2 / 6
ゲーム通りにはいかない
しおりを挟む
スカーレットは学園に入学した。学園では多くの友人ができてとても楽しいが、スミソニアンとの関係は悪化の一途を辿っていた。
婚約して以来、スミソニアンはスカーレットを蔑ろにし続け、いくらスカーレットがその心に寄り添うために交流を持とうとしても、お茶を飲む約束はすっぽかされ、誕生日の贈り物でさえもスミソニアン自身から届くことはなかった。
「……あれは、スミソニアン殿下?」
「ああ、そうですわね。一緒にいるのはどなたでしょう」
ふと窓から裏庭を見下ろすと、スミソニアン殿下が木の下で誰かと話をしていた。スカーレットと一緒にいた友人のモンブラン侯爵令嬢エミリーもそれを見て首を傾げている。
「……さあ、私は存じ上げないわね」
「ああ、スカーレット様、そんなに悲しい顔をなさらないで」
スカーレットとスミソニアンが不仲であることは、貴族ならば誰もが知っている。スカーレットがスミソニアンに話しかけようとしても、スミソニアンが拒否して立ち去る場面は多くの生徒が見たことがあった。
スカーレットは王妃教育をすぐにすませるくらい優秀で、公爵令嬢という地位を振りかざして威張ることもない。またお茶会を開いたときには、相手の地位に関係なく優しい気遣いを見せると評判で、貴族子息子女から非常に人気が高かった。
だから、スカーレットに冷たく当たるスミソニアンは、取り巻き以外からは嫌われていた。王太子相手だから誰も態度には出さなかったが。
「……ごめんなさいね、エミリー。努力って実らないものなのかしらね」
スミソニアンと共にいた少女は、乙女ゲームのヒロインにとてもよく似ていた。
「きゃっ」
「おっ、と」
マナー講習に向かうため廊下を歩いていたスカーレットは何かにぶつかられて体勢を崩した。すぐ隣にいた従兄弟のエドガーに支えられて転ぶことはなかったが、一体何が起きたのか一瞬分からなかった。
「スカーレット、大丈夫か?」
「ええ、貴方のお陰よ、ありがとう」
「スカーレット様、ぶつかったところは痛くないですか?」
エドガーや友人達がスカーレットを心配してくれている。そんな時、場違いな大声が聞こえた。
「ひどいです、ぶつかってくるなんて!」
ポロポロと涙を流す少女が廊下に座り込んでいた。まるで幼児のような振るまいに、その場にいる誰もが眉を顰める。それでも立ち上がる手助けをしようとした少年より先に、再び大声がして、声の主がその少女とスカーレットの間に立ち塞がった。
「スカーレット!お前、レティに何をした?!」
「え、スミソニアン殿下?一体どうなさったの?」
スカーレットはレティというのが誰なのか分からなかったし、なぜ自分が大声で怒られているかも分からなかった。しかし、不意に気づく。この状況がゲームのシナリオに似ていることに。
「どうなさった、だと?!お前がレティにぶつかって倒したところを俺は見ていたんだぞ!」
「いいえ!私はぶつかられただけですわ」
「じゃあどうしてお前は立っていて、レティが倒れているんだ」
「……私はエドガーに助けてもらいましたが、そのレティという少女は助けてくれる方がいなかったのではないでしょうか」
スカーレットがいくら事実を言っても、スミソニアンは一向に信じる様子がなかった。
「お前がレティと呼ぶな!レティは歴としたポトリフ男爵家の令嬢なんだぞ。男爵家は貴族として認めないと言うつもりか?!」
「いいえ、まさかそんなこと思ってもいませんわ。私はそちらの女性のお名前を存じ上げなかっただけですのよ」
思わぬ嫌疑をかけられて慌てて否定する。スカーレットの普段の振る舞いを見ていれば誤解する者もいないだろうが、差別的だとの悪評は避けたい。しかし、スミソニアンは全く聞き入れなかった。
「はっ、白々しい。お前がレティを虐めていることは、俺の耳にも入っているぞ」
「まさか、そんなこと致しませんわ」
全く身に覚えがないことを言われ、スカーレットは困惑するしかない。
「口ではなんとでも言えるよな。……レティ、怪我はないか」
「ええ……少し足を痛めてしまったみたいなの」
「そうか。では俺が医務室に連れていってやろう」
「ありがとうございます、スミソニー」
スミソニアンの愛称を親しげに呼ぶ女性に唖然とする。それはまるで自分がスミソニアンの恋人であると主張するような態度だった。スミソニアンが見ていないところで、スカーレットに勝ち誇った顔を見せるのも、彼女の気の強さを感じさせた。
騒々しく去っていった2人を黙って見送る。スカーレットはもうスミソニアンにかける言葉を見つけられないでいた。
