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光輝~②
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光輝が幼稚園の時に嵌った遊びの一つに、折り紙があった。友達と遊ぶことも嫌いでは無かったけれど、兄弟がいなかったからだろう。幼稚園が終わり家に帰ると、一人で過ごす事も多かった、だから色んな遊びを覚えた。
もちろん、家に帰ればお婆ちゃんか母がいる。でも光輝が幼稚園に行っている間はどちらも働いていて、幼稚園が終わる時間になると、どちらかが迎えに来てくれた。
それでも二人は働いて疲れているらしいことが、幼くとも少しは感じ取っていた。家に帰ってきても掃除、洗濯等の家事にも追われて忙しいからだ。
その為お婆ちゃんや母に心配かけないよう、一人で静かに遊んでいればすごく安心してくれると知っていた。だからなるだけ走り回らないよう、黙々と二人の目の届く範囲での遊びを覚えたのだ。
その一つが折り紙だった。最初はお婆ちゃんから教えて貰った。それから幼稚園でも習った。先生に“兜”の折り方を教わった頃には、光輝は“座布団”や“手裏剣”のような簡単なものから、“鶴”や“舟”“蛙”等、かなり複雑な折り紙もお婆ちゃんのおかげで、作る事ができるようになっていた。
「うわっ~! こうちゃん、すごい! こんなのまでできるんだ!」
他にも家で、色んな折り紙を教えられた子がいた。その為一度幼稚園で習っていないものでもいい、それぞれが好きな折り紙を作る時間が設けられた。その時光輝は“蝶”を折ってみせた。
すると友達にはもちろん、先生達にも驚かれた。それから折り紙と言えば光輝、“折り紙の天才”などという称号を頂き、天狗になって調子に乗った。
その経験が、折り紙に夢中となった要因の一つといっていい。子供は褒めて育てるとよく言うが、それも程度の問題だと大きくなった今では理解できる。
だが幼い頃というのは、褒められて調子に乗ればどこまでもいく(ただし飽きるまで)というのは間違いない。とにかく光輝は自分の楽しみと、家庭の事情とがうまくマッチした、この折り紙という遊びに没頭した。
また折り紙作りには、大好きなお姉ちゃんもよく付き合ってくれた。光輝のような男の子が好む遊びを知らない為、最初の頃はどう遊んであげれば喜ぶか悩んだらしい。
しかし折り紙に夢中な事を知ると、彼女は嬉々として
「折り紙なら私も小さい頃、よくやったわよ! お姉ちゃんも教えてあげる!」
と一緒に遊んでくれた。それも光輝の楽しみとなったのだ。
一人で遊べ、お婆ちゃんや母に心配をかけず、さらにお姉ちゃんと遊んで貰える。当時の光輝にとって、これほど楽しい事は無かった。
彼女は、光輝が母と二人でお婆ちゃんの家に引っ越してきてから、よく顔を出して面倒を見てくれた。また母もお姉ちゃんがまだ幼い頃、よく遊んであげたと教えられた。
「あの子はね。昔からとても愛嬌のある、可愛らしい子だったよ。でも一人でいると、時々寂しそうな顔をする時があったの。決して内気な訳でもなく、友達がいない訳でもないのにね。私も一人っ子で、あの子もそうだったから気付いたの。そういう何も言い合わなくても感じる、共通点って言うのかな。お互い判り合える所が、お母さんとあの子にはあったから、年は離れていても仲が良かったの」
また時にはこういった。
「光輝は男の子だけど同じ一人っ子だから、あの子はよく判っているのかもしれないわね。それに私もそうだったけど、小さな妹ができたように、あの子を可愛がっていたわ。だからきっと光輝のことを、小さな弟だと思って大切にしてくれているんだね」
当時は余り理解していなかったと思うが、大人になってからはその意味もよく判る。その頃でも、肌ではそう感じていたと思う。実際にお姉ちゃんは光輝と一緒の時に、
「お姉ちゃんも同じ一人っ子だから」
と何度もそう言って頭を撫でてくれた。また決まってその後にこう続けるのだ。
