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―― 本編 ――
【九】世界が少し平和になった気分
しおりを挟む「失礼するぞ」
入ってきたのは、初めて見る人物だった。地球防衛軍の制服姿で、階級章と勲章がいくつもついている。高崎博士が立ち上がったので、私もそれに倣った。お辞儀も真似した。
「座ってくれ、高崎博士。それにレンジ頭殿」
基地の中でレンジ頭と呼ばれたのは、初めてである。寧ろ直接そう呼ばれた経験の方が、私は少ない。メディアやネットで、レンジ頭と呼称されている事は知っていたが。
「梨野春花と申します」
バトルスーツを着用していると声の変換方法を選べる。私は報道機関がいない場合は、特に変化させていないが、シナゴ討伐の中継は多いので、戦闘時は声を変更している事も結構ある。ただ基本的に基地では音声をチェンジはしない。
「新しく総司令として着任した真波宗一郎という。宜しくな」
ニッと笑った真波新司令は、私と高崎博士が座ると、自分も腰を下ろした。
長身で黒い短髪をしている。鼻梁が通っている。
「まさかこの俺の着任式をすっぽかされるとはなぁ」
すると真波司令が笑いながらそんなことを言った。非常に気まずく思いながら、私はレンジの頭部を動かす。
「申し訳ありませんでした」
「いやいや、さすがはレンジ頭殿だ。世界の命運を握るお前には、誰も頭は上がらん。気にしなくていい」
意地悪く笑いながらそう言われて、私の胃が痛くなった。
「それで改めて場を設けて頂いたのは、なにも挨拶のためではない。着任にあわせて、米国から購入した、対シナゴの新兵器の件だ」
その時、真波司令が真面目な顔になった。
指を組み、私と高崎博士をそれぞれ交互に見る。ちらりと私も高崎博士を見れば、いつもの通りの淡々としている無表情に戻っていて、小さく頷きながら、彼もまた私を見た。
「ええ。バトルスーツを着用した状態で、今回の新兵器の――」
高崎博士が説明を始める。
時々真波司令が言葉を挟み、二人があれやこれやと機能面の話を始めた。
私には難しい話は分からないが、聞いていなくてもレンジ頭にはやる気があるかないかなど表情として浮かばないので、本物の頭部の顔ではぼんやりしていた。私にとっては新兵器よりも、昨日の初体験や先ほどの高崎博士の告白の方が、衝撃が大きい。
「――ええ、そうですね」
その時、机の下で、バトルスーツの靴の部分を、高崎博士につま先で軽く蹴られた。慌てて頭を動かせば、軽く睨まれた。聞いていないのがバレているようだ。高崎博士は、こういうところが鋭い。しかし人を蹴るなんてやっぱりDVである。同じ家庭で過ごす予定はないが。
「この新型の装備のいいところは、汎用のバトルスーツでも性能を落とさず使えるところだな。そうだ、バトルスーツの適合者の四人目が見つかった。日本人では二例目、世界では四例目という話だ。その者の訓練も始まるし、汎用のスーツに限定するならば、国内の適合者は既に三十人を超えている。よって、地球防衛軍学校を作る草案が――」
真面目な顔で語る真波司令は、デキる男という印象だ。私と同世代に見える。ちらりと首から提げている身分証を見ると、生年月日から、私の一学年年下だと分かった。私くらいの年齢になると、だんだん自分より年上の人間を見かけなくなるのだなぁと漠然と考える。
「話は以上だ。悪いが今日はこの後予定がある。後日また、改めて食事でもしよう。では」
真波司令はそういうと立ち上がった。
司令が出て行くのを、同じく立ち上がった高崎博士が見送っている。私も立ち上がり見送った。パタンと扉が閉まると、はぁっと深々と高崎博士が溜息をついた。
「全然聞いていなかったみたいだけど」
「なんで分かるんですか?」
「そりゃあずっと君のことを見てきたからね」
「……はぁ」
「次の日曜日、忘れないでね」
「は、はい!」
そのまま高崎博士も出て行ったので、私はしばしの間それを見送っていた。
少し一人になりたい気分でもあり、ただ動くのも億劫な気分だったので、椅子に座り直す。
「うーん……」
しかし高崎博士の気持ちは、本当に予想外だった。嬉しいか嬉しくないかと言われたら――正直にやってしてしまう。誰かにあんな風に告白されたのは、人生で初めてである。嬉しくないわけがない。昨日が体の初体験だとすると、本日は告白されるという初体験をした気分だ。だが、この嬉しいという感情は、高崎博士が好きという感情とイコールではない。
「お子様って言われたけど、まんまそれだよね」
誰かに好かれたというのが嬉しいだけだ。
本物の瞼をじっくりと閉じ、私は腕を組んだ。
シナゴの対策が落ち着きを見せ始めているから、こうやって恋愛について考える余裕も生まれたのだと思うと、世界が少し平和になった気がした。
「私だって恋愛をしたらダメと言うことはないとは思うんだけど……恋愛ってどんな感覚だったっけ……」
人生において、そりゃあ思春期の頃などに、初恋をした事はある。
学生時代になってからだって、ちょっとドキドキする相手がいたことはあった。
だが既にそのいずれも記憶は曖昧であり、私は胸が高鳴るという感覚を忘れつつある。その状況で、片方は体の関係なのでともかく、片方には真剣に告白された。選択肢が二つある状態といえないこともない。
「……逆に一つだけだったら、もっとじっくり考える余地があるんだろうけど。いいや、それはないか。選択肢が0でも1でも2でも、恋愛というのは、自分がきちんと好きにならないと難しそうだもんなぁ」
結婚してからであったり、付き合ってから恋や愛が生まれるパターンもあるだろうが、今のところ私は世界平和を守ることに忙しいといういいわけがあるし、望まなければ強制されることはなさそうだ。だから、全ては自分次第なのだと思う。
「でもいきなり恋や愛だと言われても、結婚だ子供だと言われても、正直困るよねぇ」
本音を零してから、私は何気なく窓の外を見た。
鴉が飛んでいった。
黒い姿は、私が宙に浮く姿に、少し似ているらしい。
「まぁ、なるようになる……かな?」
私は前向きに考えることとし、席を立った。
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