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忌み子王子のエスコート
しおりを挟む仮面の少しだけ開いた隙間からアナベル姫を覗き込む。自身の呪われた色とは違い、まるで空の神から祝福されたような美しく見事な青色の髪と瞳を持つアナベル姫。
一体、何を話せというのだ·····。
無事に簡易的な婚約式も終わり、両親とアナベル姫の兄が退出した小さな婚約式場で、俺はアナベル姫と二人きりで残されていた。
と言っても、今日、この後の予定は何も考えていない。
まだ我国に来たばかりのアナベル姫には、ゆっくり旅の疲れを癒して欲しいと考えているからだ。
「シリウス様·····、これからよろしくお願いします」
俺がずっと黙っていると、アナベル姫の方から改めて挨拶をされた。俺は平静を装って挨拶を返した。
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
伝わらないかも知れないが、一応、笑顔で挨拶を返した。だが、話が続かない。俺たちの間に気まづい沈黙が生まれた。
俺はその気まずさに耐えきれず、ふいに窓の外を見た。
すると、俺の瞳に映ったのは、どこまでも遠く続く晴天。それは、アナベル姫の髪の色と違いないように見えた。
「何を見ていらっしゃるの?」
「!」
沈黙を破ったのはアナベル姫の方からだった。
「あ、ああ、いや、き、今日は天気がいいなと思っていたんだ」
突然の事に少し驚きながらも、口説き文句の一つも言えない俺は、無難に返事を返した。
「なら、私に庭園を案内してくれませんか?」
「えっ·····」
アナベル姫からの願ってもない提案に、俺は驚く。それから、可愛らしい頬を少し赤く染めて、俯きがちにアナベル姫は恥ずかしそうに付け加えた。
「お恥ずかしながら、わたくし、まだこの国のことをあまり知らないんですの。色々と教えて下さると嬉しいですわ、それに、シリウス様ともっとお話したいので」
それに、シリウス様ともっとお話したいので
アナベル姫の言ったその言葉を心の中で復唱する。
「っっっっ!!!!」
な、なんなんだ、いったい·····!
ドキドキと心臓がうるさい。
こんなの、こんなの、期待、したくなるじゃないか。
だが、ダメだ。流されるなシリウス。
アナベル姫にとっては誰にでも言う何気ない一言かも知れない。あまり期待しては·····。
それに、俺の噂を知っているかどうかもまだ確かめきれていないっ。
だから。
「ふっ、ふふふっ、うふふっ」
思わずこぼれ落ちたような小さくて可愛らしい笑い声が聞こえた。
「ア、アナベル姫·····?」
な、なんで急に笑ったんだ?
何に対して笑われたか分からない俺は、さっきの感情が消し飛び、一瞬にして心が不安で覆い尽くされた。
「あ、いえ、ごめんなさい。でも、何だか、可愛くて」
「··········?」
かわ、いい? て、何が可愛いんだ?
アナベル姫がうふふと笑いながら、弁解した。しかし、俺は意味がわからず首を傾げる。
「だって、シリウス様、今、照れていらっしゃったでしょう?」
「え·····」
その言葉に俺は一瞬考え込んで、直ぐに顔に手を伸ばした。
まさか、仮面がズレて··········ない?
慌ててポッケに忍ばせていた手鏡で確認する。
大丈夫·····だよな·····
そんな俺の姿が面白かったのか、また、ふふふっとアナベル姫が笑った。
「え、と、あの·····」
仮面は完璧で、素顔は見えないはず。なのに、何故、照れてる事が分かったんだ·····。て、いや、!別に、嬉しかっただけで照れてはなっ·····
「良かった、シリウス様が可愛らしい方で」
安心したような、アナベル姫の優しい声が聞こえた。それは、多分、アナベル姫の心の声がうっかり漏れたもので、言ったことにも自分で気づいてない様子だった。
だから、聞き間違いでは無いかと思った。
でも、仮面越しに真っ直ぐに見つめられるアナベル姫の優しい目を見て、心臓をぎゅっと掴まれた気がした。
こんな近くで、こんなに優しい表情で俺を見てくれる人は今まで何人いただろう。
しかし、そう思うと同時に怖いのはやはり、本来の姿を見られた後、アナベル姫が変わってしまう事だ。
『気持ち悪い』『化け物』『忌み子』
もう慣れたはずの言葉なのに、アナベル姫の口からは聞きたくない。
拒絶されて、傷つくのが怖い。
だから、優しさには慣れたくない。
そもそも、俺が貰う優しさにはいつも対価が必要だった。アナベル姫もそうかもしれない。俺と婚約することで、なにか、欲しいものがあるのかも知れない·····。
そう考えることが普通だった筈なのに、相手側から婚約を求められるのは初めてで、俺は浮かれていたのかも知れない。
まさか、この事を失念するなんて。
アナベル姫の美貌と身分が、俺のこの考えにさらに拍車をかける。考えれば考えるほどそうとしか思えない。
「シリウス様、大丈夫ですか?」
何も言わない俺を不安に思ったのだろう。アナベル姫は、心配そうに俺を見ていた。
「何でもない」
俺は笑って答えた。
「それより、今から庭園に行くか?」
「あの、気分が優れないのでしたら、無理にとは言いませんわ、──時間なら、これからたくさんありますもの」
「··········」
そう言って、優しく笑うアナベル姫はやっぱり綺麗だった。
ふぅー、と溜め込んだ息を吐き出した。
今の俺は白髪で仮面をしていて、いつもの俺じゃない。それに、バレるまでで良いじゃないか。いま、目の前にいるお姫様を独り占めしたって。
せっかくアナベル姫の方から、俺に近づこうと努力してくれてるのに、俺が拒絶してどうする。
よし!
「ありがとう、アナベル姫。お、俺の体調は大丈夫だ。だから、案内させてくれないか? 見せたいところが、沢山あるんだ」
少し噛んでしまったことを恥ずかしく思いながらも俺はアナベル姫を見た。
「まあ、本当ですの! それは、楽しみですわ。ぜひ、よろしくお願いします。シリウス様」
アナベル姫はそう言って破顔した。
その笑顔が綺麗だったからだろうか、それともやっぱり、まだ、浮かれていたからか。
「お手をどうぞ、アナベル姫」
気がつけば俺はそう言ってアナベル姫に手を差し出していた。
いつもと違う髪色、仮面、服。
見た目が良いと言うだけで、こんなにも勇気をもてる。
この時の俺には、拒絶されるかも知れないなんて考えは1ミリもなかった。
──────────────────────
日曜日に投稿する予定だったんですが少し遅れました!すみません!次回はアナベル姫視点になると思います!(多分)
基本、視点は交互です。
ここまで読んでくれてありがとうございました!
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