「でもあなたは男の子だから、大きくなったらお母さんを大事にしてあげなさいね。男の子は女の人を守ってあげなきゃいけないの。女の人は、男の人に守って欲しいものなのよ」
「お姉ちゃんも守って欲しいの?」
そう尋ねると、彼女はふっくらとしたほっぺを赤くして答えた。
「そうよ! お姉ちゃんは本当に大事にして守ってくれる男の人が現れるのを待っているの。女の子はみんなそう。だからあなたも、そんな男の子にならなきゃね」
「うん! 僕も大きくなったら、お婆ちゃんやお母さん、お姉ちゃんも大事にするし、守ってあげる!」
「ありがとう。じゃあお姉ちゃんもお母さんも、あなたが大きくなって大事に守ってくれる男の子になるのを待ってるわね」
そういって頭を何度も何度も撫でてくれ、時々体をぎゅっとしてくれたりした。他にもお姉ちゃんは色々な事を教えてくれた。
「男の子は絶対に、女の子を殴っちゃダメ」
「男の子は女の子を、きつく叱っちゃダメ。どうしても許せない程悪い事をした時は、その子の為を思って愛情を込めながら目を見て叱ること。その子が大切だから怒っているんだよ、って思いやる気持ちで怒るの。そうすれば、必ず相手に伝わるから」
それ以外にも、様々な事を勉強した。
「女の子は甘いものが好き」
「女の子は可愛いものとか、キラキラしたものが好き」
「女の子が作った食べ物を、美味しいって食べる男の子が好き」
「女の子はプレゼントが大好き。そこに少しだけびっくりさせるものがあると、もっと好き」
「女の子の気持ちが判る、優しい男の子が好き」
「いつまでもぎゅっとしてくれて、横にいてくれる男の子が好き」
「勉強のできる、頭のいい子の方が好き」
「運動もできた方が好き」
「背も女の子より高い方が好き」
「お金も持っていた方が好き」
と、後半の方はかなり彼女の個人的な嗜好が含まれていたことは、大きくなってから知った。
だが幼い光輝には、これらの言葉が大好きな彼女の口から教えられたからだろう。強烈な印象を残して頭の中に刷り込まれた。どれだけ偉い先生の言葉よりも、どんな教科書に書かれている文章よりも大事だった。当時はそう信じ込んでいたのだ。
ある時光輝は折り紙で、人形を折った。それを同じく折り紙で作った座布団に座らせ、お姉ちゃんにプレゼントしたことがある。
女の子が好きなキラキラしたものにする為、金と銀の色紙を使った人形で作った。また座布団には、少し秘密の仕掛けを施して渡したのだ。彼女はとても喜んでくれた。
「私に作ってくれたの? 可愛い! ありがとう。大切にするね!」
彼女は光輝の頭を何度も何度も撫で、またぎゅっと抱きしめてくれた。そうして貰うことが、大好きだった。光輝もよく、
「体が柔らかくて、ぷにぷにして気持ちがいいね」
と褒められるのだが、彼女もすごく柔らかく、ぷにぷにしていた。
お姉ちゃんのほっぺは丸くて柔らかい。頬にすりすりしてくると、それがとてもよく判る。
彼女の腕もそうだ。抱いてくれた時の二の腕が光輝と触れ合う時、不思議と夏はひんやりと冷たかった。だが冬は暖かく、ふっくらとした綿のお布団にくるまったような気持ちになる。
あとは顔や体に押し当ててくる、彼女の胸だ。母の胸も幼稚園の先生達もそうだが、お姉ちゃんのそれは誰よりも弾力があった。
今思えば、光輝は彼女の柔らかい顔と腕と胸で抱きしめられたくて、喜ぶようなことをしていたのだろう。子供ながらなんて計算高い、したたかなスケベだったのだろうかと恥ずかしくなる。
だがそんな彼女も、いつしか遊んでくれることが少なくなった。受験勉強等で忙しくなると、ほとんど家へ遊びに来なくなったからだ。
「あの子も忙しいのよ。ちゃんと勉強して難しい学校を目指しているみたいだから、光輝もわがまま言わないで我慢しなさい。こういう時こそ、お姉ちゃんを応援してあげるのよ」
光輝がぐずっていると、母にそう叱られたことがある。そういえば、女の子は頭がいい子が好きなんだと思い出した。
だから彼女も、そういう子のいる学校に行こうとしているのだと思った。光輝はまだ小学校にすらいけない幼い自分が、とてももどかしかったことを覚えている。
