究極黄金巫女と俺

八雲 全一

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ボクは夢を見ている。沢山のエルフの部下を引き連れて町を闊歩している夢。喝采、喝采、ひたすらの喝采がこの身を震わせる。死ぬまでボクは現役だったが、人の身は長い寿命には耐えられないものだ。ボクの治世は百年余り続き、星の果てまで征服し尽くしたのだ。それが一万五千年前の話だ。
世界は一つになった。喋る言語も一種類であればたぶらかす言葉は無数に膨れ上がっていった。ボクへの捧げられる賛美の言葉も無数に増えていった。
曰く神霊すら屠る偉大な巫女。曰くドラゴンを百体も狩り剥製にした異常な強さを持つ巫女。曰く乞食から側近にまで成り上がったエルフの物語。
ボクが生きている頃ボクとその側近達の噂話は枚挙に暇がなかった。それももう昔の話だな。今の生はたった一人の壊れた男を振り回せるだけだ。とても満足はできない。
アヴァロンにいけば、再びこの世全てを治める方法があるかもしれないな。
まあケイジと同じく壊れてしまったこの世界には正直興味がないのだけど。
人々は神秘を忘却し物質的な文明に頼りきっている。そこを妖魔が蔓延り奪っていくのだ。命を尊厳を…様々な人間にとって必要となる物を奪っていく…
それを食い止めるのが治世者の役割だがどうにもこの世の治世者は闘う能力を喪失しているらしいね。情けない事だ。
全て硝煙を身に纏うハンターの領分になってしまっている。勇者すら存在しないようだ。魔王を名乗る馬鹿な妖魔は存在するようだが。
どこの時代にも度しがたく付け上がる馬鹿な妖魔と言うものが居る。曰く魔王…ププ魔王か。そんなものは部下が勝手に見つけて勝手に討伐していたよ。ボクの治世ではね。
愚かなり人間。魔王すら討てずに今晩の献立のように依頼として並べていると言う。
…そろそろ夢見から覚めるな。相変わらず明晰夢というものは夢のわりに夢がない。ここまで正確な思考が練れるのなら起きているのと変わらないではないかと思う。
朝、目覚めた日の光が眩しい。今日は晴天だ。雪国らしい気候ではないが過ごしやすいので良しとするか。我が従者…といってもマスターはアイツでスレイブがボクだがね。…はまだ寝入っている。
少し散歩に出ようと思う。ボクは絹の寝間着を脱ぐと一瞬で巫女服に着替えた。スケスケではあるが常に暖かい…妖精の加護がある巫女服である。ボクのお気に入りの一着だ。
他人からは裸体の様に見えるかもしれないがキチンと着るものは着ているので問題はない。下着も着用しているのだ。
ボクは町に繰り出した。朝早く表を歩いているものは居ない。宿屋から出て目抜通りを歩いてみる。朝早くからやっている店と言えば競りをやっている店くらいである。
漁港が無いにも関わらず魚が流通して競りにかけられている。何故だ。ボクには理解が出来なかった。
…多分、人類史崩壊前の黒歴史の技術を使っているんだろう。どう見ても町並みは黒歴史でいう中世の町並みなんだがなぁ。
…英雄の気配を感じる。柔らかなしかし鋭い神気を発している。何処だ。千里眼を使う。見えた。パン屋の中に居る。何故かは分からないが…パン屋に居る。
ボクは魚屋を離れるとパン屋の中に入った。パンを見て回っているこの黒い長髪の男が英雄だ。
「おい!お前。ちょっと外に出るんだ。」
「ん?君は誰だい。普通の人では無いみたいだね。私は今パンを見て回っているんだ。また後にしてくれないか?」
ボクはずっこけそうになった。取り敢えずは敵では無いらしいが…彼がパンを買い終わるのを待つとしよう。
数分間のんびりと英雄の男はパンを選び、会計した。
「お待たせ!君は誰かな?取り敢えず店の外で話そうか。」
「ああ…本当に待たせてくれたね。不敬極まりないぞ。」
