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―― 第二章 ―― 秋
【010】猫の物の怪
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山から下ってきた紅葉は、長公主の庭の楓を染めた。傍らの池に、紅色の絨毯が浮かんでいる。その上に、薄氷がある。
長公主が来る前にと、雪玲は火鉢の用意をした。墨がバチバチと爆ぜる音が響く。
長公主に一入気に入られている雪玲のことを、これが『本当の女官』であったならば、嫉妬する者は多いだろう。だが、周囲には雪玲は平々凡々な風景の一つとしか映らない。
支度を終えて、雪玲は立ち上がる。
自分の朝餉を食べてくるかと部屋を出たとき、正面のカベに背を当てて立つ容時が目に入った。腕を組み、右膝を折っている。
「あら」
「――雪玲か、舞っていた」
「ええ。どうかしたの?」
「お前は、妖怪や妖孼といったあやかしの類いにも詳しいのか?」
その言葉に、先日の反魂香のことを暗に言われているのだと思い、瞳を揺らす。
なお、実際にそれらは存在する。仙道は、魔性のものを討伐することもあるからだ。
「何故ですか?」
「内密に」
「ええ、誓って」
「――呉貴妃様の猫が、巨大な妖怪となって、武官を爪で切りつけて殺したと言われてんだよ。猫のフリをした妖怪だとな。でも、皇后様は、そんなはずはないと否定なさってる。が、皇后様がこの国に害なすために、妖怪を飼っていると将軍が殴り込んできた。今、後宮で猫を飼っているのは皇后様だけだからな」
呆れたような声で語る容時に、雪玲は歩み寄った。
「あなたはどう思うの?」
「どう、か。少なくともその場に妖気など感じなかったが」
「えっ?」
その返答に、雪玲は驚いた。
「あなたは妖気が分かるの?」
すると失言だったという表情をしてから、容時が顔を背けた。
「仮に分かったとして、それを照明は出来ないだろ」
「……まぁ、そうね」
「ただ、巨大な猫の爪で背中から引っかかれたような傷で死んでいたのは間違いない」
「そうなの」
「現場を見に来てくれ、まだ保全されている」
「わかったわ」
こうして雪玲は、歩き出した容時に従った。外に出ると、寒さが厳しい。両腕で体を抱くと、チラリと雪玲を見た容時が上着を脱いだ。
「着ていろ」
「えっ、で、でも、それじゃああなたが寒いじゃない」
「鍛え方が違う」
「……そうかもしれないわね」
果たして人間の宦官と天女の自分のどちらが強いかは不明だと雪玲は思ったが、ありがたく借りることにした。そして、皇后宮の裏手から続く路地に行く。そこは、城の中で後宮から向こうに通じる場所だった。出てすぐに、細い路地を左に曲がると、人間が倒れていた。周囲には遠巻きにしている武官と文官の姿がある。見れば確かに、巨大な猫の爪のような跡が見て取れた。そして、それは雪玲から見ても妖気を感じなかった。
「どう思う?」
「被害者は武官なのよね?」
「ああ」
「武官は、武器を作る部署があるわね?」
「そうだが」
「鉄製の巨大な猫の爪形の武器なんて、いくらでも用意できるでしょう」
「っ」
「問題は、それを用いて、皇后様を罪人としようとした誰かの存在ね」
雪玲が指摘すると、腕を組んだ容時が頷いた。
「誰だと思う?」
「一つは、武官を動かしているのだから、武官と縁のある側妃の一派でしょうね。その方が、このままでは寵愛を得られないと、武官派の影響力をませないと考えたのならば、ありえます」
「二つ目は?」
「武官の単独犯行よ。皇后様一人より他の者も選ばれた方が、自分達が優遇される可能性があると思った場合」
「他には?」
「それ、は……」
たとえば、こんな偽装はすぐに露見するであろうから――呉貴妃が自作自演をした場合。それも考えたが、この場で口に出すべきではないと判断して、それは考えなかったことにする。
「あとは、特定個人のこの人間が憎かっただけで、たまたま猫の物の怪の仕業にしようとした誰かではないかしら。これで、終わり」
そう述べると、雪玲は容時の横顔を見上げて微笑した。
「どうして私に聞きにきたの?」
「お前なら分かると思ってな」
遺体からチラリと視線を雪玲へ、容時が向けた。
「迷惑よ」
笑顔できっぱりと、雪玲がいった。ぐっと容時が詰まる。
「私の主は、翠陽長公主様のみ。あなたの好奇心を満たすために頭を開店させる時間は無いのよ。けれど、ね? せっかくなのだから、お礼に結果がどうなったのかは、今度教えてくださる?」
にこりと笑ってから、ばさりと雪玲は上着を脱ぐ。そして容時に突き返した。
「ありがとうございました。暖かかったです」
長公主が来る前にと、雪玲は火鉢の用意をした。墨がバチバチと爆ぜる音が響く。
