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ワンザブロー帝国編
第20話 三人称視点・眼中になく
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“アイの中心”アイナという女の半生は、まあまあありふれたものである。
学生時代はそれなりにモテ、しかし本命の男が振り向いてくれるほどではなかった。
相手はクラスで最も人気のある男子で、彼がくっついたのは女子たちからかわいこぶっていると嫌われていた女だった。
なんたることだろう。
私に振り向かないとは、見る目がない。
大学に進学してからも、同じだった。
そこそこはモテる。
自分の美貌に自信が持てる程度には、男たちがささやく言葉は承認欲求を満たしてくれた。
だが、本当に振り向いて欲しい相手はこちらを見てくれない。
なんたる理不尽か。
雑魚がどれだけ自分に愛を囁いても、そんなものに価値はない。
本命は、誰もが羨む良家の御曹司であり、あるいは才能あるスポーツマンであり、学生自治会を指揮する頼れるリーダであったりした。
ステータスとなるような優れた男を振り向かせたい!
だが、彼らは私に振り向かない!
それこそがアイナの中に燻る感情となり、ついには怒りとなった。
自分磨きをし、積極的に本命男子たちに近づいた。
できることはなんでもやった。
裏で暗躍し、彼らに近づく女の悪い噂を流した。
男友達を使い、彼女たちに危害を加えた。
だが、それだけやっても、彼らは自分に振り向いてくれることはなかった。
それどころか、アイナがやって来た事が内部からリークされ、ついに白日のもとに晒されたのだ。
学内で立場を失った彼女は、逃げ出した。
なんという理不尽!!
私は手に入れたいものを手に入れるため、努力しただけなのに!
世界は私にだけ厳しいのだ!
世界に対する怒りと、己に振り向いてくれなかった男たちへの怒りを胸に、アイナは走る。
内に燻る激情が、ついに体の枠を超えて溢れ出すと思われた瞬間。
彼女は異世界パルメディアへ召喚されていた。
どうやらこの世界では、召喚された人間は特殊な力を得るらしい。
アイナはすぐに、己の力を理解した。
「私が声を掛けたヤツはみんな、私のトリコになるじゃない。ううん、私の姿を見たヤツも、私が触れたヤツも! あはははは! やった! やったわ! この世界、チョロい!! 誰も私を知らないこの世界で、これから私は生き直すのよ! 今までだって、これからだって、私は何も間違っちゃいないんだから!」
彼女の中には、自分しかいない。
自分への愛しかない。
どんな相手も、己のステータスを高めるためのアクセサリー。
彼女を取り巻く者たちは、自分の価値を周囲に見せつけるための道具。
手にした力は、アイナという女の生きざまに、とてもマッチしていた。
彼女は手始めに、その場にいた全ての人間……魔法使いと巫女を下僕とした。
次に部屋を出て、出会った者たち全てを下僕に変えた。
アイナの中に加減というものはない。
世界のすべてを、己を飾り立てるアクセサリーに変える。
それだけが彼女の中にあった。
故に、アイナシティの存在を打診され、そこの主として据えると言われた時、アイナは一も二もなくその提案を受けた。
「私のための街!? それって素敵じゃない!」
体の良い追放だなどとは考えない。
既に、それを考えられるほど、彼女の中に理性は残っていない。
強大すぎるチャームの力が、アイナという女の人格を染め上げていた。
目的などはもう無い。
ひたすらに、チャームの力を振り回し、己の取り巻きを増やしていく。
増やし続けていく。
これこそが、“アイの中心”アイナだ。
永遠に続くかと思われた、栄華の日々。
その終わりが今日だとは、彼女は気づかない。
まず、反乱があった。
先刻、己のチャームで下僕にした帝国の使節がいた。
その仲間だろう。
下僕に任せてやればいいし、自分は気まぐれに、使節たちをチャームで虜にしてやればいい。
案の定、使節団は下僕たちに阻まれた。
魔法が放たれ、下僕たちは倒れていく。
「使えないわねえ……。何やってるのかしら」
アイナの中に、自分を守って倒れる下僕への憐憫などない。
壊れた安物の道具への侮蔑だけがある。
「ねえ、あなたたち!」
アイナは自ら声を張り上げた。