「なんて方なんでしょう」
「スカーレット様にぶつかってきておいて、謝罪もせずに被害者ぶっていたわよね」
「最後の顔見たか?おっかねぇな、あんな醜い顔をして」
「まさか、スカーレット様に勝ったつもりなのかね?」
スカーレット達を囲んでいた集団が口々にレティへの批判を口にする。
「スカーレット、気にするな。犬に噛まれたようなものだと思って忘れてしまえ」
「……あら、私犬に噛まれたら大分引きずってしまうと思うから、その言い様は適切じゃないわね」
「おや、それは失礼。……あまり傷ついてなくて良かった」
「心配してくれてありがとう、エドガー」
ぶっきらぼうに気遣ってくれたエドガーに微笑む。
周囲の者は次第にレティだけでなくスミソニアンのことまで批判しだした。王族を公的な場で批判するのは罰を受ける可能性がでてきてしまう。スカーレットは慌てて諫めた。
「皆様、ご心配ありがとうございます。講習の時間が迫っていますから講習室に向かいましょう。あまり王族を批判しては、思いもよらぬ災難を受けるかもしれませんよ」
王族への不敬罪という災難だ。皆それを理解して、賢く黙る。そして、その後その話題が出ることはなかった。
レティは度々スカーレットの前に現れ、スカーレットを悪役に仕立てようとした。しかし、それはたいていスカーレットの周りにいる生徒に阻まれ失敗に終わった。ゲームのシナリオ通りに行おうとするそれに、スカーレットは密かに確信を深める。この少女もスカーレットと同様にゲームの知識を持った転生者なのだと。
婚約して以来、スミソニアンはスカーレットを蔑ろにし続け、いくらスカーレットがその心に寄り添うために交流を持とうとしても、お茶を飲む約束はすっぽかされ、誕生日の贈り物でさえもスミソニアン自身から届くことはなかった。
「……あれは、スミソニアン殿下?」
「ああ、そうですわね。一緒にいるのはどなたでしょう」
ふと窓から裏庭を見下ろすと、スミソニアン殿下が木の下で誰かと話をしていた。スカーレットと一緒にいた友人のモンブラン侯爵令嬢エミリーもそれを見て首を傾げている。
「……さあ、私は存じ上げないわね」
「ああ、スカーレット様、そんなに悲しい顔をなさらないで」
スカーレットとスミソニアンが不仲であることは、貴族ならば誰もが知っている。スカーレットがスミソニアンに話しかけようとしても、スミソニアンが拒否して立ち去る場面は多くの生徒が見たことがあった。
スカーレットは王妃教育をすぐにすませるくらい優秀で、公爵令嬢という地位を振りかざして威張ることもない。またお茶会を開いたときには、相手の地位に関係なく優しい気遣いを見せると評判で、貴族子息子女から非常に人気が高かった。
だから、スカーレットに冷たく当たるスミソニアンは、取り巻き以外からは嫌われていた。王太子相手だから誰も態度には出さなかったが。
「……ごめんなさいね、エミリー。努力って実らないものなのかしらね」
スミソニアンと共にいた少女は、乙女ゲームのヒロインにとてもよく似ていた。
「きゃっ」
「おっ、と」
マナー講習に向かうため廊下を歩いていたスカーレットは何かにぶつかられて体勢を崩した。すぐ隣にいた従兄弟のエドガーに支えられて転ぶことはなかったが、一体何が起きたのか一瞬分からなかった。
「スカーレット、大丈夫か?」
「ええ、貴方のお陰よ、ありがとう」
「スカーレット様、ぶつかったところは痛くないですか?」
エドガーや友人達がスカーレットを心配してくれている。そんな時、場違いな大声が聞こえた。
「ひどいです、ぶつかってくるなんて!」
ポロポロと涙を流す少女が廊下に座り込んでいた。まるで幼児のような振るまいに、その場にいる誰もが眉を顰める。それでも立ち上がる手助けをしようとした少年より先に、再び大声がして、声の主がその少女とスカーレットの間に立ち塞がった。
「スカーレット!お前、レティに何をした?!」
「え、スミソニアン殿下?一体どうなさったの?」
スカーレットはレティというのが誰なのか分からなかったし、なぜ自分が大声で怒られているかも分からなかった。しかし、不意に気づく。この状況がゲームのシナリオに似ていることに。
「どうなさった、だと?!お前がレティにぶつかって倒したところを俺は見ていたんだぞ!」
「いいえ!私はぶつかられただけですわ」
「じゃあどうしてお前は立っていて、レティが倒れているんだ」
「……私はエドガーに助けてもらいましたが、そのレティという少女は助けてくれる方がいなかったのではないでしょうか」
スカーレットがいくら事実を言っても、スミソニアンは一向に信じる様子がなかった。
