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「いらっしゃいませ…」
来客を告げるベルが鳴り、入り口に目をやるとなんと現れたのはカネーシオだった。王都で働くことは伝えてあったが、どこかまでは知らないはず。何故ここに彼が?
「朝、君がここに入っていくのを見かけて。まさか職場が近いとはな」
「あなたの勤める弁護士事務所ってもしかして隣の通りの?」
「そうだ」
「……」
「今日は時間があったから外で食べようとしただけだ。通いつめたりはしないさ」
「…メニューはこちらになります。お決まりになりましたらお声がけください」
王都は広い。広いはずだ。なのにどうして出会ってしまうのか。会う約束はもっと先だというのに。こんなに近くで働いていたら、意図せず何度も会うことになる予感しかない。
「王都の生活には慣れた?」
「えぇ」
「どこか行きたいところがあったら言ってくれ」
ようやく新しい生活に慣れてきたところで、まだ家の近所しか開拓できていない。王立の美術館と植物園は絶対に行きたいと思っている。百貨店で買い物もしたい。王都で長く暮らす予定はないから、目ぼしい観光名所は押さえておきたい。…が、それをこの人と一緒にいく必要はないじゃないか。
「…もうロクシー君と行ってしまったかな」
「いえ、フィリップとは…」
「彼とは最近会っているのか」
「お仕事が忙しそうなのでなかなか会う時間がなくて」
「……そうか」
少し歯切れの悪い話し方に疑問が浮かんだが、それ以上彼は私に話しかけては来なかった。通いつめないという言葉通り、彼は不定期で来店するようになった。私が休みの日に来ることもあるらしく、同僚にも私の知り合いとしてばっちり認知されているようだった。
おかしい、何もかもがおかしい。何故かどんどん交流が深まっている。美術館も植物館も一緒に行ったし、何の目的もない買い物にも付き合ってくれた。最近完成したという王都を一望できる高層の塔から見る景色は圧巻だった―――そうじゃない。
「リーンもそろそろ自分の気持ちに素直になったら?」
「私は別に…」
「僕ね恋人ができたんだ。だから、君の恋人のフリはできなくなった。ごめんね」
「何を言っているの、おめでとう。むしろ今まで巻き込んでごめんなさい」
「カネーシオさんには」
「会う約束をしているから、その時に伝えるわ」
フィリップに恋人ができたことは喜ばしい。元々その場しのぎの嘘であって、無関係の彼を巻き込んでしまって申し訳なかった。しかし、フィリップと別れたとカネーシオに伝えたらどうなるのだろう。しばらく失恋のショックを言い訳にして、新しい出会いを見つけられるだろうか。
幼馴染に頼ることができなくなった現在、1人でどう過ごしていくかを考えていると、何の悪戯かカネーシオが私たちの前に現れた。
「丁度よかった。ロクシー、君に話がある」
「僕に話ですか?」
「リーンと別れてくれ」
2人の仲を裂くつもりはないと言っていた彼がどうしたのか。そもそも付き合っていたわけでもなく、丁度つい先ほど恋人のフリも解消したばかりではあるが。
「先日君が別の女性と親しそうに歩いているのを見かけた。不誠実な男はリーンにふさわしくない。そもそもリーンがいながら他の女性と」
「カネーシオさん、誤解があります。フィリップは何も悪くありません。事情は私が説明しますから」
今にも殴り掛かりそうな勢いの彼の腕を引っ張る。どうやらフィリップと恋人が一緒にいるところを見て浮気していると思ったのだろう。
「君はこの男をかばうのか。目を覚ませ」
「落ち着くのはあなたです。フィリップと私は付き合っていません。あなたとの婚約を断る為についた嘘だったんです」
「嘘?」
「フィリップ。巻き込んでごめんなさい。これから彼と話をしたいから今日は」
「ちゃんと素直な気持ちを伝えるんだよ。カネーシオさん、リーンをお願いします」
それだけ告げるとフィリップは去っていく。嘘をつくような人間は不誠実だと嫌われるかもしれない。そうだといい。彼の人生に私はいないほうがいい。
「あいつと結婚の約束をしていないのは本当か?」
「えぇ…ずっと騙していてごめんなさい」
「では俺と結婚しよう」
「急すぎます。それに、私たちは結ばれるべきじゃない」
「どうして」
「これから少しおかしなことを言います。私には前世の記憶があるんです」
前世で私の父は、彼の一族から恨みを買っていた。彼は復讐の為に我が家を没落させ、弱っている私に近付いて恋人の座を得た。そして私は命を落とした…。前世の因縁で2人が出会ってしまったのは仕方ない。だが、間違った執着から選ばれても嬉しくないし、前世で憎んでいた相手と結婚するなんて不幸を彼に味わってほしくない。
「信じてはもらえないかもしれません。それでもかつて憎んでいた相手とはもう離れたほうがいいと思います。今までありがとうございました。今後私と出くわしても見なかったことにしてください」
幼馴染を巻き込んで恋人がいると嘘をつくし、前世の話なんておかしなことも言った。今度こそ終わりにできただろう。あとはこの場から消えるのみだ。彼に背を向けようとした時、予想外の発言が聞こえて私はその場から動けなくなった。
「覚えているのが自分だけだと思うな」
来客を告げるベルが鳴り、入り口に目をやるとなんと現れたのはカネーシオだった。王都で働くことは伝えてあったが、どこかまでは知らないはず。何故ここに彼が?