でも自分ができることは、母が言うように頑張っている大好きな彼女を応援する事だと思い直し、いつかやったように心の中で応援し続けた。
「お姉ちゃん頑張れ、お姉ちゃん頑張れ」
彼女が目指していた難しい高校に無事合格したと聞いたのは、光輝がもうすぐ小学校に通う為のランドセルを、お婆ちゃんに買って貰った頃だった。
光輝は小学校に入るのが、とても楽しみにしていた。早く勉強をしたい。そして運動もしっかりやりたい。何よりも早く大きくなりたい。そう思い続けていた。
少しでも早く、お姉ちゃんに近づきたい。少しでも早く彼女に好かれるような男の子になる為、光輝は早く時間が過ぎて欲しいと願っていた。
小学校に上がってから、彼女はほとんど家に遊びに来ることが無くなった。でも朝学校に行く時だけは、しばらく一緒に歩くことがあった。
しかし距離はほんの短い区間だ。彼女が高校に行く為のバス停に向かうまでで、光輝は近所の同じ小学生達が集団で登校する為に集まる場所までの道だった。
それでも家を出てからほんの百メートルちょっとの間だけ、大好きな彼女と肩を並べることができた。
バスの時間があるので、ほぼ決まって七時五十五分に家を出る。光輝もその時間を見計らい、ランドセルを背負って玄関を出ると、彼女は声をかけてくれた。
「おはよう。今日もそこまで一緒に行こうか」
「うん! 行こう!」
元気に返事を返し、時々手を握ってくれるのを期待しながら短い区間を歩き終え、先に集団登校の集合場所に着くと、
「じゃあ、お姉ちゃん、行ってくるから。あなたも気をつけてね。ちゃんと勉強するんだよ」
「うん! お姉ちゃん、いってらっしゃい!」
手を振って二人は言葉を交わし、バス停に向かう背中をずっと見続ける。そんな毎日が続いていた。
「そんなに早く集合場所に行っても、誰もいないでしょ。もっと遅くても良いのに」
何も知らない母は、そう言った事がある。確かに光輝達が集まり、小学校に出発するのは八時十五分だ。もう少し遅く家を出ても十分間に合う。
だがそれでは一緒に歩けない。だから早く出て彼女と歩いて見送った後、他の友達達が来る間は集合場所で一人ぼんやりしたり、教科書を開いて勉強したり本を読んだりしていた。
やがて光輝の目的に気づいた母は、いつの間にか何も言わなくなった。朝たまに光輝と一緒に玄関を出て、お姉ちゃんに会うと
「今日も光輝をお願いね」
と声をかけたりしていた。お願いといわれても、行く先はほんの目と鼻の先までだ。特に車の往来も激しくもない、のんびりとした田舎道を歩くだけだった。
歩いている間、二人は何を話す訳でもない。最初は学校の事とか話そうとしたが、すぐ着いてしまう為途中になってしまうからだ。その為次第に話題は、自然と短いやり取りが中心となった。
「いい天気だね」
「雨だね」
「今日は暑いね」
などと、当たり障りのない言葉を交わし合ってばかりだった。それでものんびり歩くだけで、十分楽しいと気づいた。それから光輝は、余計なことは話さなくなった。彼女と一緒にいるだけで、胸が一杯になったからだ。
自分にはまだ大きすぎる、黒のランドセルを背負い歩く光輝。隣で茶色の手提げバックを持ち、胸に赤いスカーフを巻いて紺色のセーラー服を着ているお姉ちゃん。光輝の歩幅に合わせながら、彼女はゆっくりと歩いてくれていた。
光輝は少しずつ変化していく、彼女の姿を見るのも楽しかった。前はうなじが見えるくらい短い髪の毛だったが、高校生になってからは髪を伸ばし始めたようだ。少しずつ長くなる襟足は、いつの間にか赤いゴムで束ねるようになっていた。
それでも学校の都合があったらしく、彼女はもっと早いバスに乗る為、家を出ていくこともある。よって時々一緒に歩けないことがあった。
そんな日は、朝からとてもつまらない。光輝が学校の友達と喧嘩をしたり、先生に叱られたりする時は決まって彼女と会えなかった日が多かった。
「どうしたの。なぜそんなにかりかりして機嫌が悪いの?」
