唐紅のからくり囃子

國樹田 樹

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旅の人形師

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「やいてめえ! 今なんて言いやがった!」

「お前の仕事が気に入らねえってんだ馬鹿野郎!!」

昼時。草臥れた長屋外の端にある一軒のそば屋で怒号が響き渡った。

入り口横、ささくれた壁側にある二人掛けで向かい合い、今にも一触即発とばかりに顔を突き合わせているのは職人と思しき若い衆だ。

紺の衣に股引きを履いた装いは大工の棟梁ではなくおそらく下っ端だろう。

血気盛んな顔つきは威勢がいいが、互いに引っ込みがつかないのか睨み合って今にも拳が飛ぶ勢いである。

他の客はよくある小競り合いだと無視を決め込んだようで、己の丼だけに顔を向けている。

「うちで喧嘩はやめてくれよぅ、やるなら外で……」

若い女中が狼狽えた声を出した。おそらく店主の娘だろう。幼い顔立ちはまだ十四やそこらの少女である。
女中は前掛けの裾を握り締め、怯えを滲ませながらも必死に若衆を宥めんとしていた。

「「餓鬼は黙ってろ!」」

「っひ!」

だが効果は微塵もない。女中をじろりと睨んだ若衆達の揃いの怒号が飛んだ。哀れ女中はびくりと震え、目に涙を滲ませながら父である店主を呼びに走る。

「おとうちゃん!」

娘の声と怒号に気付いたらしい店主が店の奥から顔を出す。
齢四十やそこらの店主は迷惑げに眉を顰めるが、仲介に入って怪我を負わされては商売にならんと判断したのか首を横に振り、娘をさっさと店の奥へと引っ込めた。
それを見た客達も、乱闘騒ぎに巻き込まれてはかなわんとばかりに、卓へ支払いの銭を置き、店を出て行こうと我先にと席を立つ。

「―――おい、やかましいぜ兄さん方。飯くらい静かに食わせろやい」

その最中、鶴の一声が上がった。凜とした張りのある声は神社の魔除け鈴のごとく澄んでいる。

こちらもまた若い者特有の声音であった。

いきり立つ若衆と、店の中に残っていた客達が声の主に目を向けた。

店の一番端っこで、ひとり腰掛け一杯の蕎麦を前に箸を持ち視線を投げる者がいた。

風貌は旅の装いだ。枯れ草色の衣の裾から覗く足には黒い脚半を履き、手には揃いの手甲を付けている。
椅子の小脇に縞模様の道中合羽と三度笠を立てかけて、地べたに置いてある大きな長行李には一体何が入っているのか。

「ああ!? 余所もんが首突っ込むんじゃねえよっ!」

若衆の片方がそう吐き捨てた。するともう一人が余所者の様子を見て訝しむ。

「小僧……じゃねえな? おめえ女だろ」

その余所者は、男の風体を気取っているが身体は女のそれだった。
黒い髪は短く肩ほどまでしかないが、旅装束に包まれていてもよく見れば細い腰つきと丸い尻、華奢な足首がよく目立つ。

顔立ちは悪くない。
濡れ鴉のような黒い眼は鋭いが、肌は白く肌理(きめ)も細かい。頬の張りからして年の頃はそう、十六、七を超えた辺りか。

「ああ。儂は女だが。それがどうしたね、尻の青っちろい兄さん方」

女は右手に持った箸でずぞぞっと品無く蕎麦を啜ってから目玉だけを動かし言い放った。
食うのをやめる気は無いらしく、すぐに汁をずるずる啜り始める。

「っこの……!」

若衆二人が机に手を突いて荒っぽく立ち上がった。
がしゃんと蕎麦の丼が卓の上で跳ね上がり、飛んだ箸の片方がころころと地面に転がっていく。

どうやら若い男達の怒りの矛先は、たった今旅人の女に向いたらしい。

「女風情が生意気な!」

若衆らが女の方に詰め寄る。
女は知らんぷりで再び蕎麦を啜っていた。

その様子が癪に障ったのか、若衆の一人が乱暴に女の襟を掴んで持ち上げた。女は口から蕎麦を数本、垂らしたまま柳眉を逆立てる。

「けっ、無作法もんが」

女は箸を持ったまま、顔色ひとつ変えずに口残った蕎麦をちゅるんと吸い込み言い放った。
襟首を掴む男を睨み上げ、箸の先を男の目玉にひたりと据える。そうして、箸を持っていない方の手を軽くちょいと動かした。