黒い長髪に白いコートの男がパン屋から出た。ボクもその後をついていく。場所は裏路地だ。
神雷刀に手を掛けながら話を聞くことにした。
「まずは名乗れ。ボクは究極黄金巫女。古に全てを治めた星を統べる巫女だ。お前は誰だ?」
「私の名前はマーリン。古のブリテンの大魔術師さ。人呼んで夢見の魔術師。」
「そうか。何故こんなところに居る?今もマーリンならアヴァロンに縛り付けられているのではないか?」
「さあね。どこかの遺跡の英雄召喚サークルが生きていたらしい。私を兵器として利用しようとした成れの果てだろう。召喚者は莫大な量のマナの被爆に耐えられずに死んでしまったよ。その遺跡から這い出て今では細々とパンでも食べて現世にしがみついているのさ。」
「俄には信じがたい話だけどボクの召喚された経緯と一緒だ。ボクの場合、召喚者は死にはしなかったけれどしばらくの間は魔力のパスは繋がっていなかったな。君はマスターも無しに何の目的を持って生きている?場合によっては狩り取らねばならないかもしれない。」
「そうだね。日常を謳歌しているとしか言えないかな。確固たる目的も何もないさ。君こそどんな目的で現世にとどまっているんだい?」
「…ボクの治めているはずの領土、アヴァロンを目指している。いまもオリジンのボク、究極黄金巫女が治めているはずだ。お前は狩り取らなくてもいいみたいだが、この世にはそんなに英雄が溢れているのか?」
「どうだろうね。私も召喚してから出会った英雄一号が君だからねえ。まあ夢見の千里眼で君の辿る道を見ることぐらいはできるさ。少し待ってくれるか?」
そうマーリンは人懐っこい笑顔で言うとボクを待たせた。
「フムフム…なるほど。まず一つ強大な組織との闘いが待っているようだねえ。君の戦闘能力だけで切り抜けられるか疑問なところだね。一体どれほどの屍の山を気付くつもりなのか分からないけれど恐ろしいもんだ。私はとても君を敵に回したくない。
第二に英雄を操る者との闘いが起こるね。君のマスターの様な偶発的な召喚者じゃない。故意的に何人も英雄を使役している者との闘いが避けられないだろう。アヴァロンについてはここで触れるのはやめておこう。君にとっての愉悦に当たる部分だろうからね。」
「ほう…やはりマーリンというのは嘘ではないらしいな。一丁前に怪しい予言をかます訳だ。良しまあ良いだろう。今日の所は切らないでおいてやるよ。ただし敵として立ち塞がる場合は別だ。跡形もなく消し飛ばしてやるからな。覚悟をしておく事だ。」
「ああ…苛烈。そして恐ろしい究極黄金巫女様。何を貴女の行く手を阻むことがありましょうか。決してそのような事は無いでしょう。それではまた夢見にて。」
夢見の大魔術師マーリンはそう言うとふと風に吹かれるように居なくなってしまった。胡散臭い奴だ。ボクも朝の町を見て回る気持ちが削げ落ちてしまったので宿に帰ることにした。
強大な組織との闘いはまあ良いとする。どうせボクのゲートオブアヴァロンの前には勝てるものは居ないからだ。それにケイジも新しい銃を手に入れたし対抗できるだろう。
問題は複数英雄を召喚している召喚者との闘いだ。英雄は一騎当千の実力を持つ者が多い。人類史に刻まれた星の記憶から呼び起こされるものが英雄だ。それを何人も使役するとなるとボクが相手にするにしても少し不利な状況になるかもしれない。勿論並みの英雄ならゲートオブアヴァロンで片付けられるが…例えばボクを英雄召喚している場合は非常に危険だろう。気を抜ける状況ではない。マーリンの予知能力は全能に近い。聞いた事を心に留めておくようにと思う。
まったく普通に旅をするだけでここまでの困難に普通襲われるだろうか?信じられない気持ちになった。ケイジ。君は余計な事に顔を突っ込む癖があるのかもしれないな。闘争があるのは良い。闘うのはボクの趣味だからだ。だが敗北は許されない。ボクが敗北する時はケイジも死ぬ事になるだろう。趣味ではないが気を引き締めなければなァ…

