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第三章 瑞凪少女誘拐事件
40.ソウダンカイ
しおりを挟む夏織:〈クロガネ〉? ああ、あれね。きょう単行本全巻読んだわ。未掲載の本誌分はさっき姉から奪っといた
帰りの電車。スマホで調査仲間たちと連絡をとることにした。あきらたちの伊奈羽市での捜査はひと段落したのだ。報告を終え、新しい情報はないかと夏織に〈クロガネ〉について探りを入れたところ、LINEには剛毅な返事がかえってきた。
美波:家から一歩も出ずに達成してる……。
夏織:なにをよ?
美波:なんでもない。とりあえず、明日は手筈どおりで。
夏織からは子ネコのスタンプが飛んできた。
ちらりと横目で隣をうかがうと、空席がさみしい。行きの電車ではふたりで座席に並んでいたせいだ。ネモは伊奈羽市内で所用があるそうで、改札口で分かれたきりだ。
歩いて走って頭もつかったからか、重たい濃霧のように疲労が襲いかかってくる。
シートに背を預けて、瞑目することにした。瑞凪駅は終点だ。
明日は早くから全員で集まって、報告会をすることになっている。
せめて段取りだけも――。まどろむ意識のかたすみで思案を巡らせながら、あきらは眠りに身をまかせた。
*
日曜日の朝――。
起床してすぐに〈テラリウム〉へアクセスして、ジェスター様の新規投稿がないか確認した。
もう、日課になっている。
事件を追いはじめて以来、情報収集のために〈テラリウム〉には頻繁にアクセスするようになった。
真木が見つかって。事件が解決して。ジェスター様の正体が掴めたら、こんな生活ももう終わりだ。
三年の乙戸辺ばかりを心配してもいられない。鯨坂高校は進学校のはしくれだから、授業でも大学受験の準備を急かしてくる。
もう、再来年の春を意識しなければいけない。
昼食を終え片付けをしているとチャイムが鳴った。玄関まで急いで扉を開ける。
「ふたりとも、いらっしゃい」
「おじゃまするね。きょうはよろしく」
光梨だ。つづいて、夏織が敷居をまたいでやってくる。
瑞凪町の外れの一軒家まで来てもらうのは忍びなかった。駅からも遠く不便な立地だ。あきらにとっては勝手知ったる自宅だが、夏織を招くのははじめてなのだ。
「へー。けっこーきれいじゃない」
「お父さん、モノが多いとなくすからって。……あんまり片付けるものないし」
来客用のスリッパを履いてもらって、三人で廊下を歩く。
父親には「友達と勉強会」で通してある。今日は一日不在らしいので、気兼ねなくリビングを使うことができる。
こういう時は出張が日常の片親をありがたく思う。基本が放任主義なのだ。家では無口で厳格だが、高校に進学してからは特に、あきらの裁量にまかせてくれる場面が増えた。学生の本分である勉強や、最低限の家事さえ果たしていれば、父はやさしい。
「あきちゃんのおうち久しぶり。お庭の植木、育ったね」
光梨の家までは、ここから徒歩でもたどり着ける。
あきらも中学の頃はよくおじゃました。離婚以来、美波一家は近所づきあいからは一歩ひいているが、光梨のおっとりした両親は変わらず寛容でいてくれる。
休日に会う場所が戸外になってからは、お互いの家を行き来する機会は減ってしまった。
きょうは私服で、家から一歩も出てない。しかも、光梨がそばにいて。それだけでどことなく気の抜けた雰囲気になってしまう。
……が、目的を見失ってはいけない。
「すこし、早いけど。はじめようか」
ほうじ茶を淹れて。ローテーブルを囲む。
朝から空は曇天。カーテンを開けていてもリビングの採光はいまいちだ。電灯をつけてはいるが、それでも部屋が暗い。光梨がこくこくと頷いて、夏織もあくびを噛みころしながら首肯する。
「……異論はないそうなので。――真木百合枝失踪事件、捜査会議をはじめます」
議長をするなら敬語がいい。
美術室なら黒板を背に話し合いたいところだけど、今日の会場はあきらの自宅だ。
「まずはこちら……乙戸辺先輩から届いた報告書です」
コピー用紙をまとめた書類をとりだす。
乙戸辺からは、昨夜のうちにデータで報告書が送られてきた。形式はワードファイルで、三十ページはあった。
「送られてきたメッセージ読みます。送信時刻は深夜三時三十七分。〈おれたちの武器は、画力! 勇気! ついでに建設的な議論の応酬。あとは託した。〉だそうです」
夏織がろこつに顔をしかめる。
「はあ? わけわかんない。先輩マジで使えない」
「要点はよくまとまってる。時間節約のために手短に話します」
乙戸辺の報告書は簡潔でよく整っていた。短時間にこれだけのものを書きあげきた手腕はさすがの一言に尽きる。
表紙をめくりながら、蛍光ペンで線を引いておいた箇所を目視する。
「先輩が調べてきてくれたのは、漫画研究会のこと。去年の秋。九月初頭。真木は漫研を退部した。先輩が人脈をフル活用してあつめた情報によれば……真木の退部には、部内の派閥争いがかかわっていたらしい」
昨年――。漫画研究会には、ふたつの派閥があった。
気楽に漫画を読み、みんなで楽しむことを最重要とする〈エンジョイ派〉。画力向上を掲げて努力し、漫画論を戦わせることを好む〈ストイック派〉。真木は〈エンジョイ派〉だったそうだ。
「漫研の部員は二十人いる。去年も部活動紹介、凝(こ)ってた。……美術部よりも明るいかんじだから……真木の入部動機もきっとそこ」
「あ、そーね。今年も新一年の部員候補、むこうに食われたわね」
夏織の指摘はするどい。
絵を描くことをアイデンティティにしていた中学生が、鯨坂高校に入学したあとに入部する部活動はふたつしかない。ひとつは実習棟で活動している美術部。もうひとつが部室棟の漫画研究会。すでに学内中に〈鯨坂のフィンセント・ファン・ゴッホ〉の異名を轟かせていた花岬夏織がいる部活は、新入生にはハードルが高かった。
それと、あきらの部活動紹介のスピーチがたどたどしかったのも、美術部衰退の原因のひとつだ。……人前で話すのは苦手だ。
「……ともかく。真木は去年の春に漫研に入部してから、もちまえの社交スキルで部内で友達を増やしていった。けど……」
「けれど……?」
光梨が先を、急かしてくる。
「あいつ、陽キャでしょ。なんか問題あんの?」
夏織も上目づかいで視線を投げかけてくる。
乙戸辺の報告書には、真木描いた漫画の一部が添えられていた。
「……真木、絵が上手いから。〈エンジョイ派〉の中心になってたみたい。真木のことをいいなって目でみる子も、やっかみを抱く子もいた。……そう、報告書には書いてある」
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