 だがしかし!

 聖戦が始まってから、戦うという行為に対する人々の感覚は変わってきた。

 あれ?
 ルールがあって勝ち負けの条件がはっきりしてる戦いは、割といいものじゃないか?
 死なないように、怪我が少ないようにだけ気をつけておけばいいのだ。

 戦いは生存のための、仕方ない行いからその意味合いを変化させていく。

 聖戦とは、戦いの競技化、娯楽化の始まりなのであった。

「彼……いえ、彼女との試合を皆の前でやる……。前世の縁を感じますね」

 アンゼリカが遠い目をして呟いた。
 昭和の時代、とある柔道家がいた。
 プロレスに転身し、アンゼリカの半身とも縁が深かった男である。

 半身と柔道家は、昭和の巌流島と呼ばれる試合を行った。
 だが、それは……。
 後世の人々にも、未だ議論される戦いであった。戦いと呼べるかすらも分からない。

「神は、私が再びリングに上った時、巌流島と仰られました。これを見越していたのかも知れませんね」

「考え過ぎでは?」

 近くにいたテーズが突っ込む。

「あの神は絶対そんな複雑なことは考えてないと思う」

「そう言われてみれば」

 アンゼリカもハッとする。
 最近、ようやく仕事をするようになった神である。

 荒れ地に雨が降り、緑が戻ってくる。
 どこにいたのか、自然の動物たちも帰ってきた。

 この荒れ果てた世界は、神が何も仕事をしてなかったせいであることが徐々に明らかになって来ているのだ。
 無論、これは各国の国家宗教のトップ陣が理解し始めていることではあるのだが。

 口が裂けても、全ての元凶は神です、なんて言えない。
 人は宗教なくば、真っ直ぐ歩くことが難しい弱い生き物なのだ。
 信じる対象が、ちゃらんぽらんで、昭和の世界に何十年も遊びに行って、しかも戻ってきたらやる気がないダメ神様だなんて言ったらどうなることか……!

「最近は、神様がやる気をなくされる度にデストロイヤーが足四の字固めをかけているそうですね」

「毎回喜んでいるんだろうなあ、あの神様。それで、どうだね? キムラは、神が呼んだと見るべきだろうが」

「あの方も、盛り上げるつもりなのでしょう。ですが、今回はどうなるか……。私の半身は今、落ち着いています。過去を悔いては……いませんね。あれはあれ、これはこれと言っています」

「彼らしい」

 テーズが笑った。

「ならば、君が思い悩む必要は無いだろう。それに、この試合で、王国から広く弟子を募集できるんじゃないか? あの聖女アンゼリカの弟子ともなれば、世界の国々も広く受け入れてくれることだろう。これは大いなる一歩だぞ」

「ああ、確かにそうです!」

 アンゼリカの顔が明るくなった。
 常に強い心根を持ち、まっすぐに進んできた聖女アンゼリカ。

 だが、彼女の半身はまだ18歳の少女なのだ。
 立ち止まり、悩むことだってある。

「それに、彼も三十代で死んだからな」

 テーズは呟いた。
 足りない部分は、大往生した自分が補ってやればいいのだ。

 それに、まだ見ぬ弟子達。
 この世界に、プロレス団体でも作れそうな勢いではないか。
 楽しみになってきた。




 聖伯領に、次々と商人たちがやって来る。
 彼らはあちこちに屋台を立て、臨時の宿泊所を作る。

 ほんの少し前まで、荒れ地にぽつんとある村でしか無かったここに、たくさんの人々が詰めかけていた。

 誰もが、聖女アンゼリカの戦いを見にやって来たのだ。
 聖戦なるものを、この目に焼き付けるためにやって来た。

 たくさんのお金が聖伯領に落ち、この土地を潤していく。

 ここで一つ、問題が発生した。
 報告してきたのは神である。
 神はプロレスが関わると、自らの足を使って動き、積極的に働く。

『キムラ。君はアンゼリカにとって最強の刺客だ』

「俺は刺客のつもりはない」

『だが、君がアンゼリカに対して、対等にやりあえるとおもう客はおるまい』

「話を聞けよ……。ふん、俺があいつに劣ると? ああ、分かってる。名が知られていないということだな」

『その通り。そのために、試合の前日に君の凄さを見せつける戦いを用意した』

「ほう。俺をこちらに招いただけでなく、有名にするための手助けまでしてくれるというのか。働き者なのだな、この世界の神は」

 キムラの言葉を聞くものがいれば、皆爆笑したことであろう。
 プロレス絡みだから神は働いているのだ。
 普段は仕事をしないのだ。

 そしてしょっちゅうデストロイヤーに足四の字を掛けられているのだ。
 サウザン帝国において、デストロイヤーの神様おしおきタイムは名物となっていた。

『うるさいぞ地の文!!』

 神は地の文を追い払う。

『では、私が相手を用意しよう。昭和の世界で最強を言われた君が、こちらの世界でも最強と目されるようになるであろう、そんな相手だ』

「それほどの奴がいるのか? あの女以外に?」

『ここはファンタジー世界だぞ? いくらでもいる』



 と、言うことで。

『皆さんお待たせしました! 本日行われますのは、かの聖女アンゼリカに挑戦状を叩きつけた、謎の戦士キムラ! その実力を示すエキシビジョンマッチであります! キムラは東方共和国出身の……やはり聖女であります! ですが、一体どれほどの力を有するのか、ネームバリューは、と未知の要素が多すぎるッ! これでは、皆さんは聖女の勝利を確信してしまう。もっと、どっちが勝つか分からないハラハラドキドキを! 筋書きのないドラマをお届けしたい! それが神である私の本懐であります!』

