竜の花嫁 ~夫な竜と恋愛から始めたいので色々吹き込みます~

月親

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番外編 ハッピーエンドの生き証人(後編)

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 見るからにそわそわしているレフィーの手から、絵本を受け取る。

「読むのはいいけど……場所を移した方がよさそうね」

 先程から声を潜めてはいるが、この近距離。イベリスがここまで起きてこなかったのが、不思議なくらいだ。読み聞かせなんて始めたら、さすがに目を覚ますのではなかろうか。
 そう思って、目でレフィーに伺いを立てる。

「平気ですよ。イベリスは生後一ヶ月半頃から、音が不快だと思えば眠りながらでも遮音の結界を張っています」
「もうどこから突っ込んでいいのかわからない……」
「先日、魔法で作り出した波の音をイベリスに聞かせて即遮音された陛下が、膝から崩れ落ちていたのを目撃しました」
「わかった。イベリスは「体質が竜寄り」以前に、レフィーにそっくりなのよ」

 その陛下へのつれない態度、間違いない。陛下はよかれと思って、波の音を彼女に聞かせただろうに。何だか申し訳ない。

「その場合、「次回は海鳥の声にする」と言っていた陛下を、止めた方が無難ですね」
「めげない陛下! 立派だけど止めて差し上げて」
「わかりました」
「よろしく。じゃあ、読むわね」

 レフィーの返事で話が一区切りとなり、私は絵本に目を移した。
 高い塔の上から姫が地上の王子を見下ろしている絵柄の、表紙を開く。

「昔々、あるところに大変美しいと評判のお姫様がいました」

 冒頭の一文を読み上げ、ちらりとレフィーの様子を窺ってみる。

(うん、滅茶苦茶真剣に聞いているね!)

 物語のあらすじはこうだ。
 姫に一目で恋をした王子は、塔の鍵を手に入れようと数々の苦難に立ち向かう。実はその鍵は姫の心と繋がっていて、彼女の心が王子に向かなければ実体化されないという代物だった。自分のために手を尽くす王子の姿に、徐々に姫の心は開かれていく。そして、とうとう王子は鍵を手に入れることができたのだった。

「そうして二人は結ばれ、王子様とお姫様はいつまでも仲良く暮らしました。――おしまい」

 お伽話定番の言い回しで話を締め括り、私は絵本を閉じた。
 読み聞かせの間、一言も発していなかったレフィーに目を向ける。いつからそうしていたのか、彼はどこか難しい顔をしていた。
 物語の中に矛盾した箇所でもあっただろうか。漫画を読んでいたときには見られなかった彼の表情に、私は最初に戻ってパラパラと流し読んでみた。
 読み進めて、姫が助け出された場面まで来る。と、そこでレフィーが頁を指差してきた。

「人食い魔女の塔に閉じ込められた姫が王子に助けられたとして、その時点では精々ただの恩人ですよね? しかも初対面同然です。そんな男と一ヶ月後に結婚して、いつまでも仲良く暮らすほどの仲になれるものですか?」

 どうやらレフィーが指摘したいのは、物語の構成ではなかったらしい。お伽話で、ましてや絵本で一番やってはいけない、リアリティを求めてきた。
 だが慌てない。何せこの物語にはモデルがいるのだ。

「なれるわよ。レフィー、忘れたの? レフィーは出会ったその日に私を妻にしたのだけど?」

 そう、『人食い魔女』はシクル村であり、姫は私でレフィーが王子。私が抱えていた問題をレフィーが次々解決してくれた過程を、「数々の苦難」になぞらえた。
 その私が幸せなのだから、姫もそうに決まっている。暗にそう伝えていることが、察しのいい彼にはわかるはず。

「でも私は結局、ミアの提案でデートから始めました」
「そこ!? 駄目出しは、そこ!」

 手順は大事。そうね。出会ったその日に、他でもない私が貴方にそう言いました。

「あーっと……彼らも一ヶ月の間にしたんじゃない? レフィーなんて翌日にデートしたわけだし」
「でも私はもっとお預けを食らいました」
「……」
「彼らの結婚式は三ヶ月後への訂正を希望します」
「……ああ、うん。その要望が本題なわけね、わかったわ。……ぷっ」

 至極真面目な顔つきで微妙な要望を出してきたレフィーに、私は思わず吹き出してしまった。

「三ヶ月後ならちゃんと「いつまでも仲良く暮らしました」になれるんだ?」
「先程、貴女自身が言ったでしょう。貴女がそうだから、幸せになれるのだと」
「そうね」

 思った通り、先程の言葉に含まれた意味をレフィーは察してくれていた。
 しかし三ヶ月後というのは、モデルである私たちよりおあずけ期間が長い。そこに彼の大人げなさがちらりと見えて、私はまた笑ってしまった。
 どうやら物語の王子には人食い魔女の後にも、思わぬ敵がいたようだ。

「彼らも絶対に幸せになれるわね。私たちがそうであるように」

 ひょんなことから苦難が追加されてしまった王子と姫。私はその幸せなラストシーンの頁を、応援の意味も込めて優しく撫でた。

 -END-
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