独雨

あこ

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参話

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「纈さん、纈さん…」

「振り返るな。視線も流すな。」

「えぇ、えぇ、分かってますとも。」


纏う空気を変えることなく半歩先を歩く纈を羨望の色に染まった瞳で見つめる化野は少しだけスピードを上げて黒を具現化したような男に並んだ。
それに視線を少しもやることなく纈は小さく呟く。


「咎者か?」


くん、と何かを嗅ぐような仕草の後、化野の口角はゆっくりと吊り上がっていく。それだけで満足したのか、纈の周囲の空気がざわりと陽炎の如く揺らいだ。まるで、抑えきれないとでも言うように。
二人の間を駆け抜けた生温い風が化野の頬を滑る冷や汗を攫っていく。


「…是、以外なんと答えましょう。ぷんぷん臭うまっこと不快なそれでございますわ。」

「ははっ!差詰め軍警の取り逃しといった所と見た。いや、敢えてか?どちらにせよ、無用の長物の域を出んようでありますなァ。」


下手糞が、と舌打ちとともに放たれた雑言の直後。纈の鋭い眼光が開いた。獲物を捕らえる猛禽類さながらのそれに空気がピリ、と張り詰めた────瞬間、化野の眼前から黒が消える。
否、消えたように見えた。
一切の痕跡を残さず、黒は背後の気配に一瞬で迫る。

次に化野が視界にその様相を捉えたころには、既に事態は収束を迎えていた。

軍刀が徒刑囚と思われる服に身を包んだ男の口から頭までを見事に貫通しており、確実に、そして正確に脳幹を仕留めていた。
だらりと垂れた男の屈強な腕から刃渡り十数センチの出刃包丁が音を立てて地面に落下する。
纈の凶暴な一面を目の当たりにして、それでも普段と変わらぬ飄々とした様子で化野は口を開いた。


「…ややまァ、纈さんはいつ見ても容赦ってモンが無ェや。弁明の余地も与えないなんざァ…おぉ怖い怖い。」

「ほう?ンなら化野は言い訳や許しを乞う相手に獲物銜えたまんま自己弁護をするって事か?そいつァ度胸があるねェ。近いうち是非に一度見てみたいもんだ。」

「ははっ、冗談はヨシ子さんであります…」


自己弁護の前に殺されるのがオチだ、とビクビク痙攣する肉塊を横目に化野は嘯いた。纈が血と脂で汚れた刀身を淡い空色の懐紙で拭っている間に素早く距離をとっておく。


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