演じるより愛を生むがやすし

永井歌多

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序章 あいつの全てを壊したい

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 頭が痛い。
 低気圧のせいだろうかー
 窓の外側に流れる雫をつぅーっと指で追ってみる。
 白く細い指は無機質で硬いガラスを伝うだけで、濡れることはない。
 それとも、昨夜の情事のせいだろうかー
 もう夜なのに。昨夜の後遺症なんて、馬鹿みたいだ。
 あいつは人の首を絞めるのを快楽とするようなヤツだから。あいつとの夜が明けるといつも、頭痛がする。酸素が足りないと脳みそがもがいている。
 ブツを尻に突っ込まれ、生理的な涙で歪んだ視界の中、意識が薄れる最後に見るのが愛してもいない50過ぎたおっさんプロデューサーの顔だなんて。
 喜劇にもならない。
 死ぬ前に見るなら、そう。
 こんなナポリタンがいい。

 蒼井あおい夏澄かすみは、純喫茶「なぽり」にいた。
 目の前には湯気立つナポリタン。
 ナポリタンがうまいからなぽり。
 単純明快な名前と、美味しい飯と、街に忘れ去られたような雰囲気。夏澄はその全てを気に入っていた。
 この店にはいつきても、放っといてほしいという空気がぷんぷんな一人客しかいない。
 夏澄の定位置は窓際の隅のボックス席。
 もぐもぐもぐ。
 口いっぱいに広がるケチャップの味。
 最高。
 左手に持ったフォークでピーマンを突きながら、右手で台本をめくった。
 今撮っている恋愛映画ももうすぐクランクアップで、そしたらすぐに連続ドラマの撮影がはじまる。売れっ子若手俳優・カスミに休む暇はない。
 でも、それでいいのだ。
 忙しいほうがいい。
 ずっと演じられるからー
 長い前髪が視界を邪魔する。
 「ほい、アイスコーシー」
 頭上から声。
 台本から顔を上げると、つるつるの頭の小柄なマスターがいひひと笑ってた。
 「いつものね。つまりタダのサービス」
 軽く頭を下げ、にこりと微笑み返すと、マスターはまた満足そうに笑った。
 「いつものジントニックは本が終わった後にしようか」
 「うん。そうして」
 「はいはい。そうしましょそうしましょ」
 夏澄のいつもの注文はナポリタンとジントニック。だけど、台本を読む時は酒は飲まない。本を読んでる時は、帰り際に流し込む。マスターもすっかり覚えたルーティンだ。
 カラリンコン。

 ああ、いやだ。

 夏澄はそう思った。
 なんだかわからない。けれど、嫌な予感がした。そして夏澄の悪い予感は外れたためしがないのだ。

 なぽりのドアが開いて、男が入ってきた。
 ドクン。
 ドアの上に頭をぶつけるんじゃないかってぐらいの長身の男。
 革ジャン、薄紫のサングラス、高い鼻ー
 綺麗だった。
 あまりにも、綺麗だった。
 ドクン。
 彫刻のような顔についたふたつの目ん玉が、ギロリと夏澄を捕えた。
 捕らわれたと思った。
 鋭すぎる睨みはあまりにも、獣のそれだった。
 だけど、負けたくなかった。
 だから、微笑んでみせた。
 ニコリ。
 3秒の間ー。男は、不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、顔を逸らした。
 そして、カウンター席に、夏澄に背を向ける形で座った。
 隣には髪の長い女が座った。
 女連れであったことを、そこで気づいた。
 「獅子堂ししどう蓮介れんすけですよね」
 マスターがささやく。
 ああ、そうだー
 「マスター、お会計」
 ムカつく。

 シシドウレンスケ
 フランス育ちの帰国子女
 トップモデル
 この秋から俳優デビューを果たす
 W主演の連続ドラマ

 もうひとりの主演は、カスミ。
 ムカつく。
 店の外に出る。
 まだ少し、雨が降っていた。
 曇天を見上げる。
 白い顔を雫が叩き、長い黒髪が濡れる。

 俺はこれからまた、おっさんに抱かれるっていうのにー

 あいつは女と愛し合ってる。

 ムカツク。

 あいつの全てを壊したい
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