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masuta

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第一章:出会いの章 〜導きのルート設定〜

第六話 死にたくない、死にたくない、死にたくないよ

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 「――どうして私なの。私、何も悪いことしていないのよ」  勉強だって人一倍頑張った。なのに、どうして私なの。 「死にたくない! 死にたくない!」

   ***

 ごく普通の家庭で育った。ピアノと英語は幼い頃から。幼稚園では元気な子供だった。ただ、運動会の徒競走だけはいつも遅かった。  運動はあまり得意ではなかった。夏休みには、仲の良い近所のお友達とお泊まり会をした。そんな、どこにでもある幸せな日常。

 体の異変に気が付いたのは、小学校五年生の時だった。風邪かな、と思った。熱っぽくて、体中が重い。歩くのさえ辛くなり、学校へ迎えに来てもらった。  だが、それはただの風邪ではなかった。近所の内科に行っても原因がわからない。数日経っても熱が下がらず、千葉の大学病院を紹介された。そこで精密検査を受けることになったのだ。

 両親は、突きつけられた現実を受け止められなかった。  まさかの、ガンだった。  腫瘍は体の深い場所にあり、当時の技術では手術も困難を極めるという。私にその病名が知らされるのは、それから数年後のことだった……。

   ***

 それからは、入退院を繰り返す日々。  すぐに発熱し、体中が鉛のように重くなる。けれど、平気な時は何事もなく勉強に集中できた。  中学校に上がると、突然のめまいで倒れたり、体に力が入らなくなったりすることが増えた。それでも勉強の手は休めない。学力テストは常に一位。満点以外を取ったことがなかった。特に英語は得意だった。

 病魔と闘いながら迎えた、中学三年の夏。また、入院が決まった。

   ◇

 この時も、いつも通りすぐに退院できると思っていた。  だが、初めて医師から直接、告げられた。 「

 もしかしたら、と考えたことがなかったわけではない。けれど、はっきりと告げられるとショックだった。頭の中が真っ白になった。  医師の説明は続いた。転移しているわけではないのに、だという。

(――どういうこと? 私、こんなに元気なのに。熱は出るけど、普通に勉強だってできる。体育の授業だって受けられたのに!)  それなのに、なぜ、どうして。 (私、死んじゃうの……? このまま、死んじゃうの? 嫌だよ、死にたくない……)  どこからどう見ても、私は普通の女の子だ。好きな人だっている。まだ、好きだと伝えてもいないのに。

 両親は、私が誰を想っているのかをよく知っていた。 「……どうして私なの! 私、何も悪いことしていないのに。勉強だって頑張ったのに!」 「――死にたくない! 死にたくない!」  叫ばずにはいられなかった。誰か助けて。お願い、誰か助けてください。  泣きじゃくり、涙が止まらなかった。  泣いてはいけないと我慢していたけれど、私の顔を見て看護師さんまで泣いていた。

 両親は泣きながら、どうか、どうかお願いしますと医師にすがりつき、ふらふらと病室を出て行った。

   ***

 その日、父はふと、スポーツくじの看板に目をやった。行列ができている。  背中を丸め、意気消沈していた父にとって、それは気分転換にすらならないはずのものだった。けれど、吸い寄せられるように列に並んだ。

 遠くを見つめる。元気な子供たちが、家族と楽しそうに買い物をしている。視線は自然と足元に落ちた。 「買うんですか、買わないんですか?」  後ろの客に背中を押された。早くしろ、という無言の圧力が突き刺さる。  もう三年間、買ったこともなかったが、唐突に一万円分。 (このお金で、娘と買い物に行くことも、食事に行くことも、もうできないのか……)  深い溜息をついた。周囲の喧騒が、遠くの方で微かに聞こえるほど、父は肩を落としていた。

   ***

 一週間後。娘の病院へ行く前に、ふと思い出して券を確認した。  そこには「一等 十二億円」の文字があった。 (こんなお金なんて、いらない。それより娘を……娘の命を、神様!)

 大学病院に呼ばれていた。約束の一時間前に着き、娘の病室へ向かう。  今日の娘は、とても元気そうだった。

 二宮 美野里にのみや みのり、十五歳。  女優になってもおかしくないほど、美しい娘。  そう思うだけで、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。

 美野里はベッドから出て、父の元へ駆け寄った。  父の胸にすがりつき、消え入りそうな声で言った。 「お願い……お願いがあるの。お父さん、お母さん。一日だけでいいの。一日だけ、外に出たい。花火大会に行きたい。せめて一日だけ、一緒にいたいの」  私達は泣いた。泣きながら、医師との面談に向かった。

   ***

 ――そこには、数名の医師が並んでいた。  もう、ダメなのだと悟った。治療の断念か、それとも安らかに眠るための話か。  涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。私達の育て方がいけなかったのだろうか。なぜ、あの子が。

「おかけください。単刀直入に言います」  院長が静かに切り出した。  覚悟するしかなかった。残酷な宣告を受け止めるしかないのだ。この一週間、毎日家で泣いた。娘のアルバムを見返し、幼稚園のビデオを繰り返し見た。どうして、うちの娘が……。

「……治る可能性が、あります」  ゆっくりと、院長の口から出た言葉。  私は耳を疑った。今、なんと言った?

「――治る? 治るのですか!」  私は立ち上がった。 「正確には、今は治せません。ですが、コールドスリープによって肉体を保存し、治療法が確立される時期を待つ。すでにマウスでは成功しており、臨床試験が始まっています。ただし、日本では法律上できません。アメリカに渡っていただくことに……」

   ◇

 扉がゆっくりと開き、二人の人物が入ってきた。  白衣をまとったその二人を、忘れることなどできない。  自信に溢れた眼差し、凛とした姿勢。

 新穂 未来にいぼ みらい君のお父さんと、お母さんだった。  AGIの研究を続け、医療応用によって人体に影響なくガンを根治する技術を開発した、第一人者。コールドスリープを世界で初めて成功させた、医学界の奇跡。

「二宮さん、私共にお任せください。三年、長くても五年で根治します」 「ただし、凍結保存と渡米、それには……」 「莫大な費用がかかります。およそ十億円という、巨額の資金が必要です」

 奇跡が起きたのだ。絶望の淵で、一筋の望みが見えた。 「お願いがあります。お金は、すぐに準備できます!」  私は泣きながら、膝を折り、床に頭をつけて頼み込んだ。 「お願いです、一日だけ……一日だけでいいのです。娘の希望を叶えてあげてください。新穂さんの息子さんと、花火大会へ」

「感染症のリスクを避けたいので、せめてお車での送迎を」  医師の提案に、私は何度も、何度も頷いた。

 ありがとうございます。ありがとうございます……。  花火大会は三週間後。  私は泣きながら、希望を抱いた。  ご近所から情報を集め、銀行から大金を下ろし、これ以上ないというほどの晴れやかな浴衣を用意した。すべては、娘のために。
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