朝目を覚ました。ギルディーンの姿がない。一瞬何処に行ったのか焦るが…まあ焦っても仕方がない。子供じゃないしちゃんと宿に戻ってくるだろうと算段を立てて俺はもう少し寝ることにした。一時間程経つとギルディーンが戻ってきた。少し深刻な顔をしている。
「どうしたんだ…ギルディーン?何か悩みごとでもあるのか?」
「王たるボクに悩みごとは無い。ちょっと野暮用があってね。まあ悩んでいるというほどでもないんだ。気にするなケイジ。さあ今日も依頼をこなすんだろう?出かけるぞ。」
「ああ…分かったよ。何かあれば必ず言えよ。ギルディーン。」
俺達は一階の酒場へノソノソと降りて行った。
酒場の親父がいる。俺達は挨拶をすると本題に入った。
「親父。今この町で一番危険な依頼はあるか?」
親父は少し逡巡し答える。
「あるぜ!とっておきの奴がなあ。何とドラゴン退治だ!二~三ヶ月ぶりの大型案件だぞ!報酬も弾むぜ。早い者勝ちで色々な場所で人を集めているんだ。あんた達も参加するかい?」
ギルディーンに目配せする。
「ドラゴン如きで浮かれすぎじゃないか?あんなものデカいトカゲと変わらないと言えるだろう。」
「嬢ちゃん。言ってくれるじゃねえか!旦那も後に引けないな!この依頼を受けるかい!」
「ああ…受けさせてもらおうか!ドラゴン退治望むところだ。」
俺はドラゴンの出没情報等が載っている紙を親父から受け取るとドラゴン退治に出かけることにした。
曰く幻想種。曰く最強の化物。それがドラゴンだ。皮膚は鋼鉄の様に硬く。燃え盛る火炎を吐き、名刀よりも優れた手足で相手を引き千切るのだ。
ギルディーンは何度も狩った事があると言っているが、俺は心配である。昨日買った対竜狙撃銃が役に立てばいいのだが…
今はノースランドの城下町を出たところだ。今日も天気は晴天である。雪も解けてきている。俺達は今ノースランド北東のモロス山を目指している。ここにドラゴンが出るそうだ。
俺は今とても緊張している。足取りもいつもより重い。それほどドラゴンに対する恐怖心が大きいのだ。ギルディーンは平然としている。俺はふと独り言ちた。
「死ぬかもしれないな。流石に。どうしよう。」
ギルディーンは呆れたように返してきた。
「ボクが付いているのに死ぬはずがないだろう。大丈夫さ。ドラゴンなんてデカいトカゲと何も変わらないよ。火炎のブレスを吐いてきたりはするけれど、そんなもの平気にいなせるさ。」
「君が大丈夫でも俺が不味いんだよ。ああ調子に乗って討伐依頼も受けなければよかった。」
「それじゃあ今からでも依頼を無かった事にするかい。そういう訳にもいかないんだろう?」
「ああ…もう今更引き返す事は出来ない。前進あるのみだ。ああ嫌だな。怖いな…」
俺は究極にネガティブな気持ちになっていた。と、ギルディーンが怒っている。
「おい…仮にもボクの伴侶になると決めたんだろう!こんな事で弱音を吐くな!みっともない。最悪死ぬだけさ。死んでもアヴァロンに導いてやるから大丈夫だ。死を恐れずに闘うんだ。ケイジ。お前は少し情けなさすぎるぞ。ドラゴンの次は神様と闘うかもしれないんだぞ。しっかりしろケイジ。最初から心が死んでいてはどうにかなるものもどうにもならなくなるぞ!」
俺は押し黙る。彼女の叱咤に応える言葉が見つからなかった。
「もっと良い様に考えろよ。ケイジ。ドラゴンに勝てば莫大な報酬が手に入るんだろ?アヴァロンの情報に近づくのと一緒だ。そうすればお前の終生の目標に一歩近づくんだ。まあボクが与えてやった目標だけどね。どうだ気合が入ったかケイジ。」
