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1.トクベツだから
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どこまで続くかわからない。この道はあまりにも明るく、長い。煌々とした蛍光灯の光は、そこにあるはずの影を飛ばし、なかったことにする。
夏澄は、テレビ局の廊下が苦手だ。
この時自分はどういう顔をして、どういう人間として歩けばいいのかわからないから。
早くパジャマまがいのスウェットを脱ぎ捨て、衣装を着たいと思う。
「おはよう、カスミちゃん」
知ってるヤツに声をかけられて、ほっとしてる自分がいる。声をかけてきたのが一昨日ベッドの上で自分の首を絞めてたヤツだとしても、ありがたい。こいつの相手をしてる時は、いつも通りを、演じればいいから。
「おはようございます、遠藤さん」
ニコリ。
自分の笑顔がかわいいことを夏澄は十分理解していた。小さい頃から練習して、身につけたものだから。人に愛されるために。
「今日から撮影よろしくね!」
「はい。よろしくおねがいします」
一拍間をあけて。
「遠藤さんとの作品なので、僕、全力で頑張りますから!」
身長163センチの夏澄が上目遣いで意気込めば、顎ひげを生やした50のプロデューサーは、目の前で鼻の下を伸ばす。
いつもながらちょろいものだ、と夏澄は思う。ここに夏澄のプライドはない。作品に、演じることに全てを賭けるために、使えるものは使う。人も、自分の身体も。
「髪、今からヘアメイクさんに切ってもらおうと思ってるんですけど、今回の役のイメージってどんな感じですかね?遠藤さん的には」
前作の映画のために長く伸ばしていた髪をくるくると指で弄ぶ。
「んー?そうだなあ」
夏澄の指に今にも触れそうな距離で、遠藤はそのさらりと柔らかい髪に触れる。
その時、視線が自身の首に注がれていることに夏澄は気づいていた。
オマエの痕なんか残ってねえよ、バーカ。
綺麗な白い首を確認し、男は安堵したような、それでいてガッカリしたような表情を見せた。
仮に痕が残っていたとしたら、夏澄は二度とこの男と交わることはないだろう。
僕のこと、好きにしていいよ?
だけどー
演じるのに邪魔になるなら、僕の世界から出てってね。
初めて関係を持つ男に必ず夏澄が言う台詞だ。痛かろうが、苦しかろうが、どんなに手荒に抱かれようと構わない。だけど、演じることに支障が出るようなことをするヤツは絶対に許さない。
「少し整えるぐらいでいいんじゃない?」
「医者なのに?」
「今回のカスミの役は医者だけど、そんじょそこらの優等生な医者とは違うわけじゃない?軽くて、人を救うことも人が死ぬこともなんとも思ってない。だけど、なんだか芯がある。そんな医者ならこの髪型もありだと俺は思うけどな」
「ふーん」
「だけど、前の映画との差は出したいから、髪をひとつにまとめるのはアリかも。あとで監督にも聞いとくよ」
夏澄の髪をなでる男の手をとり、指を絡める。ゴツゴツしたその指を少し、撫ぜる。
やっぱり、こいつは合格。合格した男には少しのご褒美も忘れない。
遠藤は仕事はできる男だ。だから週2で相手をしてやっている。
「ありがとっ!よろしくおねがいします」
ふわりと身を翻し、その場を去ろうとした夏澄に、男がいう。
「獅子堂とうまくやれそうか?」
夏澄の顔から表情が消えた。だが、角度から遠藤にその顔は見えない。
「...どうかな」
「お、珍しいな。カスミがそんなこと言うなんて。誰とでも仲良くなりますな人たらしちゃんじゃないのかよ」
すかさず、ニコリと微笑んでみせる。
「なーんてねっ。きっと獅子堂くんが僕をだいすきになっちゃうからねっ」
だろうなあと、男も笑う。
「でも、獅子堂くん台本読み合わせのときもこなかったしなあ。まだどんな人かわかんないや」
「ああ、そうだったな。あいつはパリからこっちに引っ越してきたばっかだから色々バタバタしてたみたいでな」
「新人役者が読み合わせこないってありなんですかあ?」
「ありなんだよ。あいつの場合は」
遠藤は困ったように眉を下げて後ろ髪をかいた。
「カスミだから言うけど、パリコレモデル獅子堂の俳優デビューは各局争奪戦だったのよ。それを勝ち取っただけで、うちは万々歳。あとは放送さえされちゃえばこっちのもんで、内容とか質とかそんなのは局員みーんな無関心なわけ。あいつがヘソ曲げたりして、飛んでっちゃうのが一番の問題だから、甘々に甘やかしてるわけよ」
夏澄は自身の手のひらに爪を食い込ませた。
「だから、そこんとこ、頼むよカスミちゃん」
夏澄の華奢な肩に乗る重い手。
その時、サンダルウッドのスパイシーな香りが鼻をついた。あの時の、奴の匂いだ。
長い廊下を奴が歩いてくる。眩い光に負けない、雄のオーラを全身から放ちながら。
傍にはまた、あの時の女を抱いて。
すれ違う瞬間、目が合った。
獣の目が、夏澄を見下ろした。
夏澄には、見下しているように思えて仕方なかった。
「現場に女連れってありなんですかあ?」
わざと、おどけた口調で聞いてみる。獅子堂の背中にも届くような声量だった。