「今日は朝から落ち着かないね、光輝くん。ぼんやりしていたり外を見ていたりして、先生の話を聞いてないでしょ」
担任の女の先生がそう怒る度に、またやってしまったと後悔し反省する。
光輝はお姉ちゃんや母、お婆ちゃんにずっと言い聞かされて育ったからだろう。女の人を困らせることは、なるべくしないように気をつけていた。
だからクラスの女子にも優しくしていたし、それをからかう男子達にも堂々と宣言していた。
「男の子は女の子を、守んなきゃいけないんだよ!」
おかげで女子から支持された分、男子からはいい子ぶりやがって、と敬遠されたりもした。
そうかといって、男子と喧嘩ばかりしては先生を困らせてしまう。先生だって女の人なのだ。だから普段はぐっと我慢するのだが、どうしても耐えられず、爆発してしまうこともある。それが朝、お姉ちゃんと会えなかった日なのだ。
彼女とたまたま手をつないで歩いている姿を、クラスの男子に見られたことがある。そのことをからかわれたりすると、光輝は胸を張って啖呵を切った。
「お姉ちゃんは僕の大事な人なんだ! 何か文句があるのか!」
それでもからかい続けるバカな男子は、相手にしないようにしていた。けれど中にはそれを聞いた女子が、
「光輝くんは、その女の人が好きなの?」
と、悲しそうな眼で尋ねてくる子もいた。女子のそうした目には弱い。相手は守ってあげなきゃいけないし、優しくしてあげなくちゃいけない。まして泣かせてはいけないのだ。困った光輝はそれでも
「うん、お姉ちゃんが大好きなんだ」
と正直に告白すると、そうなんだと呟いて顔を伏せ、遠ざかっていく子もいた。初めはその背中を、ぼんやり見ていることしかできなかった。だが徐々に何度か続くと、表現を変えてみることにした。
「あのお姉ちゃんは、僕の憧れの人なんだ」
そう言い始めてからは、拒絶反応が以前より少なくなり、やがて
「じゃあ、憧れているだけなのね。私は光輝くんのことが好き!」
と、喜んで告白されるようになった。こうなると、光輝は困った。正直に
「ごめん、僕は……」
なんて言ってしまえば、女の子に泣かれてしまう。それどころか逆ギレされ、殴られたこともあった。だから、
「ありがとう。仲良くしよう! 友達だね!」
と返し、小学生の低学年くらいまではその手を使って、逃げ延びる方法を身につけた。
だが小学校も高学年になると、男子よりも女子の方がませてくる。そのせいか、
「光輝くん、私と付き合って!」
とストレートに告白されるようになった。これは難しい問題だった。女の子を傷つけず、しかし付き合うことを避けるには、どうしたらいいか。
「君のこと、嫌いじゃないけど……」
と答えを先延ばしにして二、三日悩み、その後
「僕、まだ付き合うとかそういうのができなくて……周りの男子にもからかわれるし……仲のいい友達じゃあ駄目かな」
と、恥ずかしそうに俯きながら返事をする方法で切り抜けた。
こうすれば、決して嫌ってはいないことが伝わる。もしかすると、好きなのかもしれないと相手に思わせられた。でもそれは今恥ずかしくて言えないのだろう。でもこれ以上無理に迫ると、僕に嫌われてしまうかもしれない、と深読みさせられるようになった。
嫌われるよりは、好かれた友達のほうが良いらしい。だからか少し他の女子達とは違うと勘違いをさせることで、光輝は女子から嫌われず、悲しい思いをさせずに済む方法を見出した。
その為いつの間にか女子の間では人気者になり、男子からは女たらしと呼ばれた。
光輝はお姉ちゃんの言いつけ通り、勉強のできる子になる為一生懸命学校で勉強をした。運動も人一倍頑張った。だから成績はいつも上位で、運動も走らせたら学年だと一、二を争うほどだった。
だからといってそれを鼻にかける訳では無く、男子とは適度に馬鹿話をしながら、女子達とも仲良く会話し優しく接していた。
よって小学校時代はずっと学級委員長に任命され、六年生では生徒会長に祭り上げられたこともある。卒業する頃にはファンクラブまででき、学校を去る時は女子達に囲まれ、おおいに泣かれた。
