入院先で出会った『お姉さん』に恋をした話

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好きな曲、僕以外の怪物

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誕生日会当日、特に予定もなかった僕は会場に向かうことに決めた。
場所は女性が入院している部屋だ。
今から五分後、つまり二時から誕生日会が始まることになっていた。
 
あの日以降、女性は僕を見かけるたびに大きく手を振るようになった。

彼女の有り余る元気に圧倒されつつも、
声をかけられることに小さな喜びを覚えていた。
 
二度目の出会いで名前とその意味を知った。
優しさで人を笑顔にするという意味らしく、
笑顔を絶やさない彼女にピッタリだと思った。
 
三度目で年齢や趣味を知った。
年齢は僕よりも四つ上の十四歳で、今年中学二年生になったと言った。
音楽が好きで、お気に入りのアーティストもいるらしい。
 
車椅子を操作して優笑さんの病室へと向かう。

同じ階の東側に位置していた。

自分の病室を出て左を向き、突き当たりまでまっすぐに進む。
右に曲がって病室を三つ超えた先に彼女の部屋はあった。

「賢斗くんっ!」
 
病室の扉を開くと、優笑さんが手を挙げて僕の名前を呼んだ。

手を振り返して、車椅子を動かす。

たくさんの人が彼女のベッドを囲んでいた。
 
優笑さんの周りには、看護婦や老人の他に小さな男の子とその手を握る女性の姿があった。
二人が彼女の家族であることはすぐにわかった。
目元や仕草が似ていたからだ。

「こっち、おいで」
 
優笑さんがベッドをトントンと叩いた。

周囲にいた人たちが場所を開ける。
ベッドの右隣に車椅子を停めて視線を上げた。

「来てくれてありがとね」

「……暇だったんで」

「それでも嬉しいよ」
 
向けられた笑顔を見ていると恥ずかしくなって、つい顔を背けてしまう。

けっして気があるわけではない。
僕がこんなふうに笑うことができないから、なかなか慣れることができないだけだ。

「はいこれ。前から欲しいって言ってたやつ」
 
優笑さんのお母さんが包装紙に包まれたプレゼントを手渡した。

プレゼントは大きく、そして平べったい。

「開けていい?」

「いいよ」

「やった」
 
優笑さんはプレゼントの包装を丁寧に剥がしていった。

包装紙の隙間からロゴが顔を見せる。
アルファベットで書かれているため、中に何が入っているのかまだわからない。
 
背筋を伸ばして優笑さんの手元を覗き込む。

色鉛筆だ。

僕が学校で使っているのとは色の種類もケースのデザインも違う。
七十二色も入っている色鉛筆なんて一度も見たことがなかった。
 
それから誕生日会に訪れた人たちが次々にプレゼントを渡していった。

老人が額縁に入った手製の切り絵を手渡し、看護婦は花束をプレゼントした。
優笑さんの周りはたちまち華やかになり、特別な日を演出した。

「えっと」
 
小さな罪悪感を覚えて優笑さんの顔を覗き込む。
プレゼントが必要だとは思わなかった。

「気にしないで。来てくれただけで嬉しいよ」
 
優笑さんが僕の頭にそっと手を乗せて笑顔を浮かべた。

「テレビつけてもいいかい?」
 
老人の問いかけに、優笑さんはリズムよく頷いた。

優笑さんが枕元に置いたリモコンを手に取り、老人へと手渡す。
テレビの画面に夏の甲子園の様子が映し出された。

「この子はプロになるだろうねぇ」
 
老人がテレビを見たまま、感心したように言った。

金属音が響いて実況の男が叫び声を上げる。
歓声で溢れかえったスタンドに白いボールが吸い込まれていった。
 
去年から注目されている選手だった。

メディアでは高校野球の怪物などと言われており、一年生の頃から三番を打っている。
身体も大きく目もいいらしい。生まれ持った才能だ。
 
僕もあの人みたいに背が高く運動神経が良ければ、まだ野球を続けていただろうか。

ゴミ捨て場に投げたグローブを思い出す。

せっかく取ったユニフォームも骨折のせいで着られなくなった。

僕には実力も才能も運もない。
練習をして悔しい思いをするくらいなら、辞めてしまった方が楽に慣れる。

そう思っていたのに、野球に対してまだ心残りがあった。

「君にはまだ将来があるんだから悩んでいる暇はないよ。頑張らないと」
 
優笑さんが微笑みながら僕の頭をそっと撫でた。
僕の感情を読み取ったかのようだった。

「そうだ。前に教えた曲、聞いた?」
 
音楽の話をした時、優笑さんはお気に入りのアーティストとオススメの曲を教えてくれた。
ドラマの主題歌に使われていたらしいが聞いたことはなかった。

「……いえ」

「じゃあ今聞こうよ」
 
優笑さんはそう言うと、イヤホンをカバンから取り出して携帯端末の差し込み口に挿した。

「はい、どうぞ」
 
差し出されたイヤホンの片側を受け取る。
 
車椅子をベッドに近づけて、イヤホンを耳にはめた。

「いくよ」
 
声とともに、右耳にピアノの音が流れ込んだ。

やがて男性の低い歌声が入り、サビに向けて楽器が増えていった。
バラード調だったが、どこか力強さを感じさせる曲でもあった。

「いい曲でしょ?」
 
曲が終わり、優笑さんが問う。
 
僕は右耳からイヤホンを外して小さく頷いた。
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