新しいルートでご案内致します。目的地は、君の隣(きみとな)

masuta

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第一章:出会いの章 〜導きのルート設定〜

第九話 出勤したもの……仕事が手に

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  帰りたい、帰れない。  帰りたい、帰れない。

 ……一、二、三秒。  一秒ずつ数えても、一秒が一分や十分に進むことはなかった。  時計の針は、残酷なほど正確だ。

   ***

 朝、アラームが鳴った。  うーん、朝か。隣を見ると、美野里がぐっすりと寝ていた。 (そりゃ、起きられないか。あびるようにワインを飲んでいたからね)  テーブルに三万円を置いていく。これだけあれば、とりあえずは良いのかな。着替えて駅に向かった。鍵はオートロックだった。

 ちょうど来た電車に乗り込む。  そういえば昨日、彼女がパソコンでごりごり何かやっていたな。スマートフォンや通帳を出せと言われた気がする。  気になって残高を確認すると……。

「……なんだ、これ?」  一億円以上? 見たこともない数字が並んでいる。

 慌ててメールを確認する。この三日間、スマートフォンをまともに開いていなかった。そもそも誰からも連絡など来ないのだ。アンドロイドからアイフォンに変えたばかりで操作も覚束ない。  通知がある。一件のメールだ。

【送信者:minori〇xxxxxxninomiya@gmail】

 件名はない。中身を開くと――。

『あなたの愛している美野里ちゃんでーす。お金のことは私に任せておいて。お家のことも、お任せあれ――。元気がでるように、これね』

 添付されていた画像を開いた瞬間、僕は指を止めそうになった。 (なんで水着なんだよ! 電車の中で見ちゃいけないやつだろう……!)  痴女なのか? 迷惑メールに振り分けられていたら一生気づかなかったぞ。(一応、保存しておこう)

「minori……ninomiya……」  どこかで聞いたことがあるような。  ガタン、と電車が止まる。北習志野駅だ。  危ない、乗り過ごすところだった。飲み物を買って……。今、何かを思い出しそうになった気がするが、まずは仕事だ。

   ◇

 職場は北習志野駅に直結した営業所だ。  営業が数名、エンジニアが三名、あとは庶務。研究所に籠もっていた僕にとって、こういう「普通の職場」は正直慣れない。  挨拶を済ませ、パソコンに向かう。今日は女性しかいない。  僕はリモートで本社の研究室にアクセスする。テレワークで十分な内容だ。二十五日には僕の配属祝いとプロジェクトの打ち上げがあるらしい。

 僕が構築したは、今も成長を続けている。  人型ロボットの自己学習。介護ロボットの普及は急務だ。  仮想空間を千倍のスピードに加速させることで、AIは独学で知能を得た。これが僕の四年間の研究成果だ。

 二和向台で生活を始めたのは今月からだ。  学校卒業後、すぐに研究に没頭し、四年目で係長。来年は課長昇進が決まっている。年収は一五〇〇万円という破格の待遇だ。

(そうだ、美野里はどうしているのかな……)  心配だ。しまった、連絡手段がない。電話番号を登録し忘れていた。  唯一の接点は、さっきのメールアドレスだけだ。

「係長、これ、どうしても動かないのですけど……見てくれませんか?」  新人の高野早苗たかの・さなえさんだ。モニタを覗き込もうとすると、彼女が顔を寄せてきた。 (……近いな、この子)  さらに寄せてくる。強烈な谷間に視線が……いかん、いかん。

   ◇

 お昼は近くの吉野家へ。店に入ると所長がいた。 「どうだね未来君。君の成果は世界中の研究者に衝撃を与えたんだ。本社の意向は『世界の宝を失うな』だ。三年間、溜まりすぎた休暇を使い切りなさい」

 ありがたい話だ。一年前、食事中にふと目にした新型アルファードのモニター募集。貯金も溜まる一方だったので安易に応募したものが、住居を決めたタイミングで「当選」した。納車は七月十九日。

 お昼休みに美野里へメールをしようと思ったが、所長との話が長引いてしまった。  午後はチームの方針をまとめて展開。 (美野里、一人で大丈夫かな。迷子になっていないか……?)  帰ったら年齢も聞かなければ。仕事が手につかない。何度も時計を見るが、針は止まっているかのように遅い。

 ようやく定時だ。よし、帰ろう!

「係長、お疲れ様です! 飲みに行きませんか?」  早苗ちゃんが迫ってきたが、僕は見向きもせず「ごめん!」と駅へ猛ダッシュした。

   ◇

 二和向台に着き、なぜか僕は走っていた。  改札の前に、彼女はいた。  美野里だ。  両手を大きく振っている。

「どうしてここに? いつからいたんだ?」  最後に来ていたメールは一五時。本文なしの空メールだった。

「ただいま、美野里」 「……三時間、ずっとここにいたわ」  彼女の額には汗が滲んでいた。この暑い中、三時間も! 「ごめん、帰る時間を伝えておけばよかった」

   ***

「いえ。私がスマートフォンを買ってもらいながら、設定していなかったので……。もう設定しましたから、SNS交換してください」 「……ああ。これで連絡が取れるね」

(……言葉は丁寧だけど、トーンが低い。明らかに怒っている。怖い!) 「汗びっしょりだね、美野里」  スポーツドリンクを買って飲ませ、帰宅した。

 上がってきた彼女は、また僕の白衣一枚だった。サイズが合っていなくて、裾が危うい。  留守の間、特に変わった様子はなさそうで安心した……が。  背後から、ぎゅっと抱き着いてきた。

「つまらなかった……。一日中、つまらなかったわ。漫画は楽しいけれど、一人じゃつまらないの」 「つまんなーーーーーーーい!」  ぐいっと振り向かされ、そのまま彼女の豊かな胸元に顔を埋められた。 「つまんなーーーーーーーい!」

 いい香りがする。パニックになった僕は、思わず彼女の脇腹を指先でツンと突いた。

「あ!」 「

 変な声が出た。初めて聞く、艶っぽい声だった。

「わかったわよ!……じゃあ、大黒鮨に食べに行こう! 決定!」 「……わかった、わかった。まずはお着替えを」

   ***

 二人で大黒鮨の暖簾をくぐる。 「未来、お疲れさん! おまかせでいいかい?」  大将が冷えた生ビールを出してくれる。乾杯。

「ねー」「ねーってば!」 「今日一日、超――退屈だったんだから! 一日が八万七千六百時間くらいに感じて、暇すぎたの!」 (それって一年分なんだけど……) 「わかった。明日はテレワークにするから」 「やったーー! 大将、日本酒ちょうだい!」

   ***

 どうしてだろう。美野里のことが気になって仕方がない。 「美野里」……どこかで耳にしたことがあるような、ないような。  アルファードのナビに入れた、彼女の名前。  何かを知っているのか、あの車は。すべてを見透かされている気がしたのは……。

 気のせい、だよね。
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