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思い出を消さないで(6)
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「私はどうしても、レフィーを置いていってしまう方だから。貴方の手を離した私は、生きていた記憶ごと要らなくなるの?」
「そ、んな、こと……」
レフィーが言い淀む。
彼がそういった反応を示すことをわかりながら訊いている私は、卑怯だと思う。
でも、譲れなかった。彼の口からどうあっても「いいえ」を引き出したかった。
やはりこれ以上は譲歩できないと、断られるだろうか。
それとも考え直して、聞き入れてくれるだろうか。
あるいは、折衷案でも出してくるだろうか。
言い淀んだ口の形のまま、呆然として私を見ているレフィーを見つめる。
レフィーの口が、僅かに動く。
そして次の瞬間――私が思い描いた予想図のどれもが、頭の中から消え失せた。
「貴女は、私を置いて、死ぬんですか」
「……っ」
息を呑む。
はらはらとレフィーの頬を流れ落ちる涙が、幻想的だと思ってしまった。
……流れ落ちる、涙!?
(泣いてるー!?)
一拍遅れて、眼前の光景の衝撃がくる。
眦に涙を湛えているとか、そういうのじゃない。ガチ泣き。次から次へと、レフィーの涙が床に落ちていく。
(え、ええー……)
あまりに予想外の出来事過ぎて、どうすればいいのか何と声を掛ければいいのか、まったくわからない。
まずい、本気でテンパる。えっ、本当、どうしよう!?
「昨日、倒れた貴女が死んでしまったのではないかと思い、心臓が止まるかと思いました」
「あ、そ、そうだったね。例え話をするタイミングを間違えたと思う。うん、反省してる」
「今でなくとも、いつだってしないで下さい。貴女の死を考えたくない、考えたくないから考えられない。考えられないなら、いつまで経っても答えなんて出るはずがありません。私に解けない謎を与えるなんて、貴女は何て人ですかっ」
「あっ、うん、そう、そうね。盛大に地雷踏んだね、ごめんなさい、本当に!」
いやほんっっっとに、反省しています。
イケメンガチ泣きさせて、鼻まですすらせるとか重罪だと思います。
せめてものお詫びの気持ちでティッシュ代わりの端切れを差し出せば、レフィーが素直に受け取って鼻をかむ。
使用済みの端切れが近くの屑籠にポイされたなら、ここがイケメンと凡人との違いか、彼の鼻は立ち所にスッキリしたようだった。
「……わかりました。雨を止ませます」
「! ありがとうっ」
ついにレフィーが折れてくれて、私は喜びで勢いよくパチンと手を叩いた。
その音と、レフィーの「ただし」という言葉が重なる。
ただし。
ただし……エレベーターでやり損ねた件のシミュレートをやりたい、とか言われたらどうしよう。いいやそれでも、背に腹はかえられない。でも、できるなら八階じゃなくて地上な一階の上、シースルー機能は無しでお願いしたい。
「――貴女のお願いを叶える対価として、貴女はいつも元気でいて下さい。可能な限り、私に貴女の死を考えさせないで下さい。そしてそれを生涯、続けて下さい」
「……」
真摯な琥珀色の瞳が、私を見つめていた。
仲直りしたいから引いた、そんな様子はなく。レフィーは心から、私に私が健康であることを条件として出してきている。
ああ、どこまでも彼は――じゃなかった、『私たち』は、運命の伴侶を愛している。
「わかったわ。その対価を支払う」
私がそう答えた途端、雨音が止んだ。
雨が上がり、虹が架かる。私に一秒でも早く約束を履行せよと言わんばかりの、即時実行ぶりである。
「ありがとう。レフィー」
レフィーはとても誠実だった。エレベーターのような無茶振りが来るとか構えていて、ごめんなさい。
――そうだ、エレベーターでやり損ねたことと言えば……。
私は、レフィーの涙の跡が残る頬へと手を伸ばした。
ずっと間近で話していたため、私の上体を今より少し傾けただけで届く。私の唇が、彼のそれに。
「ミア……」
恥ずかしさにパッと素早く離れれば、信じられないものを見たみたいなレフィーの顔と目が合った。
レフィーの驚いた顔がまだ僅かに潤んでいる瞳と相俟って、可愛い。
うぬぼれではなく、私が彼の新しい表情を引き出せていると思う。それは、これからもっと増えてくれるかもしれない。
対価なんて関係無く、私はそれが見たいから長生きしたい。
「末永く、よろしくね」
人類の長寿記録を塗り替えてやる、そんな意気込みで私が言えば、
「ええ、こちらこそ」
そう返した彼の表情は早速、今まで見た中で最高の笑顔をしていた。
「そ、んな、こと……」
レフィーが言い淀む。
彼がそういった反応を示すことをわかりながら訊いている私は、卑怯だと思う。
でも、譲れなかった。彼の口からどうあっても「いいえ」を引き出したかった。
やはりこれ以上は譲歩できないと、断られるだろうか。
それとも考え直して、聞き入れてくれるだろうか。
あるいは、折衷案でも出してくるだろうか。
言い淀んだ口の形のまま、呆然として私を見ているレフィーを見つめる。
レフィーの口が、僅かに動く。
そして次の瞬間――私が思い描いた予想図のどれもが、頭の中から消え失せた。
「貴女は、私を置いて、死ぬんですか」
「……っ」
息を呑む。
はらはらとレフィーの頬を流れ落ちる涙が、幻想的だと思ってしまった。
……流れ落ちる、涙!?