「ああ…ただ闘おう。俺の目の前に立ちはだかる奴は神様だって容赦はしない。全て討ち払うのみだ。ドラゴンだって砕いて見せる。」
そう言いながら途中途中に遺跡がある北東に進む街道を歩く。敵や障害物は見当たらない。太陽の光が照り付け冬だというのに暖かい位だった。まあ天候が関係あるのは俺だけだ。ギルディーンは常に春の陽気に包まれている。
そして目的地のモロス山に到着した。標高二〇〇〇メートル程の山だ。俺たち以外にも冒険者パーティがわんさかいた。皆ドラゴン討伐の為に集まったのだ。俺のような鬼札を持たずに…何故そこまでできるのだろう。俺は純粋な尊敬と畏怖の念に包まれていた。空っぽの器が埋まっていくような感じさえする。そうか戦闘の高揚感そしてスリル…それを俺も追い求めていたのかもしれない。道行く冒険者に声をかける。
「ドラゴンはどこにいるんだ?」
「頂上にいるぞ。もう十パーティは壊滅させられたらしい。あんたも気を付けな。」
「ありがとう。君にも神の導きがあらんことを。」
そう答えると俺は足早に頂上を目指した。ギルディーンも苦も無く付いて来る。
少し息が上がってきたが俺は早く頂上のドラゴンが見たくなって仕方がなかった。今までにない高揚感が身を包んでいた。
ああ…ドラゴンと殺し合ったらどれ程心地が良いのだろう。といっても究極黄金巫女がいる俺達ではドラゴンを一方的に殺害するだけかもしれないが、それでもいいのだ。早く闘って交わって溶け合って血飛沫を浴びたい。ドラゴンを殺したい。
俺の中に燃え上がる殺意があった。殺しの快感…そんなものが恐怖心の裏側にあったのだ。
生きているものを狩り取る快感。自分だけの形に切り取って殺害する狂気。嬉しい…全身が生まれなおす様だ。俺はギルディーン以外に初めて自分を満たす快楽物質を見つけた。殺害衝動だ。非常に不謹慎かもしれないがドラゴンにはそんなものを幾らぶつけても誰にも罪には問われない。公認の殺害対象だ。
踊る踊る踊る燃える燃える燃える。俺の世界の中でドラゴンが燃え落ちる。夢想を続けていたがギルディーンに声を掛けられる。
「フム…お前の空っぽの器を満たす愉悦を見つけたようだな。ケイジ。良い事だ。励めよ。」
「ドラゴンを殺す事ばかりを考えていたら、衝動が体を突き抜けたんだ。今は純粋にドラゴンを殺したい。この手でな。それしか考えられない。」
「まるで狂戦士の様だが、お前は至極落ち着いているね。ケイジ。本当の殺戮者なのかもしれない。まあそうすると薬物漬の暗殺者の様な物だが。」
山の頂上まではもう少しだ。今は八合目といった所だ。早く殺したい。解体してやりたい。気持ちが逸り、足の動きも早くなる。半分駆け足だ。ギルディーンは何て言う事ないという風について来る。体力の限界も人間とは別物らしい。
山の頂上から逃げ帰ってくるパーティが増えてきた。一撃でリーダー格をやられてしまったり、そもそも壊走したりしているパーティだろう。それだけ本来はドラゴンは度し難い敵という事である。だが今の俺なら殺せる。対竜狙撃銃の装填を確認する。二〇mm鐵鋼貫通弾装填済み…
そして頂上に辿り着いた。目の前にはドラゴンと闘うパーティが二、三いる。皆アサルトライフルで射撃をしているが大した効力は無いようだ。逆にドラゴンの吐く火炎でやられてしまっている。俺は頂上のアウトレンジから対竜狙撃銃を構えた。隣に居たギルディーンの姿が消える。討ち取りに行ったか…
狙撃銃でドラゴンの頭に狙いを付けて発射する。ドゴン…と重い発射音。ドラゴンの頬に弾が着弾し反対側に貫通していった。身悶えするドラゴン。さすが対竜狙撃銃だ。本物のドラゴンに通じるかどうかは眉唾物だったのだ。
と、ドラゴンの前の空中に転移するギルディーン。紫色のゲートを無数に展開する。ゲートオブアヴァロンだ。宝貝を一斉に発射する。ドラゴンは串刺しになった。致命傷には至っていない。火炎球を発射するドラゴン。ギルディーンは空間転移して避けた。他のパーティに着弾しそのパーティは全員即死した。
