かこちゃんの話

けろけろ

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闇のお供として

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 目を開くと病院のようなところだった。白い天井、ベッド、カーテン。
 傍らに明が立っている。
「良かったよ」こころから安堵した声を安心感とともに唇から漏らす。
「幸介が倒れてからもう三年もたったから」
幸介はチラリと日付入りの時計を確認し、「その冗談笑えないです」と言い返す。
大きく笑いながら、嬉しそうに「ごめんごめん」と言う。
 前回「現実」で確認した時間から一時間程度しか経っていない。
あの幾百年とも、数万年とも思える旅は、でも、確かにこころの中にそのサイズで残っている。
 「戻ってきてすぐで本当に申し訳ありませんが、今度こそ本当に仕事を辞めますね」
もはや幸介を留めておけるものは、この世界には殆どなかった。

  世界の各地、そして同時に見られた「オーロラ」が同時多発的なものではなく、やがて一筋の地球規模の一個の現象である解釈がされ始めたニュースが、それこそ世界規模で流れている。
 それを見て、幸介は酷く怒りを覚える。
デタラメな仮説でそれを語る専門家、ワイドショータレントに辟易する。
 世界はなんて何一つ理解していないのだろう。
真実を知る者として、メディアがいかに無責任、無知、無理解であるか、幸介は思い知り、それに踊らされる社会と自分とがもう二度と相容れないことをほぼ物理的な壁として感じていた。
 ところが、幸介にもあの現象を解説することは出来なかった。イマジネーションは人を空へ浮かべる、とかそんなものでは決してない。断じてない。
 おそらくヒトが解していない現象があって、それが自分の中に介入したのだと思われた。
幾百年、数万年の旅、再生、宇宙よりの飛来、地球での五十数分……。
その現象を考えると、ヒトは何て偏ったパワーに支配され、無為な微々たる時間と空間に真実を求めているのだろうと思える。
 大量に請求した資料、幸介はもうただ、世界の平和以外に興味をなくした。自分のいのちをただ途上国に生きるいのちの自由と安息のための薪とすることしか考えていなかった。
 (大学に通おう)幸介は考える。いまの僕はあまりに無知で無能だ。
(美咲に許可を得ないとな)そして、そう思う。自分が自由に泳ぐことを、もう自分を捕らえることはできないことを告げようと、そう思うのだ。

 フラワーチャイルズとネズミのノノ“スピア”は生き物のように変わり続ける極彩色に彩られた空間を縁どったゲートの前に立っている。どこからか、宇宙的な歌が舞って降りてくる。
 もちろん、ここは骨の城の「713号」の部屋の前である。
 虫に似た螺旋階段が上空、もしくは下層へと伸びている。それはどちらも同じことであった。
昇ることも、降りることも、その瞬間に意識するこころ持ちによって変わるに過ぎない。
 ここは完全に物理とは剥離した世界だった。次なる「現実」への到達のために二人は階段を登って(降りて)いった。

 どうして人は生きるのだろう。真弓は考える。
馬鹿みたいだと半分思いながら、半分いのちを賭して。
 なぜ、自分は「頑張る」のだろう。
「無意味」だ、(そんなことない!)
支離滅裂だ。
 何かを求めて、完全に忘れて、半分諦めて、すっかり社会に毒されて、しかし、こころは彷徨う。
おかしな話だ。真弓自身がその事を忘れていても、誰かが自分の中で何かを探し続けている。果たして、そのどちらが「真弓」であろうか。
 もちろん、どちらも真弓であって、ただ人は、その内の宇宙の非支配の領域の大きさをただ景色として眺めることしかできないことを理解するしかないのだ。
 「支配」など、微細にも生命には許されていないことを知るしかないのだけれど、それは難儀なことであった。

 「ねえ、ノノ。あなたはどうしてこうまでして私(たち)に付き合ってくれるの?」
フラワーチャイルズとノノは硬質化してきた螺旋階段を登っている。(いまは、登っている感覚を二人に覚えさせる)
ノノは顎を上げ、ハットの鍔から真剣な瞳を覗かせる。そこに疑問の色が伺える。
「こんな途方もない旅だもの」フラワーチャイルズは言ってみる。
「僕は」とノノは言う。「いや、僕も、その昔はこっちのものではなかったさ。最初は……、贖罪だったかもしれない」
「私と歩くことが?」
「ううん。こちらに存在することがさ」
「いつからこっちに……、いいえ、ごめんなさい。そんなこともう……」
「ああ、分からないさ。ただ、その昔、向こうでは“協王”という存在が地上を保っていた。いわゆる神のことだよ。神代の世のあと、僕はこちらに隠れたのさ」
「あなた、神だったの?」
「ヒトから見たらね。でも、“協王”というのは、ヒトの言うところの全知全能の存在ではない。種の王として他の種との“協定”を取り結ぶ賢者のことだよ」
「……古き良き、ってやつね」
「ああ、ヒトがまだ協王を持っていて、異種との協定に微睡んでいた時代だよ。世界は妖精や精霊、龍や始祖王による統治がされていた。いのちが自由を謳歌できた最期の時代だったね……」
「始祖王?」
「ああ、最初の種の末裔たちのことだよ。ほぼ宇宙の始まりからいて、いや、宇宙より起源は古い」
「……きっこ、あの子が……」
「ああ。ヒトと世界との最後の絆だろうね。だから……」
「だから?そうなの?」
「いや、僕にはもう、君のような迷い子を助けることしか意味、役割がないのさ。君が本当にただの純粋な迷子でも、僕はついていくよ」
「贖罪?」
「いいや、それはもういいんだ。……もう、だれも責めるものは、残っていないからね……」
曙光に似た光、夜が明けるように歩を進めるごとに辺りは明るくなっていく。

 幾百年、数万年の旅をして二人が辿り着いたのは誰もいないバスルームだった。靄が立ち篭め、五月蝿い換気扇が回っている。
 二人は顔を見合わせる。「ここ?」と。
躊躇いなくバスルームの扉を開けて外へ出る。二人は理由を探す。
 「誰?」声とともに日に焼けた肌に柔らかそうなタオルを回した女性が現れた。
「かこちゃん?」
戸惑う女性に構わず二人はまた顔を見合わせる。
「さすがに次は母くらいには辿り着くかなと思ってたけど」フラワーチャイルズが言う。
「違うの?」ノノが女性をちらと見て、またフラワーチャイルズに向き直り言う。
「うん。違う。この人は保育士の 真弓さんだね」
「……なるほど。母の闇はかなり深いようだ。かこちゃんの闇はきっと更にね」

 どういうことなのだろうか。
目の前にはかこちゃんがいる。まるで太陽のような、ライオンの鬣のような髪をし、でも、その身体の全身から「私は華子穂よ!」と声を上げている。
その言動がまるでいつものかこちゃんとは別物であっても問題にならないくらい明白にそれが伝わってくるのだ。
 となりにいる奇妙な動物もまた、あまりにかこちゃんらしくて疑問も覚えない。
でもこの子はかこちゃんではない・・・・・・・・・・・・・・・
それもまた明白だった。現実的に有り得ない。
こんなクマのような生き物が服を着て人間の言葉を話していることだって、現実的ではない。
 矛盾だ。なぜこのような事が起こっているのだ。
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