入院先で出会った『お姉さん』に恋をした話

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キャッチボール

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今年の夏は、昨年よりも暑いらしい。
 
優笑さんに連れられて、病院の敷地内にある運動場へと向かっていた。

僕が昼食を食べている最中に病室に現れて「キャッチボールしようよ」と誘ってきた。
もちろんそんな約束は交わしていないし、彼女とキャッチボールをしたことは一度もなかった。
 
エレベーターのボタンを操作する優笑さんは、僕が捨てたはずのグローブを持っていた。
初めは見間違いかとも思ったが、グローブの形や大きさ、手首の部分に入ったロゴからそれは確信に変わっていった。
どうして持っているのかと訊いたところ、優笑さんはさらりと「捨ててあったから持って来ちゃった」と言った。
 
運動場に着くなり、優笑さんは僕にグローブを渡した。

優笑さんが投げて僕が取る。

グローブが一つしかないのだから他に手段がなかった。

「なんで突然キャッチボールしようと思ったんですか?」
 
ボールをゆっくりと転がして問う。
優笑さんは腰を落として両手でボールを掴み、慣れた動きでボールを投げ返した。

「やりたかったからだよ」
 
山なりのボールがグローブにすっぽりと収まる。
小さい頃にキャッチボールをしていたのは本当のようだ。

「それだけですか?」

「別にいいでしょ」
 
会話を交わしながらでも、優笑さんの投げたボールはしっかりと構えた場所に飛んできた。
速度はないがコントロールはよかった。

「いつ死んじゃうか分からないから、思いついたこと全部やるの。死ぬ時に後悔するの嫌だからね」

「それはそうですけど」
 
捕球してボールを返す。
ボールがグローブに収まる感覚が心地よい。
この感覚を追いかけて今まで必死に練習していた。

「賢斗くんだってそうだよ」
 
投げる手を止めて優笑さんが言う。

「え?」

「私はたまたま先生に余命を告げられたからいつ死ぬのかわかってるけど。
でも普通の人はそれがわからないだけなんだよ。
言われてるかどうかが違うだけで、ずっと生きていられる人なんていないの。
だから毎日を必死に生きる。それでも後悔することになるけど、何もしないよりはきっといいから」
 
言い切って、優笑さんは大きく振り被りボールを投げた。

胸の前で飛んできたボールをキャッチする。
こんな話をしているというのに、彼女は相変わらず笑顔でいた。

「死ぬの、怖くないんですか?」
 
悪気はなかったし、不安にさせようと考えてもいなかった。

ただ、死を目前にして毎日笑っていられる強さの理由が知りたいと思った。

余命宣告をされていない僕でさえも、死は怖いと感じてしまう。
優笑さんのように死を恐れず、すべてを失ってしまう虚しさにも負けないで毎日を生きることは簡単ではないはずだ。

「怖いよ」
 
優笑さんは笑ったまま、キッパリと言った。

「そうなんですか?」

予想外の返答だった。
てっきり否定するのかと思っていた。

「でもしょうがないよ。怖がってても楽しんでも、いずれ人は死んじゃうんだから」
 
優笑さんはそう言ったあと、両手を高く上げてボールを返せと催促した。
ボールの縫い目に指を置き、手首を使って勢いよく転がす。

「だから賢斗くんも後悔しないように生きたほうがいいよ。死ぬって決まってからじゃどうにもできないことってたくさんあるから」
 
言葉とともに投げられたボールが、心地よい音を立ててグローブにピシャリと収まった。
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