長公主に一入気に入られている雪玲のことを、これが『本当の女官』であったならば、嫉妬する者は多いだろう。だが、周囲には雪玲は平々凡々な風景の一つとしか映らない。
支度を終えて、雪玲は立ち上がる。
自分の朝餉を食べてくるかと部屋を出たとき、正面のカベに背を当てて立つ容時が目に入った。腕を組み、右膝を折っている。
「あら」
「――雪玲か、舞っていた」
「ええ。どうかしたの?」
「お前は、妖怪や妖孼といったあやかしの類いにも詳しいのか?」
その言葉に、先日の反魂香のことを暗に言われているのだと思い、瞳を揺らす。
なお、実際にそれらは存在する。仙道は、魔性のものを討伐することもあるからだ。
「何故ですか?」
「内密に」
「ええ、誓って」
「――呉貴妃様の猫が、巨大な妖怪となって、武官を爪で切りつけて殺したと言われてんだよ。猫のフリをした妖怪だとな。でも、皇后様は、そんなはずはないと否定なさってる。が、皇后様がこの国に害なすために、妖怪を飼っていると将軍が殴り込んできた。今、後宮で猫を飼っているのは皇后様だけだからな」
呆れたような声で語る容時に、雪玲は歩み寄った。
「あなたはどう思うの?」
「どう、か。少なくともその場に妖気など感じなかったが」
「えっ?」
その返答に、雪玲は驚いた。
「あなたは妖気が分かるの?」
すると失言だったという表情をしてから、容時が顔を背けた。
「仮に分かったとして、それを照明は出来ないだろ」
「……まぁ、そうね」
「ただ、巨大な猫の爪で背中から引っかかれたような傷で死んでいたのは間違いない」
「そうなの」
「現場を見に来てくれ、まだ保全されている」
「わかったわ」
こうして雪玲は、歩き出した容時に従った。外に出ると、寒さが厳しい。両腕で体を抱くと、チラリと雪玲を見た容時が上着を脱いだ。
「着ていろ」
「えっ、で、でも、それじゃああなたが寒いじゃない」
「鍛え方が違う」
「……そうかもしれないわね」
果たして人間の宦官と天女の自分のどちらが強いかは不明だと雪玲は思ったが、ありがたく借りることにした。そして、皇后宮の裏手から続く路地に行く。そこは、城の中で後宮から向こうに通じる場所だった。出てすぐに、細い路地を左に曲がると、人間が倒れていた。周囲には遠巻きにしている武官と文官の姿がある。見れば確かに、巨大な猫の爪のような跡が見て取れた。そして、それは雪玲から見ても妖気を感じなかった。
「どう思う?」
「被害者は武官なのよね?」
「ああ」
「武官は、武器を作る部署があるわね?」
「そうだが」
「鉄製の巨大な猫の爪形の武器なんて、いくらでも用意できるでしょう」
「っ」
「問題は、それを用いて、皇后様を罪人としようとした誰かの存在ね」
雪玲が指摘すると、腕を組んだ容時が頷いた。
「誰だと思う?」
「一つは、武官を動かしているのだから、武官と縁のある側妃の一派でしょうね。その方が、このままでは寵愛を得られないと、武官派の影響力をませないと考えたのならば、ありえます」
「二つ目は?」
「武官の単独犯行よ。皇后様一人より他の者も選ばれた方が、自分達が優遇される可能性があると思った場合」
「他には?」
「それ、は……」
たとえば、こんな偽装はすぐに露見するであろうから――呉貴妃が自作自演をした場合。それも考えたが、この場で口に出すべきではないと判断して、それは考えなかったことにする。
「あとは、特定個人のこの人間が憎かっただけで、たまたま猫の物の怪の仕業にしようとした誰かではないかしら。これで、終わり」
そう述べると、雪玲は容時の横顔を見上げて微笑した。
「どうして私に聞きにきたの?」
「お前なら分かると思ってな」
遺体からチラリと視線を雪玲へ、容時が向けた。
「迷惑よ」
笑顔できっぱりと、雪玲がいった。ぐっと容時が詰まる。
「私の主は、翠陽長公主様のみ。あなたの好奇心を満たすために頭を開店させる時間は無いのよ。けれど、ね? せっかくなのだから、お礼に結果がどうなったのかは、今度教えてくださる?」
にこりと笑ってから、ばさりと雪玲は上着を脱ぐ。そして容時に突き返した。
「ありがとうございました。暖かかったです」
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無さそうですよね笑
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独り言大好きです笑
ありがとうございます!!!!
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雪玲のところにちょっかいかけに行くのですね✨
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そこはご想像にお任せします笑
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