残るパーティも攻撃が通用しないことを察知して頂上から撤退していく。俺達二人だけが残っている。
ドラゴンは尻尾でギルディーンに薙ぎ払いを行った。ギルディーンは察知して黄金刀で剣舞を舞いいなした。
ドラゴンは未だ健在だ。体中を宝貝で串刺しにされ、頬を穿たれたが闘う意思はあるらしい。
俺は対竜狙撃銃でもう一度ドラゴンの頭を狙うと発射した。頭に着弾し反対に貫通していく。ドラゴンの脳みそをシェイクしたような状態だろう。バタンとドラゴンは倒れ込んだ。
しかしまだ息がある。やはりドラゴン。タフだな。何とかして殺したい。殺害衝動がまた沸き起こってきた。ドラゴンを殺す…ギルディーンでも俺でも良い殺さなくては。
殺してやる。殺してやる。切ない位に想いが強くなっていく。対竜狙撃銃に弾を装填する。また懲りずに頭を狙うが、ギルディーンの方が早かった。
ギルディーンは一際大きなゲートを開けると中から山ほどの大きい剣を取り出した来た。
「岩斬剣!射出!」
ドラゴンを押しつぶすように巨大な剣が射出されドラゴンは挽肉になった。
俺はその瞬間絶頂した。ああ遂にあのドラゴンを殺せたのだ。素晴らしい。素晴らしい戦果だ。願わくば俺の一撃で屠りたかったがそうもいかなかったな。
ドラゴンの死体の写真を取る。岩斬剣は霊体化して消え去ってしまったので、ただ「何か」に潰されてしまったドラゴンの姿だけが残っていた。
自分の手で殺した物の写真を取る。なんとも猟奇的な行為だ。喜びを隠しきれなかった。俺の口元は歪んでいる。笑っている。ギルディーンにはあまり良く思えないだろうが、衝動が抑えられなかった。
俺が…俺達が倒したのだという名乗りを上げているようなものだ。それが堪らない快感となっていた。
一通りドラゴンの写真を取り切ると俺達はその場を後にする事に決めた。
静かにしていたギルディーンが口を開く。
「どうだ。ケイジ。初めて犯し奪い取る者の快感を味わった感想は?楽しかったか。」
「意地悪な質問だな。ギルディーン。…とても楽しかった。人には説明しきれないくらいにな。」
「これからはボクが犯し殺し尽くす事を咎めない事だ。それが楽しみであるのだから。」
「ああきっと俺も参加して殺すだろうよ。君が殺すと決めた奴なんだから。俺にも殺す理由があるさ。」
「フフ…分かっているじゃないか。これこそ愉悦だ。この世に生きていく上で欠かせない快楽と言えよう。」
「ドラゴンを狩り取り殺すのもまた愉悦か。最高の快楽だったよ。確かに。死が裏打ちされた闘いの中で味わえる快感だった。」
「しかしその殺害衝動は魔物にだけ向けるんだな。人に向ける様になれば大量殺人鬼の誕生日。ハッピーバースデーさ。それはボクも望んじゃいない事だ。君を猟奇殺人犯にするために付き添っているわけじゃないからな。肝に命じておくように。」
「ああ…この初めての衝動は魔物にだけ向ける事にしよう。そうしないと君の言う通り人を殺すようになってしまうだろう。」
会話をしながらモロス山を下った。辺りはもう暗く宵の口といった時間だ。ノースランドまでの行程を急ぐことにする。さすがに真夜中に城下町の外を歩くことは避けたい。

ケイジはドラゴンを殺す事で快楽を得ていたようだった。死の狭間で死をぶつけ合う事に快楽を見つけ出したのだろう。殺害衝動まで達していた様だった。このまま殺人衝動に転嫁すると不味いと思ったので釘を刺しておいた。流石に面白半分に人を殺すようになったらボクが裁かなくちゃならなくなる。まだ現世でやりたいこともあったのでそんな幕切れは望んではいなかった。
