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忌み子王子の不安
しおりを挟むゆっくりと、堂々と、この婚約式を行うために作った会場に入ってきた婚約者は、皆が見惚れるような笑みで挨拶をした。
その笑みに俺が思わず固まっていると、アナベル姫の眉間が不快そうにひそめられた。その事に気づいた俺は慌てて挨拶を返した。
「っ、! ·····我が国へようこそ、アナベル姫。私は、君の婚約者になるシリウス・ロウ・アスランだ。 こちらこそ、これからよろしく頼む」
俺は何とか噛まずにそれを言い終えると、ドキドキしながらアナベル姫を見た。すると、アナベル姫は俺を見ながらピシャリと石のように固まり、何かを考えている。
俺の背中にツーっと冷や汗が落ちる。
俺は、何か変なことを言ってしまったのだろうか。そう思い、何がいけなかったのかと考える。
はっ!·····もしかして、いきなりアナベル姫と呼んだからか? そ、それとも、婚約者だと言ったからだろうか。
ああ、だとしたら、もしかしてアナベル姫は俺の噂を知っていて、婚約破棄を望んでいるのかもしれない。
·····いや、そもそもまだ婚約は結ばれていない。実は、何かの間違いだった·····とか、断りに来たのでは·····?
俺が内心一人で慌てたり落ち込んだりしていると、小さな会場にアナベル姫の透き通った美しい声が聞こえた。
「あの、シリウス様··········?」
「はい、なんでしょう」
「どうして、仮面をつけているのですか·····?」
「··········」
仮面?
一体何を言われるのだろうと思っていた俺は、その言葉に少しだけ安堵した。
そして同時にある不安が浮かんだ。
最後に鏡で確認した時は大丈夫だと思ったが·····もしかして·····
「··········似合っていませんか?」
「い、いえ! そんな事は·····。ただ、これから婚約者になるんですから、·····婚約者の顔も知らないようでは、これから、上手くやって行けるか不安なのです」
アナベル姫はそう言ってまたまた俺に向かって神々しい笑みを向けた。
「うっ·····」
その笑みが眩しくて、また、アナベル姫の口から婚約者という言葉が出たことに少しだけ安心して。俺は、ハッキリと顔を見せるのは嫌だということが出来なかった。
「不安にさせて、す、すまない·····。でも、今はまだ、無理なんだ。 ·····少しだけ、あ、あまり長くは待たせないようにする、だから、その·····、待っていてくれないか·····?」
だから、曖昧にぼかして、誤魔化した。
「···············分かりました」
「! ありがとう、アナベル姫」
正直、俺のこの仮面がとれる日は来ないと思う。俺は目の前のアナベル姫を怖がらせたくない。いや、本音は少し違うか·····。この美しい女性に嫌われてしまえば、今度こそ、俺はもう婚約者に何も期待出来なくなるだろう。
と、それにしても·····。
アナベル姫は俺の噂を知らないのだろうか。
いや。まさか。そう思いつつも、この婚約に全く嫌な顔をせずに、終始ニコニコしている彼女を見て、本当に知らないのかもしれない。と、思った。
と、とにかく、これからは毎日、仮面を付けて過ごすようにしよう。
そう俺は心に決めた。
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