あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第一章 ―― 黒薔薇の刻印

【001】天羽家の祠

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 時は大正。

 文明も開化して久しいが、人々があやかし・怪異といった魔性の物を忘れることはない。寧ろ最近では、異国から新しい妖怪が入ってくる始末だ。吸血鬼しかり、殭屍キョンシーしかり。闊歩するあやかし達は、人間にとって脅威であり良き友人だ。

 この国でそういったあやかしの対応をする、帝国陸軍あやかし対策部隊は畏怖と憧憬を一身に浴びている。なにも討伐するだけではないのが、治安を維持するということであるとされる。

 そのくらいの知識は、天羽桜子あもうさくらこにもあった。未だ和装が主流の帝都で、ただでさえ軍人の洋装は目を引く。軍服はデザインもよい。そのため軍人は外見だけでも何かと目立つ。

 桜子は一人、家の裏にある天羽家の祠の前にしゃがみ、中をのぞき込んだ。そこには戦国の世に、宣教師とともに訪れたのだという女性の小さな黒い像がある。聖なる力を持っていたという伝承が残っている。灰色の小さな祠は、少し崩れている。手を合わせた姿の小さな像は、観音様のようでいて、その実頭から布をかぶっているのだという。西欧の宗教に関わりがあるらしい。詳しいことは、桜子も知らなかった。ただご先祖様の像だとだけは、父に聞いたことがあった。

 桜子は、着物の左袖をめくる。手首から肘の付け根まで、包帯が巻かれている。その下にあるのは注射針の痕だ。痛々しい針の痕は鬱血していて、血は止まっているが見るだけで多くの者は、『痛そう』だと感じるだろう。果たして、ご先祖様もこのような目にあったのだろうか?

 桜子もまた、ご先祖様と同じ聖なる力……浄癒じょうゆの力を受け継いでいる。父はそう言った。力は血に宿るそうで、桜子は週に一度、貧血になるほど血を抜かれている。だが浄癒の力が自分に対しても働くようで、失血死することはない。注射針を刺されるときは痛むけれど、痛みで死に至ることもない。

 昨日も血を抜かれた。
 そのため本日、ふらふらしながら黒椿くろつばき女学院から帰宅していたとき、桜子は目眩がして転びかけた。だが誰かが、抱きとめてくれた。最初は貧血による砂嵐に視界が襲われていてよく見えず、それが落ち着くと今度は逆光で、やはり相手はよく見えなかった。誰かが覗き込んでいるのは分かったが、息をするのもやっとだった。

「大丈夫?」

 そう声をかけらた。バリトンの声だった。ゆっくりと上体を起こされてはじめて、青年の姿が見える。軍服を着ていた。桜子がはじめて目にする、明るい黄支子きくちなし色に見える黄味の入った明るい髪色に常磐ときわ色に似た緑の目をしていた。彼は非常に長身で、小柄で痩身の桜子は、彼の腕にすっぽりとおさまっていた。端正な顔立ちの青年が、じっと桜子をのぞき込んでいる。慌てて桜子は答えた。

「……大丈夫です。ありがとうございます」
「その様子を大丈夫というなら、少なくない数の医師が仕事を失って廃業するんじゃないかな」

 呆れたような青年軍人は、桜子が立ち上がろうとすると、しっかりと支えてくれた。立ってみて正面から向かい合うことになり、本当に背が高いなと見上げてしまう。二十代前半だろうか。

「送る……と、言いたいところだけど、このあと会議なんだ。だから、代わりに部下に送らせるよ。呼んでくるから待っていてください」
「一人で平気です」
「待っていて」

 軍人は念を押すようにそう言って歩き始めた。だがこれ以上迷惑をかけたくなくて、桜子は踵を返す。そして足早に帰宅した。ただ家の中に入る気分ではなく、こうして裏庭の祠のそばにきたという次第だ。

「……優しい人なんだろうなぁ」

 ポツリと桜子が呟く。あやかし討伐などをし、帝都を、ひいては国を守る軍人は『偉い』という風潮がある。また軍人は爵位を持つ者も多く、爵位を持つ者もまた『偉い』。道行く女学生が倒れたからといって、無視する者が多い社会だ。男尊女卑はいうまでもない。

「格好良かったなぁ」

 桜子は祠のそばを流れる清水を見ながら、ぽぉっと頬を染める。水の音が心地いい。誰かに優しくされたのは、女学院の外では久しぶりだった。あのように手を差し伸べてくれた心遣いが、本当に格好良いと思っていた。

 桜子はまだ恋をしたことがない。けれど、いつか誰かと夫婦めおとになるのなら、先程の軍人の青年のように、優しい人がいいなと桜子は考えた。

 叶わなくても、考えるのは、自由だ。




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