かこちゃんの話

けろけろ

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「へんなの」のおわり

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 華子穂にとって「何か」が近かった。
それはすべての人間に平等に隣りあい、終わりであり始まりで、始まったと同時に終わる。
それは「死」のような安らかなものではない。
別の生き物の誕生で、その生き物は死とともに永遠になる。
宇宙の背景放射のように広がり、宇宙を形作る法則のように、すべてに干渉する。
永遠に消えることなく、積み重なり、厚くなる。
徐々に太く、乱暴になる。目には見えないが、消えることはない。
 それは「悪魔」と表される。
 華子穂には「何か」が近い。それが何なのかは、誰も知らない。
そして、そのことを知っているのは誰もいなかった。華子穂本人でさえも。
 しかし、「ひとつ」だけ、そのことを知っている存在があった。
 「それ」は自分がいつ生まれたのか、どうやって生まれたかも知らなかった。どうやってここにいるのかも。
ただ、自分と同じ種類の生き物を見ていた。
その動物が時々こちらを見て安心したように笑うのが嬉しかった。
だから、ここにいる。それだけで安心できた。
 しかし、そんな「仲間」に「何か」が近いことに気づいた。そして、ほとんど反射的に「それ」は「仲間」に近づいていた。

 この時間が好きだった。でも、好きって何だろう。
華子穂は思う。
前は知っていた。というより、「好き」と呼ぶ何かがあり、それを「好き」と呼んでいることを知っていた。
 それは何だったろう。
いまや、「好き」というラベルの貼られた棚のなかには何もない。
 バケツ、ビー玉、石、シャベル、熊手。
みんな、「ひかり」に包まれて棚のなかに入っていたのに、いまは目の前にあるだけ。
輝きを失い、目の前に散らばり出たそれらを華子穂は眺める。何か感じることもなく、華子穂はただそれらを見ていた。
 玄関の前で膝を抱えるようにしてしばらくそうしていると、右側から「何か」が顔を覗き込んできた。
縫いぐるみのようなもの。初めて見るもの。
 華子穂はそれと視線が合う。干乾びたカラスウリの色をした華子穂の瞳のなかが見る見るうちに青く潤い、海を湛える。
 「へんなの」だ。華子穂は瞬時に理解する。
ふわりと香るような桃色に近い、少し寒いような青色を混ぜた紫色。いのち自体が華子穂に漂ってきて、それは優しさから生まれたことを感じさせた。
 (大丈夫?)
「へんなの」はそんな顔をする。
(うん、大丈夫)
華子穂はそんな顔を返す。
(思ってたのと違う)
そして、形而上でそう付け足す。
 華子穂にとって初めての体験だった。同じ種の生き物との煩うことのないコミュニケーション。
 (彼らには僕が見えない)
すべて言葉に因らない、形而上のコミュニケーション。華子穂には「彼ら」が「ヒト」であることが直感で分かる。
 (君は僕と同じ生き物)
(そうだよ)
「へんなの」のふわふわを通り越した「ふあふあ」な雰囲気。ふっくらした頬、頭の上の大きなおにぎりみたいな「耳のようなもの」。小さな手、短い指、先におにぎりみたいなものが付いた尻尾。
 それは昔(華子穂の歳を考えれば、数ヶ月前も遠い昔だ)絵本で見た「ばいきん」に似ていた。
 華子穂はその絵本のばいきんが大好きだった。一度だけ、歯医者の待合室で見た絵本。
 小さくて、大人には見えない。子どもとは話せて、「にんげんに敵対している」。いたずらな笑顔、まるで愛のようなしつこさ。そのどれもが華子穂に「ばいきん」が華子穂の仲間であることを伝えていた。
 でも、「へんなの」はまたそれとはちょっと違う。
ちょっと違って、裏腹にすべて同じだ。
 (ねぇ、かことあなたは同じどうぶつ)
(うん)
(じゃあ、かこたちは「ばいきん」でいい?)
(君が望むなら、たぶん、もともと僕たちはそうなんだ)
そうして、華子穂は正式に「ヒト」でなくなった。ヒトに愛されず、優しさから生まれたばいきんになったのだ。
 (じゃあ、あなたはこれから「きこ」ね。かことお揃い)
(きこ?)
(そう、「なまえ」っていうの。私は「かこ」、あなたは「きっこ」)
(うん、「かこ」と「きっこ」)
「きっこ」は確かめるように華子穂と自分の頬を順番に撫でて、ふあふあと笑った。
 空には幾つもの白い赤ん坊が、みな東を目指して四つ這いで進んでいく。
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