きり、からり、と。

どこからか何やら動く音がする。

女の左手をよくよく見れば、指に何やら輪っかのようなものを付けていた。
そこから伸びているのは目を凝らさねばよく見えない、女郎の長い髪にも似た細い糸だ。

どういうわけか、女が手を動かすと同時に傍に置いてあった大きな長行李がごとり、とひとりでに音を立て蓋が動いた。空いた行李の口は真っ黒で、中に何があるのかはまだ見えない。

しかしこれに目を剥いたのは女に詰め寄ろうとしていた若衆と、他に店に居た客達である。

「な、何だ!?」

「行李が、勝手に……!」

女の襟首を掴んだ若衆が困惑と驚きに目を瞠った。
様子を窺っていたもう一人の若衆が固唾をのんで見守る中、開いた行李の口の縁に何やら細い、棒のような見目のものが姿を現した。

色は白く、ぐるぐると何やら模様がついている。
数は五本。
続いてがしゃりと耳障りな音を立て現れたのは、長く白い人の腕の形をした代物だった。
五本の細い棒のようなものは指であったのだと、誰もが漸く気付く。

「う、腕じゃ!」

客の誰かが叫ぶ。みな行李の中に人でも隠れ潜んでいたのだろうかと一瞬訝しんだ。死体ならば動くはずも無いからだ。

だが、それにしては指も腕もいやに固そうで、つるりとした表面に人の皮めいた質感は感じられない。しかしぐるぐると巻いたような不思議な模様には、なぜだか誰もが見覚えがある。

あれは―――そう、年輪だ。

相応に年老いた樹木のそれである。

「ひ!?」

誰かが予想を口にする前に、がしゃがしゃがしゃ、っと今度は盛大にもう片方の腕が行李から出てきたことで場は阿鼻叫喚と化した。

右腕と左腕が長行李から生えている。まだ頭は見えない。何より、蜘蛛のごとく這い出た両腕の異様さにみな一様に恐れ戦いていた。

「ば、化け物じゃ!」

客のひとりが恐れ戦き転げるように逃げていく。
呆気に取られていた者達も、その声に我に返り慌てて外へと走った。若衆も行李から伸びた腕に気を取られて女の襟首を掴んでいた手を離した。

「そら、よっと」

解放された女は飄々とした顔で、左の手をくるりと返した。丼の蕎麦はまだ残っている。

女の手に応えるように行李の中から頭がぬうっと顔を出す。目も鼻も口も無い。のっぺらぼうな白い面は、人形であるのが明らかだ。

つるりと丸い頬にも伸びた腕も指先も、何もかもにくっきりと濃い継ぎ目があった。

関節部が擦れる音が動きの元だと見て取れる。継ぎ目の一つ一つからぴんと張っているのが細い糸であることからして、から繰り人形なのだと察せられた。

「に、人形……おめえ、人形師か」

あわや化け物と怯えていた若衆も、ただの人形であったことにやや安堵した。だが怯えは消えていない。見目が異様極まりないからだ。長行李から頭と腕だけを出した人形はまるでそこから生えているかのように見える。生の気配が全く無い。死んだ樹木があるだけだ。

先ほどまで女の襟首を掴んでいた若衆が、じり、と我知らず後退ろうとした。

その瞬間、びゅんと目にもとまらぬ早さで伸びてきた人形の腕が若衆の首根っこを引っつかみ、軽々と宙に持ち上げた。

「うわあっ!?」

どんな絡繰りなのか、行李から飛び出した腕は人間のそれより何尺も長く伸びていた。そして継ぎ目だらけの手を少しばかり捻り、ひらりと玄関に若衆を投げ飛ばす。

「ひええええっ!?」

よもや猫の子のように掴み投げ捨てられるとは思わなかったのか、若衆は情けない悲鳴を上げ外へと飛んでいった。共に暖簾を巻き込んだから、びりりと布の破ける音がする。

土埃を上げ道ばたに転がった若衆の男はそのまま伸びてしまったようで、大の字で店の前の道に転がった。その頭を、ふいに降りてきた黒い鴉がくちばしでこんこん突っついている。

「へっ、ざまあ見やがれ」

女は一言言い捨てると、左手を素早く動かし人形を操った。

細い糸の先に繋がる人形は、きりきり音を立てながら、自ら静々と長行李の中に収まり最後に片手で蓋まで閉めて、行儀良く中へと収まった。

そうしてあんぐりと口を開ける者達を尻目に、女は知らん顔で再び丼に手をつけ始めた。
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