この時やっと光輝は悟る。全ての女の子を泣かせないようにするなんて不可能なのだ、と。だから悲しい想いをさせない為には、自分が大切にしている好きな女性、ある程度限られた女性だけでいいのだと気がつくのだった。
もちろん、家に帰ればお婆ちゃんか母がいる。でも光輝が幼稚園に行っている間はどちらも働いていて、幼稚園が終わる時間になると、どちらかが迎えに来てくれた。
それでも二人は働いて疲れているらしいことが、幼くとも少しは感じ取っていた。家に帰ってきても掃除、洗濯等の家事にも追われて忙しいからだ。
その為お婆ちゃんや母に心配かけないよう、一人で静かに遊んでいればすごく安心してくれると知っていた。だからなるだけ走り回らないよう、黙々と二人の目の届く範囲での遊びを覚えたのだ。
その一つが折り紙だった。最初はお婆ちゃんから教えて貰った。それから幼稚園でも習った。先生に“兜”の折り方を教わった頃には、光輝は“座布団”や“手裏剣”のような簡単なものから、“鶴”や“舟”“蛙”等、かなり複雑な折り紙もお婆ちゃんのおかげで、作る事ができるようになっていた。
「うわっ~! こうちゃん、すごい! こんなのまでできるんだ!」
他にも家で、色んな折り紙を教えられた子がいた。その為一度幼稚園で習っていないものでもいい、それぞれが好きな折り紙を作る時間が設けられた。その時光輝は“蝶”を折ってみせた。
すると友達にはもちろん、先生達にも驚かれた。それから折り紙と言えば光輝、“折り紙の天才”などという称号を頂き、天狗になって調子に乗った。
その経験が、折り紙に夢中となった要因の一つといっていい。子供は褒めて育てるとよく言うが、それも程度の問題だと大きくなった今では理解できる。
だが幼い頃というのは、褒められて調子に乗ればどこまでもいく(ただし飽きるまで)というのは間違いない。とにかく光輝は自分の楽しみと、家庭の事情とがうまくマッチした、この折り紙という遊びに没頭した。
また折り紙作りには、大好きなお姉ちゃんもよく付き合ってくれた。光輝のような男の子が好む遊びを知らない為、最初の頃はどう遊んであげれば喜ぶか悩んだらしい。
しかし折り紙に夢中な事を知ると、彼女は嬉々として
「折り紙なら私も小さい頃、よくやったわよ! お姉ちゃんも教えてあげる!」
と一緒に遊んでくれた。それも光輝の楽しみとなったのだ。
一人で遊べ、お婆ちゃんや母に心配をかけず、さらにお姉ちゃんと遊んで貰える。当時の光輝にとって、これほど楽しい事は無かった。
彼女は、光輝が母と二人でお婆ちゃんの家に引っ越してきてから、よく顔を出して面倒を見てくれた。また母もお姉ちゃんがまだ幼い頃、よく遊んであげたと教えられた。
「あの子はね。昔からとても愛嬌のある、可愛らしい子だったよ。でも一人でいると、時々寂しそうな顔をする時があったの。決して内気な訳でもなく、友達がいない訳でもないのにね。私も一人っ子で、あの子もそうだったから気付いたの。そういう何も言い合わなくても感じる、共通点って言うのかな。お互い判り合える所が、お母さんとあの子にはあったから、年は離れていても仲が良かったの」
また時にはこういった。
「光輝は男の子だけど同じ一人っ子だから、あの子はよく判っているのかもしれないわね。それに私もそうだったけど、小さな妹ができたように、あの子を可愛がっていたわ。だからきっと光輝のことを、小さな弟だと思って大切にしてくれているんだね」
当時は余り理解していなかったと思うが、大人になってからはその意味もよく判る。その頃でも、肌ではそう感じていたと思う。実際にお姉ちゃんは光輝と一緒の時に、
「お姉ちゃんも同じ一人っ子だから」
と何度もそう言って頭を撫でてくれた。また決まってその後にこう続けるのだ。
「でもあなたは男の子だから、大きくなったらお母さんを大事にしてあげなさいね。男の子は女の人を守ってあげなきゃいけないの。女の人は、男の人に守って欲しいものなのよ」
「お姉ちゃんも守って欲しいの?」
そう尋ねると、彼女はふっくらとしたほっぺを赤くして答えた。