(泣いてるー!?)
一拍遅れて、眼前の光景の衝撃がくる。
眦に涙を湛えているとか、そういうのじゃない。ガチ泣き。次から次へと、レフィーの涙が床に落ちていく。
(え、ええー……)
あまりに予想外の出来事過ぎて、どうすればいいのか何と声を掛ければいいのか、まったくわからない。
まずい、本気でテンパる。えっ、本当、どうしよう!?
「昨日、倒れた貴女が死んでしまったのではないかと思い、心臓が止まるかと思いました」
「あ、そ、そうだったね。例え話をするタイミングを間違えたと思う。うん、反省してる」
「今でなくとも、いつだってしないで下さい。貴女の死を考えたくない、考えたくないから考えられない。考えられないなら、いつまで経っても答えなんて出るはずがありません。私に解けない謎を与えるなんて、貴女は何て人ですかっ」
「あっ、うん、そう、そうね。盛大に地雷踏んだね、ごめんなさい、本当に!」
いやほんっっっとに、反省しています。
イケメンガチ泣きさせて、鼻まですすらせるとか重罪だと思います。
せめてものお詫びの気持ちでティッシュ代わりの端切れを差し出せば、レフィーが素直に受け取って鼻をかむ。
使用済みの端切れが近くの屑籠にポイされたなら、ここがイケメンと凡人との違いか、彼の鼻は立ち所にスッキリしたようだった。
「……わかりました。雨を止ませます」
「! ありがとうっ」
ついにレフィーが折れてくれて、私は喜びで勢いよくパチンと手を叩いた。
その音と、レフィーの「ただし」という言葉が重なる。
ただし。
ただし……エレベーターでやり損ねた件のシミュレートをやりたい、とか言われたらどうしよう。いいやそれでも、背に腹はかえられない。でも、できるなら八階じゃなくて地上な一階の上、シースルー機能は無しでお願いしたい。
「――貴女のお願いを叶える対価として、貴女はいつも元気でいて下さい。可能な限り、私に貴女の死を考えさせないで下さい。そしてそれを生涯、続けて下さい」
「……」
真摯な琥珀色の瞳が、私を見つめていた。
仲直りしたいから引いた、そんな様子はなく。レフィーは心から、私に私が健康であることを条件として出してきている。
ああ、どこまでも彼は――じゃなかった、『私たち』は、運命の伴侶を愛している。
「わかったわ。その対価を支払う」
私がそう答えた途端、雨音が止んだ。
雨が上がり、虹が架かる。私に一秒でも早く約束を履行せよと言わんばかりの、即時実行ぶりである。
「ありがとう。レフィー」
レフィーはとても誠実だった。エレベーターのような無茶振りが来るとか構えていて、ごめんなさい。
――そうだ、エレベーターでやり損ねたことと言えば……。
私は、レフィーの涙の跡が残る頬へと手を伸ばした。
ずっと間近で話していたため、私の上体を今より少し傾けただけで届く。私の唇が、彼のそれに。
「ミア……」
恥ずかしさにパッと素早く離れれば、信じられないものを見たみたいなレフィーの顔と目が合った。
レフィーの驚いた顔がまだ僅かに潤んでいる瞳と相俟って、可愛い。
うぬぼれではなく、私が彼の新しい表情を引き出せていると思う。それは、これからもっと増えてくれるかもしれない。
対価なんて関係無く、私はそれが見たいから長生きしたい。
「末永く、よろしくね」
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「ええ、こちらこそ」
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