新しいルートでご案内致します。目的地は、君の隣(きみとな)

masuta

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第一章:出会いの章 〜導きのルート設定〜

第十四話 怖いから、一緒

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 ザバー。ガタガタガタ。雨と風が共に叩きつけるように、強くなってきた。怖いのだ、怖い。

   ***

 四時に一度目が覚めて、スマートフォンで天気を確認した。台風本体はまだ来ていないが、雨も風も強い。出発時刻を早めた方が良さそうだ。  美野里はぐっすり寝ている。ベッドから出てテレビをつけた。台風情報は流れているが、詳細は分からない。予想進路はスマートフォンの情報と同じだった。

 のろのろと、巨大な渦が近づいてくる。

 ――パン、パンとシーツを叩く音がした。  何だろうと振り返ると、ベッドの中で美野里が隣のスペースを叩いていた。  寝ている。どう見ても寝ているのだけれど……「こっちへ来い」という合図なのだろうか。

 起きていても台風が消えるわけではない。僕はもう一度ベッドに横になり、アラームを九時に設定した。

 九時。アラームの音で目が覚めた。外は本降りの雨だ。  テレビの台風情報は、交通機関に影響が出る見込みだと伝えている。予定を繰り上げて、十時に出発することにした。

 なかなか起きない彼女の肩を揺らす。 「うーん、気持ちいい……。おはよう未来、どうしてもう着替えているの?」  僕は窓の外を指さして「雨だ」と言った。

(台風、台風……。子供の頃に二回くらいあった気がするけれど、あまり覚えていない。ずっと家にいたもの) 「雨なの? 土日なのに」  彼女は目に見えてショックを受けた様子だったが、すぐに気を取り直した。 「分かった。着替えて出ましょう!」

 アルファードに乗り込み、ルート検索をする。最短ルートではなく、より安全だと思われる別ルートを選択した。  安定した走り心地。さすがは新型だ。高速道路に入ると雨はさらに強まり、視界が悪くなる。速度を落とし、安全運転に徹した。  美野里は隣で音楽をかけながら歌っている。二時間三十分。無事に目的地へ到着した。

   ***

「駐車場、ガラガラだね」 「アクアラインが止まったら来られないし、帰れなくなるからね。みんなキャンセルしたんだろう」 「台風の中、ホテルに来るなんて、私たちって変なの?」 「変ではないよ。もう少し遅く出ていたら、到着できなかったかもしれない」

 中に入ろうとした瞬間、突風が吹き荒れた。  美野里はスカートが捲れ上がるのもお構いなしに、雨に濡れながらスキップしてフロントへ向かってしまった。

「人、少ないですね。予約していた新穂です」  記帳を済ませる。横から覗くと、彼女の年齢は二十七歳。僕と同じだった。

 部屋に入れるのは十五時とのこと。それまでは屋内プールと温泉が利用できる。お昼を食べながら館内マップを確認した。外では猛烈な風が唸り声を上げている。

「ところで、同い年だったんだね。初めて知ったよ」 「え? 私、言わなかったっけ? そうよ、二十七歳。未来ももうすぐ誕生日で二十七歳でしょう? ……あ、あそこにお店がある! お酒とか買っておこう」

 窓の外を見つめる美野里。 (この天気じゃ海は無理ね。屋内プールは大丈夫そうだけど……外を見ると少し怖いから、お昼を食べたらお部屋に行きましょう)

   ◇

 十五時になり、最上階の客室へ。 「すごーい! 畳、畳よ未来! 畳って知っている?」  相変わらずテンションが高い。本当なら窓からは一面の海が見えるはずだが、今は灰色の世界だ。

「くれぐれも窓は開けないでね」  僕の忠告を聞く前に、彼女が興味本位で少しだけ窓を開けた。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 凄まじい風圧が室内を襲う。美野里の髪が逆立ち、彼女は目を丸くして固まった。 「……髪の毛、取れちゃうかと思った!」  窓を閉めると、彼女は自分の乱れた髪を見て大笑いした。 「うわあ、鬼みたい! 台風ってすごーい!」 (子供が台風でワクワクする感じ、そのままだな……)