自由に人を殺す事が出来る権利を生前のボクは持っていたが、流石に余程ふざけた奴ではないと殺すほどには値しなかったし、ボクの周りは理路整然と整っていたので一人も余分な人材などは居なかったのだ。
それほど人を殺すという事は重いものだ。だから本来ボクを呼ぶものは皆殺す。究極の不敬を働いていると言えるからだ。そんな奴生きている価値は無い。結局自分の欲求の為に呼んだことが千里眼で見え透けるからだ。そんな奴を許すわけにはいかない。それほどボクは偉大だし、ボクの権能を振るうという事は現世を混乱させる事だからだ。
だが前も言った通りケイジは呼び出した当初は空っぽだった。だから殺さずに様子を見たのだ。今はボクへの恋情と殺害衝動に器が満たされている。
それは余りにも歪だけれど、ケイジが生きているための衝動を手に入れたと言って過言ではない。今までは風に吹かれ舞う芥の様な生活を続けていたケイジ。
それが初めて人間らしいと言える衝動を手に入れたのだ。それはボクへの恋愛衝動と殺害衝動だ。
これからも彼は新しい衝動に満たされるかどうかは分からない。殺害衝動も薄れていくだろう。極限の状況で発現した物だからだ。また普段の生活に戻ればそれは薄れる筈だ。
ボクの衝動?それは観察欲求とでも言うべきか?敢えて言うなら一人の人間がどのように苦しみ悩み喜び哀しみ変わっていくかに興味があると言える。
今はケイジを観察している最中だ。奴ほど面白くコロコロ自分の中身が変わる人間もいまい。まあこれまでは様々な事が経験不足だったという事もあるのだろう。
まだ年が二〇歳なのに元々隠居した爺様のような生活をしていたのも影響している。自分の倒せる範囲の魔物をほどほどに狩り、後は散歩がてら放浪しているだけとは人生を本当に無駄に過ごしていたと言えるだろう。
今はボクと居るだけで刺激に満ち溢れているようだ。それは喜びなのだろう。ただ一面の喜び、苦しみもすぐに喜びに変わる。今日も最初はドラゴンに恐れ恐怖を為していたが、その感情はすぐに反転し、殺害衝動へと至った。そうやって彼は反転し尽くしていくのかもしれないな。要は究極のポジティブシンキングになるという事だ。
ふと声を掛けてみる。
「ケイジ。今は幸せかい。」
「君と出会えて幸せだったよ。後は今日ドラゴンを狩れたことも幸せだったな。毎日少しずつ幸せを重ねていっていると思う。ありがとうな。ギルディーン。」
「そうか。ボクに従っているうちは幸せとスリルと恐怖と快感が常に尽きない事を約束するとしよう。」
「何だ?それは?俺はそれだったら穏やかな幸せだけがあればいいよ。スリルも恐怖も快感もいらないさ。」
辺りはもう真っ暗だった。月明りだけがボク達を照らしている。その中でもボクの巫女服は月明りを受けて淡い光を回りに反射していた。
フフ…穏やかな幸せだけが欲しいか。若者の吐いていい言葉じゃないね。ご隠居じゃないんだから。この究極黄金巫女の配下としてそんな事は許されないのだ。
「許さないよ。ケイジ。ただ揺蕩っているだけのような人生を送る事は許さない。もっと刺激的で壊れてしまうような快感を得る様な人生にするんだ。といっても簡単。闘い続ければいい。闘いは犯して奪って嬲るこの世の快感を全て詰め込んでいるからだ。お前ももう闘いからは逃げようとは思わないだろう。ケイジ。」
「まあな…殺害衝動なんて厄介なものも自分の中に見つけてしまったしな。これからも俺達の闘いは続くんだろう?それなら不謹慎だけど闘いを楽しむしかないよな。」
「フン…分かっているじゃないかケイジ。究極黄金巫女の配下としてゆめその在り方を損なうなよ。闘いから逃げる腰抜けなんてボクの配下には要らないんだからな。」
「はいはい。肝に命じますよ。究極黄金巫女様。」
ギロリとケイジを睨みつける。不敬ゆえにな…
「はいは一度でよろしい。ケイジ。余りボクに注意をさせるなよ。不快極まりないぞ。」