「そうよ! お姉ちゃんは本当に大事にして守ってくれる男の人が現れるのを待っているの。女の子はみんなそう。だからあなたも、そんな男の子にならなきゃね」
「うん! 僕も大きくなったら、お婆ちゃんやお母さん、お姉ちゃんも大事にするし、守ってあげる!」
「ありがとう。じゃあお姉ちゃんもお母さんも、あなたが大きくなって大事に守ってくれる男の子になるのを待ってるわね」
そういって頭を何度も何度も撫でてくれ、時々体をぎゅっとしてくれたりした。他にもお姉ちゃんは色々な事を教えてくれた。
「男の子は絶対に、女の子を殴っちゃダメ」
「男の子は女の子を、きつく叱っちゃダメ。どうしても許せない程悪い事をした時は、その子の為を思って愛情を込めながら目を見て叱ること。その子が大切だから怒っているんだよ、って思いやる気持ちで怒るの。そうすれば、必ず相手に伝わるから」
それ以外にも、様々な事を勉強した。
「女の子は甘いものが好き」
「女の子は可愛いものとか、キラキラしたものが好き」
「女の子が作った食べ物を、美味しいって食べる男の子が好き」
「女の子はプレゼントが大好き。そこに少しだけびっくりさせるものがあると、もっと好き」
「女の子の気持ちが判る、優しい男の子が好き」
「いつまでもぎゅっとしてくれて、横にいてくれる男の子が好き」
「勉強のできる、頭のいい子の方が好き」
「運動もできた方が好き」
「背も女の子より高い方が好き」
「お金も持っていた方が好き」
と、後半の方はかなり彼女の個人的な嗜好が含まれていたことは、大きくなってから知った。
だが幼い光輝には、これらの言葉が大好きな彼女の口から教えられたからだろう。強烈な印象を残して頭の中に刷り込まれた。どれだけ偉い先生の言葉よりも、どんな教科書に書かれている文章よりも大事だった。当時はそう信じ込んでいたのだ。
ある時光輝は折り紙で、人形を折った。それを同じく折り紙で作った座布団に座らせ、お姉ちゃんにプレゼントしたことがある。
女の子が好きなキラキラしたものにする為、金と銀の色紙を使った人形で作った。また座布団には、少し秘密の仕掛けを施して渡したのだ。彼女はとても喜んでくれた。
「私に作ってくれたの? 可愛い! ありがとう。大切にするね!」
彼女は光輝の頭を何度も何度も撫で、またぎゅっと抱きしめてくれた。そうして貰うことが、大好きだった。光輝もよく、
「体が柔らかくて、ぷにぷにして気持ちがいいね」
と褒められるのだが、彼女もすごく柔らかく、ぷにぷにしていた。
お姉ちゃんのほっぺは丸くて柔らかい。頬にすりすりしてくると、それがとてもよく判る。
彼女の腕もそうだ。抱いてくれた時の二の腕が光輝と触れ合う時、不思議と夏はひんやりと冷たかった。だが冬は暖かく、ふっくらとした綿のお布団にくるまったような気持ちになる。
あとは顔や体に押し当ててくる、彼女の胸だ。母の胸も幼稚園の先生達もそうだが、お姉ちゃんのそれは誰よりも弾力があった。
今思えば、光輝は彼女の柔らかい顔と腕と胸で抱きしめられたくて、喜ぶようなことをしていたのだろう。子供ながらなんて計算高い、したたかなスケベだったのだろうかと恥ずかしくなる。
だがそんな彼女も、いつしか遊んでくれることが少なくなった。受験勉強等で忙しくなると、ほとんど家へ遊びに来なくなったからだ。
「あの子も忙しいのよ。ちゃんと勉強して難しい学校を目指しているみたいだから、光輝もわがまま言わないで我慢しなさい。こういう時こそ、お姉ちゃんを応援してあげるのよ」
光輝がぐずっていると、母にそう叱られたことがある。そういえば、女の子は頭がいい子が好きなんだと思い出した。
だから彼女も、そういう子のいる学校に行こうとしているのだと思った。光輝はまだ小学校にすらいけない幼い自分が、とてももどかしかったことを覚えている。
でも自分ができることは、母が言うように頑張っている大好きな彼女を応援する事だと思い直し、いつかやったように心の中で応援し続けた。
「お姉ちゃん頑張れ、お姉ちゃん頑張れ」
