かこちゃんの話

けろけろ

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海を探すか、足を手に入れるか

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 スピアの話によると、目の前にいる華子穂に似た女の子はフラワーチャイルズというらしい。
「フラワーチャイルズは華子穂のなかの可能性たちなんだ」
スピアは言う。ライオンの鬣のような髪をした女の子は幸介をじっと見つめている。デニムのオーバーオールは原色ばかりで継ぎ接ぎしリペアされている。
 「華子穂の可能性……? こういう可能性を秘めていると?」
「いやいや、違うよ。フラワーチャイルズとしてここにいるのは、すべて目覚めた可能性たちさ」
「ということは」これが華子穂の本来の姿か……。幸介はまじまじとその姿を見つめる。似ているようで似つかないような感覚を覚えるその子を。
「間違ってはいけない。可能性は目覚めても、表象するかどうかはまた別の話さ。フラワーチャイルズはあくまでも可能性たち・・・・・であって華子穂ではない」
こころを見透かしたようにスピアは言う。
「それで」幸介はやっとそう口にした。
「君たちはどうしたいんだ」
「ああ、そうさ」スピアが話し始めると、フラワーチャイルズがそれを引き取った。
「私たち華子穂に逢いたいの!」
意外な事だった。そんなこと訳ないじゃないか。
「ほう……!」
ついそう声を出していた。
「なんだ、それだけ?」
「『なんだそれだけ』?」
スピアが棘のある声で繰り返す。
「君は……、あなたは今の状況が分かっているの? その足、この世界。これはみんなあなたの内的宇宙だよ。どうやってここから出るの? その足で、見渡す限りの砂漠をさ!」
スピアの声は最後は絶叫に近かった。
グゥの音も出ない。
「君たちが連れてきたんじゃ……」
「違うね」
スピアは仰向けに寝そべったままの幸介の周りを歩きながら辺りを見回す。
「ファンタジーはもう一つの現実。君と僕らで出口を見つけなければ、僕らはここで干からびることになる」
やけに踏まれた砂の擦れる音が大きく響いた。陽射しがジリジリと熱い。
死。圧倒的な、空間に溢れる死!

 スピアとフラワーチャイルズは木でできた担架に幸介を乗せて運ぶ。
「すまないね……」苦々しい悲痛な面持ちで幸介は言う。
「いいのさ」スピアは言う。
彼は枯れた木を見つけると、外套の内から刃の広い小刀を出して、それを切りつけて落とし、また外套の内から取り出したロープで縛り、手際よく担架を作ってしまった。
そこへフラワーチャイルズと二人、無言のまま幸介を乗せると、あたかもこれまでもそうしてきたかのように歩き出した。
 華子穂に逢う。そのことへの覚悟を幸介は感じずにはいられない。
 きっと長い旅になる。そのことも感じずにはいられない。この旅が、ではなく、この二人の旅が。
 「考えてもごらん」スピアが長い指で荒い砂を踏み歩きながら言う。「もし、ここが海だったなら」と。
「その時、きみは……、あなたはどれだけ自由になる?」
幸介は顎を突き出し、頭上へ目を向ける。絶えず歩を進めるスピアの後頭部が見える。そこに付いた耳、黒いハットも。シルクのハットは太陽光でふさふさと白く光っている。
 自由。
幸介は考える。この人魚の身体で、果てもないような海へと辿り着いたなら、と。
光。圧倒的に、眩むような、白く、または青い光。
 自由か……。幸介はほとんど音を出さずに言う。
 太鼓が鳴っているみたいだ。
幸介は思う。
まるで生きているみたいだ・・・・・・・・・。裡側から何かが膨らむようで、きつく目を閉じた。そうしないと、弾けそうだった。その感触を一杯味わいたかった。
 「悪い」幸介は放心して言った。
「俺を、海に連れてってくれないか。もう、こんな砂漠でのたうち回っては生きれそうもない」
「元より」スピアの後頭部。声は楽しそうに笑っていた。
 俺は人魚。魔法で人間になる、なんて御伽噺は信じない。海で、泡のように生きたい。
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