「ゴメンゴメン。気を付けるよ。ギルディーン。」
そろそろ城下町の灯りが見えてきた。今日は特に移動時間が長かったな。まあケイジと居る限り暇はしないから良いのだけど…移動できる宝貝でも次辺りから呼ぼうかと考え込む。
神速で駆ける飛行機があった。二人で乗るには狭いけれど問題は無いだろう。

やっと町まで戻ってきた。その事実に安堵する。暗闇は魔物の領域だ。どんな妖魔に襲われても文句は言えないのだ。
俺達は城下町に入ると目抜き通りを通り酒場に向かった。親父が接客をしている。
「高ランク定食ね!あいよ。ン?旦那じゃないか。ドラゴン相手に大丈夫だったのか?逃げ帰って来ても恥ずかしい事はねえよ。なんせ相手はドラゴ…」
俺はドラゴンの死体の写真を見せる。固まる親父。ギルディーンが口を開く。
「おい!下郎。あまりボク達を侮らない事だな。ガキの使いではないんだ。ドラゴンを倒したからこそここに姿を現したんだ。分かるよな?」
「ああ…オーマイゴッド!信じられないぜ!皆!この旦那と嬢ちゃんがドラゴンを討伐したらしいぞ!」
「まじか!信じられねえぞ。そんな事が出来る人間がいるなんてな。あんたが噂の勇者か?」
酔っ払い達がざわつき始めた。
「フフ…称えよ。称えるがいいぞ!ボク達の栄誉を!いくらでも称えると良い。良い。良いぞ。とく許そう!」
「御嬢ちゃんが本当にドラゴンを倒したのかい?こんな小さいのに偉いな。」
「小さいは余計だ。まあ勇者なぞではないがドラゴンはほぼ何もできずに倒したぞ。フフハハハハ!称えるがいい。」
こんな感じでギルディーンは酔っ払い達に自慢話を始めたので俺は親父に向き直った。
「報酬を貰おうか。親父。」
「ああ…こんな大金ウチでもいつまでも預かれないからな。ちょっと待ってな。」
親父はカウンターの奥に行くとしばらくして戻ってきた。とんでもない量の金貨の山だ。
「ほらよ。持って行きな。もうこれ以上の依頼はしばらく無いかもしれないなあ。旦那方もお休みかもしれないぜ。」
「それはそれでいいさ。休みは休みで満喫させてもらおう。ギルディーン。食事だぞ。」
「おおそうかケイジ。皆の衆それではまたな!」
「嬢ちゃん!凄かったぞ!頑張れ!ギルディーン!」
うわーと酔っ払い達が歓声を浴びた。人気者になるのが得意なんだろう。
俺達は親父に最高の食事を出すように頼むとしばらくして食事が運ばれてきた。大量のパンとステーキを胃に流し込む。
ギルディーンは食べるのを中断して話しかけてくる。
「ケイジ。本当に今日はよくやったな。誉めてやろう。ドラゴンに対して物怖じせず闘った勇姿、この目に焼き付けたぞ。」
「ありがとう。ギルディーン。君の力が無ければとても一人では狩れていなかったよ。」
「フム…まあ当たり前の事だが、ボク抜きで勝利できる程甘い敵ではなかったな。が、いつか鍛えれば一人でも狩れるようになるかもしれないぞ。精進するんだな。ケイジ。」
「ああ…これからも勝ち続ける為に頑張るよ。」
再び俺達は食事を食べ始めた。…しばらくして食べ終わると俺達は二階に上がった。
ベッドが二つある粗末な部屋に戻った。
「ケイジ。明日また困難な依頼が出るとボクの千里眼が捕らえた。逃げ腰になるなよ。」
ギルディーンは警告を与えてきた。珍しくも無いが…
「分かったよ。ただ殺す事だけを考えよう。俺に出来るのはそれだけだ。」
殺害衝動をチラリと覗かせる俺だった。殺したいという感情が高ぶり始めている。原初の闘争本能だ。
「さあもう寝るぞ。ケイジ。明日に備えろ。じゃあお休み。」
そう告げるとギルディーンは絹の寝間着に着替えて眠ってしまった。
俺ももう眠るとしよう。変な興奮が残っているが眠らなければ…
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