「私を見なさい!」
その声に呼ばれ、振り向く使節たち。
魔法的な守り越しとは言え、アイナを直視するのは危険だ。
即座に、彼らはチャームにやられて動きを鈍くした。
そこに掴みかかる下僕たち。
彼らは、使節団の防護フードや耳栓を引き剥がした。
「ウグワーッ!! チャームが! チャームがーっ!!」
次々に無力化していく使節団。
だが、彼らは暴れるのをやめない。
「もう……。魔法使いの誇りとやらかしら? そんなもの、私の前じゃ何の意味もないのに。ねえ、ヘカトンケイル! やっちゃいなさい!」
『ウゴゴゴゴー!!』
数日前に虜にしたヘカトンケイルが動き出す。
彼らは手にした武器を、使節団へと叩きつけた。
下僕も多数巻き込まれるが、そんなものを気にするアイナではない。
土煙が巻き起こる。
アイナは勝利を確信した。
「はあ、ほんとみんな、馬鹿なんだから! 黙って私に跪いていればいいのに!」
笑いながら、ふと空を見上げた。
そこに……何かいた。
それは、メイスと杖を装備した男と、その腰にしがみついたふわふわローブの娘だ。
男はそっぽを向いて、視界の端だけでこちらを捉えているようだった。
「……何、あれ……!?」
次の瞬間だ。
巨大な火球がアイナめがけて飛来した。
「わ、私を守れーっ!!」
アイナが叫ぶ。
下僕たちが肉の盾となって、アイナの上に覆いかぶさった。
「重い! 重いーっ!! 何やってる! どけ!!」
下僕たちはその声を聞いて、アイナの上からどこうと動くが……。
そこに爆裂火球が炸裂した。
爆風。
「ウグワーッ!?」
アイナは叫んだ。
意味がわからない。
何が起きているのか。
すぐ近くに、何者かが着地した音がする。
「よし、これで俺たちができることは終わり。困ったちゃんの異世界召喚者はやっつけておかないとね!」
「お疲れ様ですマナビさーん! この後、ご飯にしましょう! 使節の人たちがたくさん食料を残していったはずですから!」
「いいね! スローゲインがすぐ来るから、見つからないところで飯にしよう!」
そいつらは、明らかにアイナを標的として攻撃してきた者たちだった。
だが、今はもう、アイナに僅かな興味すら持っていない。
「む……無視、するな……! 私を無視するな……!!」
アイナは、焼け焦げた下僕たちの下から這い出そうとした。
「お前たち! 殺せ! あいつらを殺せ! 私を無視するやつを、みんな、みんな殺せ! 私は……私こそが、一番愛される中心で……!」
下僕を押しのけ、立ち上がるアイナ。
チャームの力が発揮される。
眼の前にいる男と、ふわふわローブの女を能力に捉える……。
捉える寸前で、アイナの意識は消えた。
頭上から降り注いだ無数の刃が、下僕ごと彼女を切断したのである。
急速に暗くなる視界の向こうで、男と女は降り注ぐ刃をスキップしながら避けて立ち去っていくのだった。
学生時代はそれなりにモテ、しかし本命の男が振り向いてくれるほどではなかった。
相手はクラスで最も人気のある男子で、彼がくっついたのは女子たちからかわいこぶっていると嫌われていた女だった。
なんたることだろう。
私に振り向かないとは、見る目がない。
大学に進学してからも、同じだった。
そこそこはモテる。
自分の美貌に自信が持てる程度には、男たちがささやく言葉は承認欲求を満たしてくれた。
だが、本当に振り向いて欲しい相手はこちらを見てくれない。
なんたる理不尽か。
雑魚がどれだけ自分に愛を囁いても、そんなものに価値はない。
本命は、誰もが羨む良家の御曹司であり、あるいは才能あるスポーツマンであり、学生自治会を指揮する頼れるリーダであったりした。
ステータスとなるような優れた男を振り向かせたい!
だが、彼らは私に振り向かない!
それこそがアイナの中に燻る感情となり、ついには怒りとなった。
自分磨きをし、積極的に本命男子たちに近づいた。
できることはなんでもやった。
裏で暗躍し、彼らに近づく女の悪い噂を流した。
男友達を使い、彼女たちに危害を加えた。
だが、それだけやっても、彼らは自分に振り向いてくれることはなかった。
それどころか、アイナがやって来た事が内部からリークされ、ついに白日のもとに晒されたのだ。
学内で立場を失った彼女は、逃げ出した。
なんという理不尽!!
私は手に入れたいものを手に入れるため、努力しただけなのに!
世界は私にだけ厳しいのだ!