「お前がレティと呼ぶな!レティは歴としたポトリフ男爵家の令嬢なんだぞ。男爵家は貴族として認めないと言うつもりか?!」
「いいえ、まさかそんなこと思ってもいませんわ。私はそちらの女性のお名前を存じ上げなかっただけですのよ」
思わぬ嫌疑をかけられて慌てて否定する。スカーレットの普段の振る舞いを見ていれば誤解する者もいないだろうが、差別的だとの悪評は避けたい。しかし、スミソニアンは全く聞き入れなかった。
「はっ、白々しい。お前がレティを虐めていることは、俺の耳にも入っているぞ」
「まさか、そんなこと致しませんわ」
全く身に覚えがないことを言われ、スカーレットは困惑するしかない。
「口ではなんとでも言えるよな。……レティ、怪我はないか」
「ええ……少し足を痛めてしまったみたいなの」
「そうか。では俺が医務室に連れていってやろう」
「ありがとうございます、スミソニー」
スミソニアンの愛称を親しげに呼ぶ女性に唖然とする。それはまるで自分がスミソニアンの恋人であると主張するような態度だった。スミソニアンが見ていないところで、スカーレットに勝ち誇った顔を見せるのも、彼女の気の強さを感じさせた。
騒々しく去っていった2人を黙って見送る。スカーレットはもうスミソニアンにかける言葉を見つけられないでいた。
「なんて方なんでしょう」
「スカーレット様にぶつかってきておいて、謝罪もせずに被害者ぶっていたわよね」
「最後の顔見たか?おっかねぇな、あんな醜い顔をして」
「まさか、スカーレット様に勝ったつもりなのかね?」
スカーレット達を囲んでいた集団が口々にレティへの批判を口にする。
「スカーレット、気にするな。犬に噛まれたようなものだと思って忘れてしまえ」
「……あら、私犬に噛まれたら大分引きずってしまうと思うから、その言い様は適切じゃないわね」
「おや、それは失礼。……あまり傷ついてなくて良かった」
「心配してくれてありがとう、エドガー」
ぶっきらぼうに気遣ってくれたエドガーに微笑む。
周囲の者は次第にレティだけでなくスミソニアンのことまで批判しだした。王族を公的な場で批判するのは罰を受ける可能性がでてきてしまう。スカーレットは慌てて諫めた。
「皆様、ご心配ありがとうございます。講習の時間が迫っていますから講習室に向かいましょう。あまり王族を批判しては、思いもよらぬ災難を受けるかもしれませんよ」
王族への不敬罪という災難だ。皆それを理解して、賢く黙る。そして、その後その話題が出ることはなかった。
レティは度々スカーレットの前に現れ、スカーレットを悪役に仕立てようとした。しかし、それはたいていスカーレットの周りにいる生徒に阻まれ失敗に終わった。ゲームのシナリオ通りに行おうとするそれに、スカーレットは密かに確信を深める。この少女もスカーレットと同様にゲームの知識を持った転生者なのだと。
638
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の物語は始まりません。なぜならわたくしがヒロインを排除するからです。
霜月零
恋愛
わたくし、シュティリア・ホールオブ公爵令嬢は前世の記憶を持っています。
流行り病で生死の境を彷徨った時に思い出したのです。
この世界は、前世で遊んでいた乙女ゲームに酷似していると。
最愛のディアム王子をヒロインに奪われてはなりません。
そうと決めたら、行動しましょう。
ヒロインを排除する為に。
※小説家になろう様等、他サイト様にも掲載です。
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
ざまぁはハッピーエンドのエンディング後に
ララ
恋愛
私は由緒正しい公爵家に生まれたシルビア。
幼い頃に結ばれた婚約により時期王妃になることが確定している。
だからこそ王妃教育も精一杯受け、王妃にふさわしい振る舞いと能力を身につけた。
特に婚約者である王太子は少し?いやかなり頭が足りないのだ。
余計に私が頑張らなければならない。
王妃となり国を支える。
そんな確定した未来であったはずなのにある日突然破られた。
学園にピンク色の髪を持つ少女が現れたからだ。
なんとその子は自身をヒロイン?だとか言って婚約者のいるしかも王族である王太子に馴れ馴れしく接してきた。
何度かそれを諌めるも聞く耳を持たず挙句の果てには私がいじめてくるだなんだ言って王太子に泣きついた。
なんと王太子は彼女の言葉を全て鵜呑みにして私を悪女に仕立て上げ国外追放をいい渡す。
はぁ〜、一体誰の悪知恵なんだか?
