アダムズコード

青山惟月

文字の大きさ
8 / 15
第二章 吸血鬼と少年

1、目覚めのとき

しおりを挟む
 

 イヴが目を覚ました。
 それは眠ってから三百年も経過した後だった。この間、イヴの身体は黒い鉄製の柩に入れられ鍵が掛かれていた。
 まるでその蓋を開く時を静かに待つように。時は流れ、その柩はスペインから日本に運ばれ、小さな教会にて保管されていたのだった。
 「お腹が空いた……」
 目覚めたイヴの第一声。三百年の断食は吸血本能を刺激したのだった。偶然居合わせた、教会に住む少年を襲ったがしかし、血の契約の発動によって無理やり理性を取り戻す羽目になった。

 「で、君は自分が三百年以上生きている吸血鬼だと」
 「……そうだ」
 林檎をまるごとムシャムシャ噛りながら返事をするイヴ。空腹を察して雪斗が与えた赤い林檎だ。
 「ボクはイヴ。三百年前に胡散臭い牧師に名前をつけられてな。そいつに無理やり服従させられてたという訳だ」
 「俺が親から聞いていたのは、その柩の中身は聖骸と呼ばれていたってことくらいなんだけど、君は死体ではないよな?」
 「聖骸?笑わせる。ボクはそんな神聖なものになった記憶はないし生きている。この林檎うまいな」
 ペロリと一つ食べきり、ちゃっかりもう一つに手を伸ばすイヴ。
 「あと俺の血液が人と違うとか言ってたよな?」

 「アダムズコード」

 「僕を服従させた牧師は三百年前にとうに死んでるはず。その呪術の契約は本人の血液に紐付けしてるから術者にしか契約効力がないはずなんだが。先程の状況から推測するに、お前もその牧師と同じアダムズコードだからではないかと思ったんだが」
 「そのアダムズコードが何かよく分からないけど、そうだったとしたら他の人間と何が違うんだよ」
 「アダムズコードは原始の人間とほぼ同じ構造の血液。人間と吸血鬼が進化の過程で枝分かれした時に残ったものと言われてるな。吸血鬼のご馳走なんだ。今まで命の危機に会ったことはないか?」
 「そんなの茶飯事だ。歩いていれば物は落ちてくるし、車も突っ込んできたり。不幸体質といって片付けてきたんだが……」
 二つ目の林檎を頬張りながらイヴが雪斗へ近寄よった。
 「ちょっと指をかして」
 「ああ…」
 そのまま雪斗の人差し指を口に咥えた。
 「悪い。一瞬だけ痛いが我慢してくれ」
 指先に牙を押し当て、一滴だけ血を舐めとった。ふわっと甘い懐かしい匂いがただよった。そして舐めとった。
 「この味は間違いない、アダムズコードだ」
 「じゃあこれからも??」
 「ずっと命を狙われるんだろうな。他の吸血鬼達は虎視眈々とお前の血を狙っている筈だ」
 「勘弁してくれよ」
 いきなり空想の産物のような話を突きつけられ、雪斗は頭の整理が追い付いていなかった。だが、同時に日常茶飯事の危険現象に身の危うさも感じていた。
 「そうだ、取引しないか?」
 「取引?」
 「ボクは現状色々な力が制限されているし、三百年もタイムスリップしてるような状態だ。外に出たところで野垂れ死に。主食である血液はどうやらお前のものなら飲めるようだし。ボクをボディーガードとして雇わないか?」
 「対価に血を寄越せと?」
 「ああ、といっても二週間に一回数滴でいい。吸い殺したりはしないから。期限はボクの制限が解けるまでか、君が死ぬまで」
 「……わかった。」
 「君の名前は何て言うんだ?」
 「雪斗。神代雪斗かみしろゆきとだ」
 「じゃあ雪斗、一つ教えてほしいんだが。この教会はガト・グリスという教団とは繋がりがあるか?えと日本語だと黒猫か」
 「ガト・グリス教団?いやそんな話は聞いたこと無いけど。あ、ガト・グリス社は大手製薬会社だ」
 「製薬会社?そんな筈は。ガト・グリスは宗教団体のはずだ」
 イヴの記憶にあるものは黒猫とクロスのモチーフに、研究所、そして呪術的に関与であるという情報のみだった。三百年の間に消滅したのであれば安心だが、同じ名前の製薬会社となれば流石に身構える。
 「んー……イヴの言うガト・グリスがどんなものかはわからないけど、ネットで調べてみるか」
 スマートフォンを取り出し、さっそく製薬会社のホームページを開く雪斗。イヴは初めて見たスマートフォンをただ凝視していた。
 「凄いな。なんだこれは」
 「スマートフォンって言ってネット……いやなんというか離れた人と会話できたり調べものができる道具かな」
 雪斗はネットでは意味が通じないと察したが、説明の言葉に困った。
 「こんな小さい箱が?」
 「三百年もすると生活技術も変わるから」
 ガト・グリス社の企業情報ページを開いた。



企業情報

ガト・グリス社は一七二三年、スペインM市に研究者ノエ・オリバによって設立されました。
日本では一九四二年より販売を開始いたしております。
ガト・グリス社は、創業当時よりスペインの基礎研究所を中心にして現在は世界35カ国に大規模な研究開発設備を持ち、約12000人の研究開発スタッフを雇用しております。
世界規模にみても製薬会社の中でトップクラスの新薬開発重視の企業であります。


 「ノエ……やはりあいつか。宗教団体の次に製薬会社とは」
 「知り合いなのか?」
 「昔ちょっとあってな。この会社は間違いなく僕が言ってる教団と関わりがある」
 「現在の社長は誰になっている?」
 「この人だけど」
 そこには爽やかに笑う銀髪の青年の写真が載っていた。少したれ目で童顔。透き通るような紫の瞳。名前は、リノ・オリバ・クルス。

 「ノエ……こいつがノエだ!!」
 イヴが血相を変えて叫んだ。
 「なんで創業者が現社長なんだよ」
 「わからない、でも子孫では無いと思う。これは間違いなく本人だ」
 「三百年も姿変わらず生きているなんて……ちょっと信じられないけど……」
 画面を睨み付けるイヴ。暫く無言でなにかを考えていたが口を開く。
 「ひとまずこいつの監視に見つからないように行動しつつ、ボディーガードをするしかなさそうだな。雪斗、これから頼む」
  こうして吸血鬼イヴと神代雪斗の「取引」が交わされたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

【完結】愛されないあたしは全てを諦めようと思います

黒幸
恋愛
ネドヴェト侯爵家に生まれた四姉妹の末っ子アマーリエ(エミー)は元気でおしゃまな女の子。 美人で聡明な長女。 利発で活発な次女。 病弱で温和な三女。 兄妹同然に育った第二王子。 時に元気が良すぎて、怒られるアマーリエは誰からも愛されている。 誰もがそう思っていました。 サブタイトルが台詞ぽい時はアマーリエの一人称視点。 客観的なサブタイトル名の時は三人称視点やその他の視点になります。

処理中です...