かこちゃんの話

けろけろ

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 まったくその旅に面白みはなかった。
ほとんど三人とも肉体を失って、燃えるような霊体になっていた。
 それでも、誰一人脱落しなかったのは、強さだけではなく運によるところが大きかった。
 例えば、こころが折れそうな時、どこからか来るのか白く大きな渡り鳥の群れが、一時自分たちの置かれた状態を忘れてしまうほどに驚く数が空を覆った。
 「メッセージだ」誰ともなくそう呟いた。
方角などない世界で、地図もない旅をする三人にとって、世界から送られてくる突然の驚きだけが存在の原動であり、向かうべき方向だった。
 不定期に訪れる夜、宇宙の空虚が見えるほどに近く大きい星が果樹のようにたわわに光る空は、いつも三人を力付け、その度に幸介は涙を流した。苦痛と感動と、後悔と湧き上がる歓びで。
 どれだけ歩いたのだろうか。
どれほどの時を歩くことができたのだろう。
限界と奮起の、死と生の、全てが紛うことなく「ほんとう」の日々。
幸介は生きていた。いつか忘れた時を繋ぐことができたのだ。
 そして、辿り着いたのだ。乾燥した、風に消耗したくすんだ白色の城に。

 「あいたい」と華子穂は思う。
「あいたい、あいたい」と、何度も、深淵のように限りなく思っている。
涙は止まらず、世界の雨は止まない。
華子穂はまた、待っていた。
きっこを、ではなく、きっこへ至る道へ至るための道を示されるのを。
もう、どうしようもない。「わたしの力でどうにかなるものではない」
時々、そう痛感する。責任を持って他人任せだ。
 だから、待つ間、ただ泣くしかない。
きっこにあいたいのに、全くの、一切、華子穂には何も任されていないのだから。
 さめざめと、大人びた顔で。

 骨の城。スピアとフラワーチャイルズ、それと担架に支えられた幸介はその城-と呼んでいいのか分からないが……-の麓を入口を求めて歩いていた。そのときに幸介の頭に過ぎったのが骨の城という言葉だ。
 というより、城は、骨でできているようにしか見えない。ただ、こんなに大きな生き物が存在したらだが。
 「これが、海に見える……、だろうか」
困惑と嘲笑が混ざったような声が出た。
「それを確かめたい……。いや、多分、これがあなたの海なのだろう」
スピアは絶え間なく足を運びながら言う。砂は細かく、風は黄色い。
幸介は何も言えなくなる。元より不思議な旅だから。
 程なくして三人はローマの神殿のような白い柱ばかりの戸のない入口を見つけた。幾つも並んだ入口の一つを潜ると、内側は薄暗く砂が浸食していた。
誰ともなく溜息が漏れる。
 それでもロビーの奥へ進んでいくと砂は徐々に足元から消え、レントゲン写真のような模様を断面に持つタイルが敷き詰められているのが見えるようになった。
綺麗に磨かれ、それその物が光を放っているように闇にぼんやりと浮かび上がっていた。
 しばらくして光を放っているのではなく、この構造体を為す骨のようなものが僅かに光を通していることが分かった。……そう考えなければ、窓一つない建物の奥まった壁や床、階段がその表面の模様まで(薄らとではあるが)確認できるはずがない。
 「参ったな」スピアはあまりそうは聞こえない声で言う。「階段か。この山のような広大な構造体のどこはへ行けばいいのか、検討もつかないな」
「待ちましょう」フラワーチャイルズが言う。「メッセージがあるはずよ」
幸介もそれには賛成だった。もはや生きているのか怪しい自分たちだったが、日に曝されず砂もない、おまけに静かで硬い床の上で休めるのは旅の始まりから担架の上で過ごしてきた幸介にとってもこころが休まることと思えた。
 二人は幸介の乗った担架を優しく床に置くと、階段に腰を下ろした。
 そして、何となしに向けられた視線を受けた時、幸介はこの旅が終局を迎えつつあることを感じた気がした。あくまで感触なのであって、事実にそうなのかはもちろん分からないのだが。
 しかし、幸介にはここまでの旅の経験上、自分の感覚が正しいことに気づいていた。なので、二人に言った。
「間違いないね。ここが僕の海で、この骨の城のどこか一室に現実と通じる扉がある」
「なるほど」スピアは生真面目な声で応えた。「しかし、いまは休もう。どちらにしろ、メッセージがなければ動いても仕方がない」
幸介は旅を通し、その考え方を身をもって学んだ。身に覚えのない誰にともつかずに存在した意見より、衝き動かされるような自分の内のほんの微かな輝きに任せるのだ。それで、あんな砂漠を渡ることができたのだから。
 しかし、それも三人だからだ。
あまりに真摯に生きるこの二人の運ぶ担架に横たわり、幸介は悟ったのだった。癒したといってもいい。
 どちらにしても、失くしたか、忘れたかしていたものがいまはすべて取り戻された。そう感じた。
 思えば、僕はいつから僕自身を生きるのを止めただろう。幸介の中にそんな思考が沸き起こった。それと同時にその思考を辿ることで、この城の迷路を解けると解った。
 厳兄ちゃんと馬鹿兄貴たちと過ごした日々?
いや、あれは真実に僕自身だった。あれこそが、ただ一つ僕にとっての真実であったと言ってもいい。そう思うと同時に、本当にそうだろうか、と訝しんでみる。
 慎重に、身体の裡に聞いてみる。異存はないか、と。身体の裡は波紋ひとつ立たず、しんと静まり返っている。
 であるなら、あの日々以降、僕は僕の真実を生きてないということだろうか。
これに対しては、身体の裡ですぐに波紋がたった。一つ、二つ、波紋が立ち、それらが合わさってこころは波打つように揺れた。
 矛盾するようだけど、たった一つの真実のあと、中学、高校、大学と、何かを信じて、何かを追いかけ、ぶつかり壊れ、立ち上がり、信じた、あの日々は究極的には真実でなくても嘘ではなかった。
 そう、嘘。僕が嘘を吐いたのは……。
「この砂漠だ」痺れるような感覚と共に言葉が口をついて出た。
二人が担架に寝そべる幸介を見る。
途端にここがどこかはっきりと理解できた。
「713……」
「ナナ・イチ・サン?」
零した言葉をスピアが復唱する。
「七階に『僕の』海がある。連れて行ってくれ」
懇願が滲む。もちろん、二人はすぐにその通りにした。
 立ちたい。自らの足で階段を駆けていきたい。
その思いに少しの後ろめたさが揺れる。だって、この旅で、本気で立ちたいと思ったのは今回が初めてだったから。
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