世界に対する怒りと、己に振り向いてくれなかった男たちへの怒りを胸に、アイナは走る。
内に燻る激情が、ついに体の枠を超えて溢れ出すと思われた瞬間。
彼女は異世界パルメディアへ召喚されていた。
どうやらこの世界では、召喚された人間は特殊な力を得るらしい。
アイナはすぐに、己の力を理解した。
「私が声を掛けたヤツはみんな、私のトリコになるじゃない。ううん、私の姿を見たヤツも、私が触れたヤツも! あはははは! やった! やったわ! この世界、チョロい!! 誰も私を知らないこの世界で、これから私は生き直すのよ! 今までだって、これからだって、私は何も間違っちゃいないんだから!」
彼女の中には、自分しかいない。
自分への愛しかない。
どんな相手も、己のステータスを高めるためのアクセサリー。
彼女を取り巻く者たちは、自分の価値を周囲に見せつけるための道具。
手にした力は、アイナという女の生きざまに、とてもマッチしていた。
彼女は手始めに、その場にいた全ての人間……魔法使いと巫女を下僕とした。
次に部屋を出て、出会った者たち全てを下僕に変えた。
アイナの中に加減というものはない。
世界のすべてを、己を飾り立てるアクセサリーに変える。
それだけが彼女の中にあった。
故に、アイナシティの存在を打診され、そこの主として据えると言われた時、アイナは一も二もなくその提案を受けた。
「私のための街!? それって素敵じゃない!」
体の良い追放だなどとは考えない。
既に、それを考えられるほど、彼女の中に理性は残っていない。
強大すぎるチャームの力が、アイナという女の人格を染め上げていた。
目的などはもう無い。
ひたすらに、チャームの力を振り回し、己の取り巻きを増やしていく。
増やし続けていく。
これこそが、“アイの中心”アイナだ。
永遠に続くかと思われた、栄華の日々。
その終わりが今日だとは、彼女は気づかない。
まず、反乱があった。
先刻、己のチャームで下僕にした帝国の使節がいた。
その仲間だろう。
下僕に任せてやればいいし、自分は気まぐれに、使節たちをチャームで虜にしてやればいい。
案の定、使節団は下僕たちに阻まれた。
魔法が放たれ、下僕たちは倒れていく。
「使えないわねえ……。何やってるのかしら」
アイナの中に、自分を守って倒れる下僕への憐憫などない。
壊れた安物の道具への侮蔑だけがある。
「ねえ、あなたたち!」
アイナは自ら声を張り上げた。
「私を見なさい!」
その声に呼ばれ、振り向く使節たち。
魔法的な守り越しとは言え、アイナを直視するのは危険だ。
即座に、彼らはチャームにやられて動きを鈍くした。
そこに掴みかかる下僕たち。
彼らは、使節団の防護フードや耳栓を引き剥がした。
「ウグワーッ!! チャームが! チャームがーっ!!」
次々に無力化していく使節団。
だが、彼らは暴れるのをやめない。
「もう……。魔法使いの誇りとやらかしら? そんなもの、私の前じゃ何の意味もないのに。ねえ、ヘカトンケイル! やっちゃいなさい!」
『ウゴゴゴゴー!!』
数日前に虜にしたヘカトンケイルが動き出す。
彼らは手にした武器を、使節団へと叩きつけた。
下僕も多数巻き込まれるが、そんなものを気にするアイナではない。
土煙が巻き起こる。
アイナは勝利を確信した。
「はあ、ほんとみんな、馬鹿なんだから! 黙って私に跪いていればいいのに!」
笑いながら、ふと空を見上げた。
そこに……何かいた。
それは、メイスと杖を装備した男と、その腰にしがみついたふわふわローブの娘だ。
男はそっぽを向いて、視界の端だけでこちらを捉えているようだった。
「……何、あれ……!?」
次の瞬間だ。
巨大な火球がアイナめがけて飛来した。
「わ、私を守れーっ!!」
アイナが叫ぶ。
下僕たちが肉の盾となって、アイナの上に覆いかぶさった。
「重い! 重いーっ!! 何やってる! どけ!!」
下僕たちはその声を聞いて、アイナの上からどこうと動くが……。
そこに爆裂火球が炸裂した。
爆風。
「ウグワーッ!?」
アイナは叫んだ。
意味がわからない。
何が起きているのか。
すぐ近くに、何者かが着地した音がする。
「よし、これで俺たちができることは終わり。困ったちゃんの異世界召喚者はやっつけておかないとね!」
「お疲れ様ですマナビさーん! この後、ご飯にしましょう! 使節の人たちがたくさん食料を残していったはずですから!」
「いいね! スローゲインがすぐ来るから、見つからないところで飯にしよう!」
そいつらは、明らかにアイナを標的として攻撃してきた者たちだった。
だが、今はもう、アイナに僅かな興味すら持っていない。
「む……無視、するな……! 私を無視するな……!!」
アイナは、焼け焦げた下僕たちの下から這い出そうとした。
「お前たち! 殺せ! あいつらを殺せ! 私を無視するやつを、みんな、みんな殺せ! 私は……私こそが、一番愛される中心で……!」
下僕を押しのけ、立ち上がるアイナ。
チャームの力が発揮される。
眼の前にいる男と、ふわふわローブの女を能力に捉える……。
捉える寸前で、アイナの意識は消えた。
頭上から降り注いだ無数の刃が、下僕ごと彼女を切断したのである。
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