「ありなんだよ。あいつは、特別だから」
あいつは、トクベツだからー
ムカツク。
夏澄は髪をかきあげて、微笑んでみせた。
夏澄は、テレビ局の廊下が苦手だ。
この時自分はどういう顔をして、どういう人間として歩けばいいのかわからないから。
早くパジャマまがいのスウェットを脱ぎ捨て、衣装を着たいと思う。
「おはよう、カスミちゃん」
知ってるヤツに声をかけられて、ほっとしてる自分がいる。声をかけてきたのが一昨日ベッドの上で自分の首を絞めてたヤツだとしても、ありがたい。こいつの相手をしてる時は、いつも通りを、演じればいいから。
「おはようございます、遠藤さん」
ニコリ。
自分の笑顔がかわいいことを夏澄は十分理解していた。小さい頃から練習して、身につけたものだから。人に愛されるために。
「今日から撮影よろしくね!」
「はい。よろしくおねがいします」
一拍間をあけて。
「遠藤さんとの作品なので、僕、全力で頑張りますから!」
身長163センチの夏澄が上目遣いで意気込めば、顎ひげを生やした50のプロデューサーは、目の前で鼻の下を伸ばす。
いつもながらちょろいものだ、と夏澄は思う。ここに夏澄のプライドはない。作品に、演じることに全てを賭けるために、使えるものは使う。人も、自分の身体も。
「髪、今からヘアメイクさんに切ってもらおうと思ってるんですけど、今回の役のイメージってどんな感じですかね?遠藤さん的には」
前作の映画のために長く伸ばしていた髪をくるくると指で弄ぶ。
「んー?そうだなあ」
夏澄の指に今にも触れそうな距離で、遠藤はそのさらりと柔らかい髪に触れる。
その時、視線が自身の首に注がれていることに夏澄は気づいていた。
オマエの痕なんか残ってねえよ、バーカ。
綺麗な白い首を確認し、男は安堵したような、それでいてガッカリしたような表情を見せた。
仮に痕が残っていたとしたら、夏澄は二度とこの男と交わることはないだろう。
僕のこと、好きにしていいよ?
だけどー
演じるのに邪魔になるなら、僕の世界から出てってね。
初めて関係を持つ男に必ず夏澄が言う台詞だ。痛かろうが、苦しかろうが、どんなに手荒に抱かれようと構わない。だけど、演じることに支障が出るようなことをするヤツは絶対に許さない。
「少し整えるぐらいでいいんじゃない?」
「医者なのに?」
「今回のカスミの役は医者だけど、そんじょそこらの優等生な医者とは違うわけじゃない?軽くて、人を救うことも人が死ぬこともなんとも思ってない。だけど、なんだか芯がある。そんな医者ならこの髪型もありだと俺は思うけどな」
「ふーん」
「だけど、前の映画との差は出したいから、髪をひとつにまとめるのはアリかも。あとで監督にも聞いとくよ」
夏澄の髪をなでる男の手をとり、指を絡める。ゴツゴツしたその指を少し、撫ぜる。
やっぱり、こいつは合格。合格した男には少しのご褒美も忘れない。
遠藤は仕事はできる男だ。だから週2で相手をしてやっている。
「ありがとっ!よろしくおねがいします」
ふわりと身を翻し、その場を去ろうとした夏澄に、男がいう。
「獅子堂とうまくやれそうか?」
夏澄の顔から表情が消えた。だが、角度から遠藤にその顔は見えない。
「...どうかな」
「お、珍しいな。カスミがそんなこと言うなんて。誰とでも仲良くなりますな人たらしちゃんじゃないのかよ」
すかさず、ニコリと微笑んでみせる。
「なーんてねっ。きっと獅子堂くんが僕をだいすきになっちゃうからねっ」
だろうなあと、男も笑う。
「でも、獅子堂くん台本読み合わせのときもこなかったしなあ。まだどんな人かわかんないや」
「ああ、そうだったな。あいつはパリからこっちに引っ越してきたばっかだから色々バタバタしてたみたいでな」
「新人役者が読み合わせこないってありなんですかあ?」
「ありなんだよ。あいつの場合は」
遠藤は困ったように眉を下げて後ろ髪をかいた。
「カスミだから言うけど、パリコレモデル獅子堂の俳優デビューは各局争奪戦だったのよ。それを勝ち取っただけで、うちは万々歳。あとは放送さえされちゃえばこっちのもんで、内容とか質とかそんなのは局員みーんな無関心なわけ。あいつがヘソ曲げたりして、飛んでっちゃうのが一番の問題だから、甘々に甘やかしてるわけよ」
夏澄は自身の手のひらに爪を食い込ませた。
「だから、そこんとこ、頼むよカスミちゃん」
夏澄の華奢な肩に乗る重い手。
その時、サンダルウッドのスパイシーな香りが鼻をついた。あの時の、奴の匂いだ。
長い廊下を奴が歩いてくる。眩い光に負けない、雄のオーラを全身から放ちながら。
傍にはまた、あの時の女を抱いて。
すれ違う瞬間、目が合った。
獣の目が、夏澄を見下ろした。
夏澄には、見下しているように思えて仕方なかった。
「現場に女連れってありなんですかあ?」
わざと、おどけた口調で聞いてみる。獅子堂の背中にも届くような声量だった。
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夏澄は髪をかきあげて、微笑んでみせた。
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