上 下
101 / 113

第百○一話 夢の中へ〜聖女〜

しおりを挟む
聖女は夢の中をゆっくりと落ちていく。

目が覚めた時には、昔好きだった愛おしい人が目の前で待っていた。

「起きたかい?今日は朝食を食べたらどこか遊びに行こうか?」

微笑みかけてくれるのが嬉しくて手をとると飛び起きた。
聖女など大それた呼び名など知らない。
ただのサラの時の話。

そこまで裕福ではないが、聖女としての力が目覚める前だった。
一緒になろうと将来を約束していた青年がいた。
いつも、その青年と山で山菜をとったり薬草をとって売ったりという
誰でもやっているような生活をしていた。

そう、あの日全てが無くなったあの日が来なければずっと幸せだった。
魔物の襲撃だった。

小さな街だった為、冒険者も少なく、その日は特に誰もいなかった。
朝も天気がよくて森へ一緒に出かけていた。
そこで傷だらけの獣を見つけたのだ。

そこですぐに街に帰って知らせていればよかった。
だが、そうはしなかった。
そのまま放置してしまった。

それは魔物が移動してきた証拠で、近隣に住む獣たちのサインだった。
そのまま奥へと進むといつも薬草を取る場所へときた。

いつより騒がしく感じた。
それにも気に留める事はなくて、青年と一緒にいられる事が嬉しくて
舞い上がっていた。

そして、その帰りに偶然出会ってしまった。
オーガである。
戦闘に慣れていない青年と逃げまどうが、青年が盾になってそこで命
を落としてしまった。

サラはそこでハッとなって青年を見上げた。
この記憶は…?
どうして自分にこれから起こるであろう未来がわかるのだろう?
しかし、こうしては居られなかった。

「今日は早く帰りましょう!」
「サラ?まだ来たばかりだよ?もっといっぱいとっておかないと困る
 だろう?」
「今はダメ、すぐに帰らなくちゃ!早く逃げるの!」

聞き迫る思いで説得して街へと帰った。
家に着くとお金を全部持ち出すと青年の手を取った。

「早く逃げましょ!今からすぐに!」
「何を言ってるんだ?明日は仕事に行かないと…」
「もうそれも出来なくなるの!急いでっ、お願い!」

サラの必死の形相に青年も何か違和感を感じたのか家に帰ると大事な
荷物を全部詰め込んだ。

「これからどうするんだい?」
「乗り合い馬車を探すの!今すぐにここを出なくちゃ!」
「今すぐ?何があるんだ、教えてくれないか?」
「オーガの群れが、もうすぐここに来るの!でも、今日は冒険者達も
 いないから太刀打ちできないのよ。」
「オーガが?オーガは群れでは行動しないだろう?」
「それがするのよ!お願い信じて?」
「分かった、サラ、君を信じるよ、ちょっと待ってて」

門を守る兵士にその話をしたが誰も信じてはくれなかった。
ギルドにも知らせたが笑われるだけで、その間にもサラは今すぐに
出発する馬車を探していた。

偶然見つけると多めにお金を払うと青年を待ってもらった。
青年が来ると一緒に乗って街を出た。

本当なら、ここで青年が死んで街も壊滅状態になる。
そしてその光景を見たサラが青年を必死に治そうと足掻いて聖女の
称号を手に入れたのだった。

数少ない街の人を救う事ができた筈だ。
だが、サラは逃げ出してしまった。

あの街はもう、誰も助からない。

分かっていても残る気にはなれなかった。
隣町へと来るとギルド経由で街が壊滅したと聞かされた。

「サラ…君は…」
「よかった~、今度は助かったのね…」
「君は本当に知っていたのか?どうして?」
「誰に話しても信じてくれなかったでしょ?信じてくれたのは貴方
 だけよ?」

隣町は比較的冒険者も大く、兵も整っていた。
そして、一つの街が壊滅した事で国が兵を送ったのだ。

魔物は鎮圧され、その街で一緒に住むことになった。
聖女になんてならなくてもいい。
こうやって小さくても幸せが手に入るならそれでいい。

いつしか、勇者と一緒に戦う事になんてならなくてもいい。
好きな人と、一生一緒に暮らせる幸せを謳歌したい。

そんな願いが今、叶おうとしていた。

それから無事に魔物を兵士達が討伐したと言う知らせを聞いた。
青年と共にサラはその街に住み着く事になった。

結婚してもう何年が経つだろう。
聖女になどならないもう一つの未来があったのだと自覚するとこの
小さな幸せを守って生きたいと思い初めていた。

「よかった~あの時逃げてたおかげで、女として生きていけるんだ…」
「サラ、起きてるかい?」
「は~い、貴方~今行くわ~」

すぐに庭へ出ると今日も庭でできた野菜が美味しそうにできていた。
笑顔が絶えない家庭。
女としての幸せ、いつも聖女という立場で眺めていた光景を今、手に
していると思うだけで顔がニヤけてくる。

蔦に絡みつかれながら、理想の夢の中を彷徨っている。
自分の願うもう一つの未来。
叶えられなかった、過去を改変したと思い込んでいる未来の世界を夢
で手にしたまやかしの幸せに浸かりながら、長い時の中を彷徨い続け
ていくのだった。

身体は段々と埋まっていく。
そのままチリとなって果てるまで時間の問題だった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【異世界大量転生5終】辺境伯次男は鬱展開を全力で回避する

BL / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:3,381

婚約者の恋

BL / 連載中 24h.ポイント:127pt お気に入り:3,105

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:376pt お気に入り:4,463

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

恋愛 / 完結 24h.ポイント:497pt お気に入り:5,843

獣人だらけの世界に若返り転移してしまった件

BL / 連載中 24h.ポイント:28,314pt お気に入り:1,023

少年王子はゲーム世界に翻弄される

BL / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:285

処理中です...