「朝、君がここに入っていくのを見かけて。まさか職場が近いとはな」
「あなたの勤める弁護士事務所ってもしかして隣の通りの?」
「そうだ」
「……」
「今日は時間があったから外で食べようとしただけだ。通いつめたりはしないさ」
「…メニューはこちらになります。お決まりになりましたらお声がけください」
王都は広い。広いはずだ。なのにどうして出会ってしまうのか。会う約束はもっと先だというのに。こんなに近くで働いていたら、意図せず何度も会うことになる予感しかない。
「王都の生活には慣れた?」
「えぇ」
「どこか行きたいところがあったら言ってくれ」
ようやく新しい生活に慣れてきたところで、まだ家の近所しか開拓できていない。王立の美術館と植物園は絶対に行きたいと思っている。百貨店で買い物もしたい。王都で長く暮らす予定はないから、目ぼしい観光名所は押さえておきたい。…が、それをこの人と一緒にいく必要はないじゃないか。
「…もうロクシー君と行ってしまったかな」
「いえ、フィリップとは…」
「彼とは最近会っているのか」
「お仕事が忙しそうなのでなかなか会う時間がなくて」
「……そうか」
少し歯切れの悪い話し方に疑問が浮かんだが、それ以上彼は私に話しかけては来なかった。通いつめないという言葉通り、彼は不定期で来店するようになった。私が休みの日に来ることもあるらしく、同僚にも私の知り合いとしてばっちり認知されているようだった。
おかしい、何もかもがおかしい。何故かどんどん交流が深まっている。美術館も植物館も一緒に行ったし、何の目的もない買い物にも付き合ってくれた。最近完成したという王都を一望できる高層の塔から見る景色は圧巻だった―――そうじゃない。
「リーンもそろそろ自分の気持ちに素直になったら?」
「私は別に…」
「僕ね恋人ができたんだ。だから、君の恋人のフリはできなくなった。ごめんね」
「何を言っているの、おめでとう。むしろ今まで巻き込んでごめんなさい」
「カネーシオさんには」
「会う約束をしているから、その時に伝えるわ」
フィリップに恋人ができたことは喜ばしい。元々その場しのぎの嘘であって、無関係の彼を巻き込んでしまって申し訳なかった。しかし、フィリップと別れたとカネーシオに伝えたらどうなるのだろう。しばらく失恋のショックを言い訳にして、新しい出会いを見つけられるだろうか。
幼馴染に頼ることができなくなった現在、1人でどう過ごしていくかを考えていると、何の悪戯かカネーシオが私たちの前に現れた。
「丁度よかった。ロクシー、君に話がある」
「僕に話ですか?」
「リーンと別れてくれ」
2人の仲を裂くつもりはないと言っていた彼がどうしたのか。そもそも付き合っていたわけでもなく、丁度つい先ほど恋人のフリも解消したばかりではあるが。
「先日君が別の女性と親しそうに歩いているのを見かけた。不誠実な男はリーンにふさわしくない。そもそもリーンがいながら他の女性と」
「カネーシオさん、誤解があります。フィリップは何も悪くありません。事情は私が説明しますから」
今にも殴り掛かりそうな勢いの彼の腕を引っ張る。どうやらフィリップと恋人が一緒にいるところを見て浮気していると思ったのだろう。
「君はこの男をかばうのか。目を覚ませ」
「落ち着くのはあなたです。フィリップと私は付き合っていません。あなたとの婚約を断る為についた嘘だったんです」
「嘘?」
「フィリップ。巻き込んでごめんなさい。これから彼と話をしたいから今日は」
「ちゃんと素直な気持ちを伝えるんだよ。カネーシオさん、リーンをお願いします」
それだけ告げるとフィリップは去っていく。嘘をつくような人間は不誠実だと嫌われるかもしれない。そうだといい。彼の人生に私はいないほうがいい。
「あいつと結婚の約束をしていないのは本当か?」
「えぇ…ずっと騙していてごめんなさい」
「では俺と結婚しよう」
「急すぎます。それに、私たちは結ばれるべきじゃない」
「どうして」
「これから少しおかしなことを言います。私には前世の記憶があるんです」
前世で私の父は、彼の一族から恨みを買っていた。彼は復讐の為に我が家を没落させ、弱っている私に近付いて恋人の座を得た。そして私は命を落とした…。前世の因縁で2人が出会ってしまったのは仕方ない。だが、間違った執着から選ばれても嬉しくないし、前世で憎んでいた相手と結婚するなんて不幸を彼に味わってほしくない。
「信じてはもらえないかもしれません。それでもかつて憎んでいた相手とはもう離れたほうがいいと思います。今までありがとうございました。今後私と出くわしても見なかったことにしてください」
幼馴染を巻き込んで恋人がいると嘘をつくし、前世の話なんておかしなことも言った。今度こそ終わりにできただろう。あとはこの場から消えるのみだ。彼に背を向けようとした時、予想外の発言が聞こえて私はその場から動けなくなった。
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