 早口で口上を述べる神の姿が、世界中の空に映し出された。
 民衆が、やんややんやと喝采する。

 何やら、凄い娯楽が見られそうだと言うのだ。
 仕事などやっている場合ではない。

『その名を告げましょう! 赤コーナー! 東方からの刺客! 黒髪の新たなる聖女! 神秘の技ジュードーの使い手! 176センチ、85キロ! キムラー!』

 白い衣に身を包んだ女が歩み出て、一礼した。
 その姿に、今までの聖女とは違う奥ゆかしさを感じる民衆。

「清楚だ」

「かわいい」

「きれー」

 そう、キムラはオリエンタルな感じの美女であった!
 世界が世界なら巫女さんである。

『対する青コーナー! 皆さんご存知! 世界を滅ぼした古代文明最強兵器の一つ! たまに起動しては一地方を灰燼に帰す最悪最凶の災厄ー!! ラグナソルジャー!!』

『ピピッ、殲滅対象を確認。この場にいる全人類を抹殺する』

 普通に民衆全員が真っ青になった。
 ラグナソルジャーとは、言わばロボである。
 全身に兵器を満載し、人類抹殺をプログラムされた最悪の殺人機械なのだ。

 神はなんてものをホイッと出してくるのだ!!

 神に向かってブーイングが起こった。
 だが、神は涼しい顔である。
 神のハートはオリハルコン性であった。

『勝利条件はデッド・オア・アライブ! では試合開始のゴングが……』

『ピピッ、抹殺する』

『おーっとゴングが鳴るよりも早く、ラグナソルジャーが動いたーっ! 腕部を展開してミサイル発射だー! 命中して爆発すれば、生身のキムラはひとたまりもないぞーっ!!』

 だが、である。
 稀代の柔道家相手に、ミサイルとはあまりにも迂闊な攻撃であった。
 キムラは襲いかかる高速のミサイルを肩に担ぐと、そのままリングに向かって叩きつけた。

 一撃でロケット部粉砕!
 ミサイルは機動力を失う!

『ピガーッ! 抹殺!』

 放たれる殺人マシンガン!
 だが、これらを姿勢を低くして回避するキムラ。
 あっという間に、ラグナソルジャーを間合いに捉えてしまった。

「凶器攻撃のお祭りだな。レフェリーもいなけりゃこんなもんか。だが、お前、柔道はおろか、プロレスもできるとは思えないな」

 キムラはラグナソルジャーの腕を取る。
 重さ1トンにもなる、金属の兵士ラグナソルジャー。
 人の力でどうこうできるものではない!

 だが!!
 ラグナソルジャーの巨体が!
 浮く!

「一本背負い!!」

『ピガーッ!!』

 リングに叩きつけられた瞬間、ラグナソルジャーの体重そのものが、自身を攻撃する凶器となった!
 全身から火花をちらしながら、のたうち回るラグナソルジャー。

 1トンの金属塊を投げ飛ばすとは、なんという常軌を逸したパワーであろうか!
 手の中に残ったラグナソルジャーの腕を、キムラは事も無げに千切り捨てた。

『計算不能、計算不能! 落下速度が音速を超えました。攻撃に対処できません』

「凶器に頼るからだ。そら、行くぞ!」

 放たれるのは、プロレスで言うところのアームロック。
 しかも、恐ろしく完成度が高い。
 それだけで、ラグナソルジャーは微動だにできなくなった。

『ピガガー!! 機能停止! 機能停止! 情報を隠滅! 自爆します! 自爆します!』

「遅えよ」

 キムラが呟く。
 その瞬間、バキリと音がした。
 ラグナソルジャーの腕が折れたのである。

 それだけではない。
 衝撃と寝技のダメージが、この殺戮機械の中枢に回復不能な重篤なダメージを与えた。

 ラグナソルジャーのカメラアイが、ブツンと音を立てて消灯する。

 戦闘機械は二度と起動することはなかった。
 悠然と立ち上がるキムラ。

「なんか、大木で背負投げの練習した時と変わらないな。神様、もうちょっとちゃんとした奴を用意してくれ」

 呆れたように言い放つ彼女を見て、民衆は一瞬、沈黙した。

 次いで放たれる、世界を覆うどよめき、そして歓声。

 人間が!
 あのラグナソルジャーを!
 投げ倒した!

 世界を滅ぼしかけた古代文明にだって、人間の力は勝てるのだ!

『決まったーっ!! 55秒!! なんと、秒殺!! 文明を滅ぼしたラグナソルジャーを、秒殺してしまったーっ! つよーいっ! 圧倒的強さだ、聖女キムラ! 果たして聖女アンゼリカ、この最強の刺客相手にどう戦おうというのかーっ!!』

「だから刺客じゃない」

 キムラが真面目な顔で訂正した。
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