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1.出会い
5.診療所にて②
しおりを挟むファロの診療所の奥には小さなシャワールームが据え付けられている。シャワールームと言ってもガラス張りの立派なものではなく、かつてバーだった時代に厨房として使われていたであろうキッチンの片隅にひっそりとあるだけの粗末なものだ。当たり前のように温度調節は利かず、ただ地下から汲み上げた水をシャワーとして利用しているだけの簡素なものだ。
「こっちだ。来い」
ノルが手招きをすると、赤毛の猫はそろそろと近づいてきた。羽織っていたぼろきれを脱がせると、赤毛の猫は生まれたままの姿になった。そこでノルは先ほどから薄々感じていたことを確信に変えた。
「お前、雌か」
「……ん」
こくり、と赤毛の猫が首肯する。赤毛の猫の体は、ノルとほぼ同じだった。頭から生える三角の耳、腰から生える尻尾、ぺたりとした胸部に、柔らかな腹。しかしノルと唯一違う箇所があった。それが生殖器だ。ノルとは違い、この赤毛の獣人には雄の性器が生えていない。代わりに、股の間にはつるりとした割れ目が鎮座していた。これは、猫獣人だけに起こりうる現象だ。猫獣人は男女の性差の他、生殖器による性差が生じる。この赤毛の猫獣人は男だが、生殖器のみが雌のものなのだ。
(……面倒だな)
はあ、とノルがため息を吐くと、赤毛の猫は不安そうに眉を下げた。こちらを伺うような視線が鬱陶しい。ノルは再びため息を吐くと、赤毛の猫をシャワーのあるブースへと促した。
「少し冷たいが、我慢しろ」
そう断ってからシャワーのスイッチを入れると、天井に張り巡らされたパイプの亀裂から、水が滴ってきた。パイプの下に赤毛の猫を連れてくると、所在なさげにきょろきょろと視線を彷徨わせてはいたものの、それだけで逃げるような素振りは見せなかった。ちょろちょろと滴る水で、赤毛の猫に纏わり付いた液体を流していく。
「流していくから、不快な場所があったら自分でなんとかしろ」
そう言って、赤毛の猫の髪を肌を順に洗っていく。ここには石鹸などという贅沢品はないから、必然的に水だけで汚れを落とすことになるが、赤毛の猫は特に不満を言うことはなかった。
シャワーは比較的早く終わった。赤毛の猫が大人しかったというのもあるが、そもそも汚れというほどの汚れは少なく、カプセルに満たされていた液体を洗い流してやれば、すっかりと綺麗な毛並みへと変わっていった。
「おや、随分と見違えたね。どれ、それじゃあ話を聞かせてもらおうか」
ファロから渡された使い古しの、しかし清潔なタオルで体を拭い、用意された衣服へ着替え終わると、ノルと赤毛の猫は元居た部屋へと戻った。奥の部屋から戻ってきたファロは、でこぼこに歪んだステンレス製のカップをふたつ持っていた。ひくひくと赤毛の猫が鼻を鳴らす。
「ほら、飲みな」
中身は温かいココアだった。火傷しそうに熱いそれで手のひらを温めながら、ノルはファロへと向き直った。隣の赤毛猫がココアを一口舐めてびくっと身を震わせた。熱かったのだろう。
「それで? 何があったって?」
ファロに促されて、ノルは自らの目で見たことを話した。住処であるスラムの屋上へ、カプセルが落下してきたこと。この赤毛の猫はカプセルの中で眠っていたこと。そして記憶が混乱しているのか、まともに受け答えできないこと。一通り話し終える頃には、外はすっかり陽が落ちていた。空は黒い雲に覆われ、湿った匂いが鼻を突く。雨が近いようだ。
「廃棄場ではなくムルクホルムへ落ちてきた、か。興味深いね」
「こんなことは初めてだ。あんたなら、何か心当たりがあるんじゃないか?」
「……ここに来たのはそれも目当てか。まったく、相変わらず抜け目ない坊やだ」
「あるんだな?」
ノルの目つきが鋭くなる。探るようなノルの眼差しに、老医師は重々しく頷いた。
「ある。第六恒常実験区だ」
「……おい、まさか」
「そうさ、坊や。坊やもようく知っている『あそこ』だよ」
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