まぁいいわ。
国外追放喜んでお受けいたします。
けれどどうかお忘れにならないでくださいな?
全ての責はあなたにあると言うことを。
後悔しても知りませんわよ。
そう言い残して私は毅然とした態度で、内心ルンルンとこの国を去る。
ふふっ、これからが楽しみだわ。
悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。
倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。
でも、ヒロイン(転生者)がひどい!
彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉
シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり!
私は私の望むままに生きます!!
本編+番外編3作で、40000文字くらいです。
⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。
悪役令嬢の私、計画通り追放されました ~無能な婚約者と傾国の未来を捨てて、隣国で大商人になります~
希羽
恋愛
「ええ、喜んで国を去りましょう。――全て、私の計算通りですわ」
才色兼備と謳われた公爵令嬢セラフィーナは、卒業パーティーの場で、婚約者である王子から婚約破棄を突きつけられる。聖女を虐げた「悪役令嬢」として、満座の中で断罪される彼女。
しかし、その顔に悲壮感はない。むしろ、彼女は内心でほくそ笑んでいた――『計画通り』と。
無能な婚約者と、沈みゆく国の未来をとうに見限っていた彼女にとって、自ら悪役の汚名を着て国を追われることこそが、完璧なシナリオだったのだ。
莫大な手切れ金を手に、自由都市で商人『セーラ』として第二の人生を歩み始めた彼女。その類まれなる才覚は、やがて大陸の経済を揺るがすほどの渦を巻き起こしていく。
一方、有能な彼女を失った祖国は坂道を転がるように没落。愚かな元婚約者たちが、彼女の真価に気づき後悔した時、物語は最高のカタルシスを迎える――。
婚約破棄ですか……。……あの、契約書類は読みましたか?
冬吹せいら
恋愛
伯爵家の令息――ローイ・ランドルフは、侯爵家の令嬢――アリア・テスタロトと婚約を結んだ。
しかし、この婚約の本当の目的は、伯爵家による侯爵家の乗っ取りである。
侯爵家の領地に、ズカズカと進行し、我がもの顔で建物の建設を始める伯爵家。
ある程度領地を蝕んだところで、ローイはアリアとの婚約を破棄しようとした。
「おかしいと思いませんか? 自らの領地を荒されているのに、何も言わないなんて――」
アリアが、ローイに対して、不気味に語り掛ける。
侯爵家は、最初から気が付いていたのだ。
「契約書類は、ちゃんと読みましたか?」
伯爵家の没落が、今、始まろうとしている――。
断罪現場に遭遇したので悪役令嬢を擁護してみました
ララ
恋愛
3話完結です。
大好きなゲーム世界のモブですらない人に転生した主人公。
それでも直接この目でゲームの世界を見たくてゲームの舞台に留学する。
そこで見たのはまさにゲームの世界。
主人公も攻略対象も悪役令嬢も揃っている。
そしてゲームは終盤へ。
最後のイベントといえば断罪。
悪役令嬢が断罪されてハッピーエンド。
でもおかしいじゃない?
このゲームは悪役令嬢が大したこともしていないのに断罪されてしまう。
ゲームとしてなら多少無理のある設定でも楽しめたけど現実でもこうなるとねぇ。
納得いかない。
それなら私が悪役令嬢を擁護してもいいかしら?
婚約破棄を求められました。私は嬉しいですが、貴方はそれでいいのですね?
ゆるり
恋愛
アリシエラは聖女であり、婚約者と結婚して王太子妃になる筈だった。しかし、ある少女の登場により、未来が狂いだす。婚約破棄を求める彼にアリシエラは答えた。「はい、喜んで」と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる