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―― 本編 ――
【五】ケーキを食べに行く準備
しおりを挟むやはり、外出するとなったら、その場でしか楽しめないものを楽しみたい。
生ものかスイーツだろう。
私はタブレット端末で、まずはケーキを食べに行くと決めた。わくわくしながら何を食べるか考えた後、ちらっと室内の鏡を見て停止した。眉毛は整えたから、私基準だと最低限はクリアした。若い頃は、眉毛さえ整っていればいいという風潮があった。だが……。
「……」
バトルスーツを着て食べに行くわけにはいかない。レンジ頭には、口がついていない。
そのため素の自分の頭部を露出して頑張る事になるのだが、お手入れなど何年もしていないお肌は控えめに言ってガサガサである。ひきこもりなので色は白い。だが、色白は七難隠すなんて絶対に嘘だろう。シミが見える。
「ホワイトニングの美容液……って、まって。それらを使い始めたとして、私は明日ケーキを食べに行くわけで、効果が一日で出るわけがないな?」
命題に気づいた。
なんということだ……。
スキンケアは毎日しないとならないようだが、めんどくさい。やりはじめたら、好きになれるんだろうか。とりあえず、今私は月収2億円になったので……ネット通販でポチってみた。届くのを待とう。
「問題は、明日か」
私は振り返った。実は、私も外を歩くのだから化粧をしようと、これまでにもネット通販をして、いくつかのコスメグッズを買うには買ったのである。幸い基地にも届いた。しかしながら、お化粧をするのなど久しぶりすぎて、やり方すら思い出せない。試しに一度挑戦したが、顔というキャンパスに保育園児でもマシな落書きができあがったので、速攻メイク落としで顔を拭いた。それが一昨日の記憶だ。
「見本……見本……いや? 化粧品売り場に行って、施してもらって、それから食べに行けばいい? でも待って? 化粧品売り場に行くための化粧っている? いるよね? みんなお化粧玄人で、そういった人々が買いに行く中に、今の私が行ったら、完全に浮く……ど、どうしよう?」
悲しくなってきた。
しかし何事もチャレンジである。ケーキのために頑張ろう。これからは待機時間も長くなると考えられるし。そう思って、私は下地にいいというBBクリームを手に持った。本当は化粧下地は別だとか色々あるのかもしれないが、私は初心者を通り越しているので、簡単なものから攻めよう。
「ふぅ……」
なんとか私の肌が、先ほどまでよりはなめらかになった。
続いてファンデーションを塗る。眉毛はよいとして、睫毛は……どうすれば……。
あれやこれやと悩みながらアイライナーとマスカラとシャドウをそれぞれ見て……肩を落とした。これらを使うと、先日の悲劇が再び訪れる。悪い意味でのクレオパトラが爆誕してしまう。
「後回しにしよう」
続いて私は、唇に気合を入れることにした。刷毛みたいなアイテムで、輪郭にそって塗ってみた。唇の部分のお絵かきに関しては、私は画伯から一歩進化している気がした。だがマスクをして出かけるので、口部分が上手くてもあまりいいことはない。
コンコンと音がしたのはその時だった。
まずいと思って私はバトルスーツを装備しようとしたが、それよりも早く扉が開いた。
「梨野さん、実は――……!」
入ってきたのは遠藤さんだった。今日もビシッとスーツを着用している。明日も車を出してくれる事になっている。彼は私を見ると硬直した。私も化粧している顔を見られたものだから、なんとも気恥ずかしくなってしまい動けなくなった。さながら人生初メイクをしたときの気分である。
「……っく……急に開けてすみませんでした」
「あ……」
「外で待機しておりますので、着替えが終わったらお声を。失礼致しました!」
勢いよくドアが閉まった。その言葉を脳裏で反芻し、私は俯いた。
「?」
下はスウェットだったのだが、上は大きめサイズのTシャツである。
ゆったりとした服が楽だから、比較的この大きめブランドの服は着ているが……ええと、バトルスーツに着替えろと言うことか? と、最初は思ったが、よく見ると、思いっきり胸元の隙間から谷間が出ていた。ノーブラである。一人の時、私はブラなどしない。垂れる? 見せる相手もいないから、そんなことより楽さを重視している。結果、谷間……として片付けるにはちょっと出過ぎていた。つまり私は、逆セクハラをぶちかましたという状態であった。ひえっとしながら、慌てて私はバトルスーツを着用した。いつもの通りのレンジ頭に右手で触れつつ、心臓が煩くなった。
「す、すみませんでした。どうぞ」
「……失礼致します」
改めて入ってきた遠藤さんは、私の頭からつま先までを見て、ほっと息を吐いていた。
「申し訳ありませんでした、お支度中でしたとは」
「いえ……ええと、ご用件は?」
「明日の出発時刻なのですが、午後ではなく午前中に変更をお願いしたく」
「あ、はい。連れて行ってもらうの私なんで、いつでも」
「ありがとうございます、以上です。では……――っと、その」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「……あの、そこまで言いかけたら、続けて頂けませんか?」
「……ええと……明日は全力で護衛は致しますが、あまり露出度の高い服は、危険かと思います。普段きちんと着込んでおられる分、目に毒と言いますか……って俺は何を言っているんだ、忘れてください」
「あ、はい……」
「……失礼します」
若干耳が朱い遠藤さんが、今度こそ帰って行った。
三十代半ばの遠藤さんは、私をきちんと女性扱いしてくれる。五歳以上年下だが、こう、気にかけてもらえると、ちょっと恥ずかしさが極まってしまった。
「……はぁ。服装かぁ」
なお、服も勿論通販済みである。バトルスーツをイメージで好きな服にチェンジしてもいいのだが、私にはデザインセンスなどないので、バトルスーツは明日は腕時計の形状にする事とし、服は普通に購入した。通販サイトの広告のものでサイズが合うものをそのまま買ったから、なんとかなると信じたい。
と、まぁこのようにして、私はケーキを食べに行く準備をした。
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