彼女が目指していた難しい高校に無事合格したと聞いたのは、光輝がもうすぐ小学校に通う為のランドセルを、お婆ちゃんに買って貰った頃だった。
光輝は小学校に入るのが、とても楽しみにしていた。早く勉強をしたい。そして運動もしっかりやりたい。何よりも早く大きくなりたい。そう思い続けていた。
少しでも早く、お姉ちゃんに近づきたい。少しでも早く彼女に好かれるような男の子になる為、光輝は早く時間が過ぎて欲しいと願っていた。
小学校に上がってから、彼女はほとんど家に遊びに来ることが無くなった。でも朝学校に行く時だけは、しばらく一緒に歩くことがあった。
しかし距離はほんの短い区間だ。彼女が高校に行く為のバス停に向かうまでで、光輝は近所の同じ小学生達が集団で登校する為に集まる場所までの道だった。
それでも家を出てからほんの百メートルちょっとの間だけ、大好きな彼女と肩を並べることができた。
バスの時間があるので、ほぼ決まって七時五十五分に家を出る。光輝もその時間を見計らい、ランドセルを背負って玄関を出ると、彼女は声をかけてくれた。
「おはよう。今日もそこまで一緒に行こうか」
「うん! 行こう!」
元気に返事を返し、時々手を握ってくれるのを期待しながら短い区間を歩き終え、先に集団登校の集合場所に着くと、
「じゃあ、お姉ちゃん、行ってくるから。あなたも気をつけてね。ちゃんと勉強するんだよ」
「うん! お姉ちゃん、いってらっしゃい!」
手を振って二人は言葉を交わし、バス停に向かう背中をずっと見続ける。そんな毎日が続いていた。
「そんなに早く集合場所に行っても、誰もいないでしょ。もっと遅くても良いのに」
何も知らない母は、そう言った事がある。確かに光輝達が集まり、小学校に出発するのは八時十五分だ。もう少し遅く家を出ても十分間に合う。
だがそれでは一緒に歩けない。だから早く出て彼女と歩いて見送った後、他の友達達が来る間は集合場所で一人ぼんやりしたり、教科書を開いて勉強したり本を読んだりしていた。
やがて光輝の目的に気づいた母は、いつの間にか何も言わなくなった。朝たまに光輝と一緒に玄関を出て、お姉ちゃんに会うと
「今日も光輝をお願いね」
と声をかけたりしていた。お願いといわれても、行く先はほんの目と鼻の先までだ。特に車の往来も激しくもない、のんびりとした田舎道を歩くだけだった。
歩いている間、二人は何を話す訳でもない。最初は学校の事とか話そうとしたが、すぐ着いてしまう為途中になってしまうからだ。その為次第に話題は、自然と短いやり取りが中心となった。
「いい天気だね」
「雨だね」
「今日は暑いね」
などと、当たり障りのない言葉を交わし合ってばかりだった。それでものんびり歩くだけで、十分楽しいと気づいた。それから光輝は、余計なことは話さなくなった。彼女と一緒にいるだけで、胸が一杯になったからだ。
自分にはまだ大きすぎる、黒のランドセルを背負い歩く光輝。隣で茶色の手提げバックを持ち、胸に赤いスカーフを巻いて紺色のセーラー服を着ているお姉ちゃん。光輝の歩幅に合わせながら、彼女はゆっくりと歩いてくれていた。
光輝は少しずつ変化していく、彼女の姿を見るのも楽しかった。前はうなじが見えるくらい短い髪の毛だったが、高校生になってからは髪を伸ばし始めたようだ。少しずつ長くなる襟足は、いつの間にか赤いゴムで束ねるようになっていた。
それでも学校の都合があったらしく、彼女はもっと早いバスに乗る為、家を出ていくこともある。よって時々一緒に歩けないことがあった。
そんな日は、朝からとてもつまらない。光輝が学校の友達と喧嘩をしたり、先生に叱られたりする時は決まって彼女と会えなかった日が多かった。
「どうしたの。なぜそんなにかりかりして機嫌が悪いの?」
「今日は朝から落ち着かないね、光輝くん。ぼんやりしていたり外を見ていたりして、先生の話を聞いてないでしょ」
担任の女の先生がそう怒る度に、またやってしまったと後悔し反省する。
光輝はお姉ちゃんや母、お婆ちゃんにずっと言い聞かされて育ったからだろう。女の人を困らせることは、なるべくしないように気をつけていた。