 テレビで情報を確認する。降水量が半端ではない。 「よーし、缶ビール開けて。初お泊まりに乾杯! 未来、写真撮ろう、写真!」  二人で撮る、初めての写真。

 窓ガラスがガタガタと揺れる。 「温泉、行ってみない? 営業しているみたいだよ」 「嫌よ」 「え? 温泉だよ?」 「別々に入るのは嫌なの! 一人は怖いわ。この美少女美野里ちゃんが、一人で温泉なんてありえない……」

(このホテルを選んだのは、海が見えるお風呂があるからなんだけどな……)  結局、しぶしぶ別々に行くことになった。

「温泉は大好きよ。でも一人は嫌なの! 未来、男湯に入ったら一分で戻ってきてね。分かった?」 「無理を言わないでよ……」 「三分で手を打ちましょう。いいわね!」

 僕は走って男湯へ向かった。誰もいない。浸かるだけ浸かって、即、出た。  完璧。三分で待ち合わせ場所に戻る。  ……誰もいない。美野里はまだだ。僕はビールを買い、スマートフォンをいじりながら時間を潰した。

 二時間経過。

 ようやく美野里が出てきた。 「待った? 待ってないよね?」  空き缶の山を見て、彼女は確信犯的な笑みを浮かべた。 「あら、待たせちゃったかな。だって気持ちよかったんだもの。誰もいないし!」  彼女は僕の腕に抱きつき、半ば強引に胸を押し当ててきた。 「よーし、お風呂上がりのビール、GO!」

   ◇

 夕食はバイキング形式だった。客は数えるほどしかいない。 「バイキングが貸し切り状態よ! 食べるぞー!」  何往復もさせられ、テーブルには料理が並びきらないほど。

「美味しい! カニが大きい。天ぷらも最高!」 「実は私ね、子供の頃におじいちゃんとおばあちゃんと、ここに泊まりに来たことがあるのよ。小学六年生の時だったかな。初めて海に入ったの。三秒くらい……」

(やはり、土地勘がある。船橋からは遠いが、同じ千葉。同い年か……)

 食事を終えて部屋に戻ると、嵐はさらに激しさを増していた。テレビをつけると、交通網は完全に麻痺している。台風本体の上陸は明日のお昼頃。

 浴衣に着替える。 「この格好で写真を撮りましょう。温泉に来たーって感じで良いわ!」  レンズを向けると、はだけた胸元から覗く谷間に、どうしても視線が行ってしまう。

「おじいちゃんたちに、連絡しなくて良いの?」 「いいの、内緒、内緒」 (……はぐらかされたような気がする)

   ◇

 〇時を回った。ベッドは別々だが、部屋は広い。 「それじゃあ、おやすみ」

 美野里がぐっと起き上がる。窓を指さし、外を指さす。 「いや・だ」 「……え?」 「嫌です。嫌でーす。未来と一緒に寝るの。音が怖いんだもん」

 結局、一つのベッドで向き合って横になる。浴衣越しに、彼女の熱が伝わってくる。 「風、強いね……。音が怖いから、電気点けて寝て良い?」

 明かりを点けたまま横になる。美野里は「おやすみ」と言ってから一分もしないうちに、寝息を立て始めた。早い。  しかし、向き合ったこの体勢。至近距離で見つめる彼女の寝顔。  さらには、浴衣の隙間から「こんにちは」しかけている胸元。

(……寝られない。というか、僕の『息子』が起きてきちゃったじゃないか)

 羊が一匹。羊が二匹。  目の前には、無防備すぎる二十七歳の女性。

 台風本体が来るのは、これからだ。雨風はさらに強まり、のろのろと時間をかけて迫ってくる。  そう、今の美野里の寝姿のように、じわじわと僕を追い詰めていくのであった。
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