だからクラスの女子にも優しくしていたし、それをからかう男子達にも堂々と宣言していた。
「男の子は女の子を、守んなきゃいけないんだよ!」
おかげで女子から支持された分、男子からはいい子ぶりやがって、と敬遠されたりもした。
そうかといって、男子と喧嘩ばかりしては先生を困らせてしまう。先生だって女の人なのだ。だから普段はぐっと我慢するのだが、どうしても耐えられず、爆発してしまうこともある。それが朝、お姉ちゃんと会えなかった日なのだ。
彼女とたまたま手をつないで歩いている姿を、クラスの男子に見られたことがある。そのことをからかわれたりすると、光輝は胸を張って啖呵を切った。
「お姉ちゃんは僕の大事な人なんだ! 何か文句があるのか!」
それでもからかい続けるバカな男子は、相手にしないようにしていた。けれど中にはそれを聞いた女子が、
「光輝くんは、その女の人が好きなの?」
と、悲しそうな眼で尋ねてくる子もいた。女子のそうした目には弱い。相手は守ってあげなきゃいけないし、優しくしてあげなくちゃいけない。まして泣かせてはいけないのだ。困った光輝はそれでも
「うん、お姉ちゃんが大好きなんだ」
と正直に告白すると、そうなんだと呟いて顔を伏せ、遠ざかっていく子もいた。初めはその背中を、ぼんやり見ていることしかできなかった。だが徐々に何度か続くと、表現を変えてみることにした。
「あのお姉ちゃんは、僕の憧れの人なんだ」
そう言い始めてからは、拒絶反応が以前より少なくなり、やがて
「じゃあ、憧れているだけなのね。私は光輝くんのことが好き!」
と、喜んで告白されるようになった。こうなると、光輝は困った。正直に
「ごめん、僕は……」
なんて言ってしまえば、女の子に泣かれてしまう。それどころか逆ギレされ、殴られたこともあった。だから、
「ありがとう。仲良くしよう! 友達だね!」
と返し、小学生の低学年くらいまではその手を使って、逃げ延びる方法を身につけた。
だが小学校も高学年になると、男子よりも女子の方がませてくる。そのせいか、
「光輝くん、私と付き合って!」
とストレートに告白されるようになった。これは難しい問題だった。女の子を傷つけず、しかし付き合うことを避けるには、どうしたらいいか。
「君のこと、嫌いじゃないけど……」
と答えを先延ばしにして二、三日悩み、その後
「僕、まだ付き合うとかそういうのができなくて……周りの男子にもからかわれるし……仲のいい友達じゃあ駄目かな」
と、恥ずかしそうに俯きながら返事をする方法で切り抜けた。
こうすれば、決して嫌ってはいないことが伝わる。もしかすると、好きなのかもしれないと相手に思わせられた。でもそれは今恥ずかしくて言えないのだろう。でもこれ以上無理に迫ると、僕に嫌われてしまうかもしれない、と深読みさせられるようになった。
嫌われるよりは、好かれた友達のほうが良いらしい。だからか少し他の女子達とは違うと勘違いをさせることで、光輝は女子から嫌われず、悲しい思いをさせずに済む方法を見出した。
その為いつの間にか女子の間では人気者になり、男子からは女たらしと呼ばれた。
光輝はお姉ちゃんの言いつけ通り、勉強のできる子になる為一生懸命学校で勉強をした。運動も人一倍頑張った。だから成績はいつも上位で、運動も走らせたら学年だと一、二を争うほどだった。
だからといってそれを鼻にかける訳では無く、男子とは適度に馬鹿話をしながら、女子達とも仲良く会話し優しく接していた。
よって小学校時代はずっと学級委員長に任命され、六年生では生徒会長に祭り上げられたこともある。卒業する頃にはファンクラブまででき、学校を去る時は女子達に囲まれ、おおいに泣かれた。
この時やっと光輝は悟る。全ての女の子を泣かせないようにするなんて不可能なのだ、と。だから悲しい想いをさせない為には、自分が大切にしている好きな女性、ある程度限られた女性だけでいいのだと気がつくのだった。
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