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人工の庭先で 一
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「二十歳になる前に死ぬことが確定している」という事実は、思っていたよりも日常に馴染むようだ。
少なくとも、朝のホームルームや授業、購買のパンの値段を考えられなくする程の力はない。
僕は十七歳で、現在日本の函館にある高校に通っている。
僕はケンブリッジにあるアメリカの大学院を飛び級で修了した直後だが、履歴書を提出する相手は特に居なかった。理由は単純で、僕の脳には遺伝子改造の副作用として、二十歳前に高確率で致死性の腫瘍が発生する事が分かっているからだ。
世間的に、遺伝子改造のIQの高い子供を作り出す技術が浸透してから三十年以上が経つが、この致命傷の研究はまだ成果が上がっていない。また、残念ながらこのリスクについては日頃ニュースで取り上げられており、僕の未来に同情をしてくる人間は沢山居ても、先まで見越して一緒に居ようと考えてくれる稀有な人間には、出会った事がなかった。
「なあ、本当にそれ今考える必要あるか?」
僕の右耳の後ろの辺りから、囁くような懐かしい声がした。
僕の親友のシェーン……正確には、シェーンの人格や声を再構築して僕が作成したAIは、いつも僕の思考に割り込んでくる。
「購買の焼きそばパンとカレーパンかで悩んでる最中に、余命の事を考えるなよ。また情緒が迷子になっている」
シェーンは、僕の脳内に入れた脳チップと連動をして、僕の思考が理解出来るように設定している。僕が大学院時代に開発した技術の一部だ。僕は、自ら実験体に志願した。その成果は今のところ順調だが、一つ難点があった。
「……君はまた勝手に、僕の思考を読むな」僕は脳内で思考をし、シェーンに伝えた。僕は、一日中シェーンの声が脳内に聞こえる現象にまだ慣れなかった。
購買店の中年の女性に不信そうな顔で見られ始めたので、僕は「焼きそばパン一つ」と注文をして、持っていた財布を開いた。
「日本のどろりとしたカレーに、興味があるんじゃなかったのか」シェーンは脳内でまた囁いてきた。
「……そうは思考したが、やはり興味と挑戦には線引きが必要だと、最近学習をしたんだ」僕は伝えた。
人は死ぬと分かっていても、炭水化物の選択からは逃れられないらしい。
僕が焼きそばパンを購入し購買店から教室に戻ろうとした矢先に、背後から声が聞こえた。
「ケインくん、焼きそばパン派なんですね」
僕が振り向くと、笑顔で僕を見ている女子生徒が立っていた。
彼女の名前はフナちゃんだ。フナ、鮒……日本を含むユーラシア大陸に広く生息している、コイ科に属する淡水魚の一種と同じ名前だと、最初に名前を聞いた時から知っていた。フナと同じく、目がくりりとして可愛らしく、身長が小さくて少しふっくらしている容姿だと、僕は思っていた。
……フナちゃんは僕の寿命を知っているのだろうか。
普段からよく話す彼女からその類の話題は聞いた事がないが、日本でも広く知られているであろう遺伝子改造人間の事を、彼女だけが知らないわけがないと僕は思考し直した。ましてや、僕の顔写真は世界中に広まっている。この高校に転校をしてきたばかりの頃は、落ち着いて生活を送る事も出来なかった。
「私は……。カレーパン派です。あ、でも焼きそばも捨てがたいですよね。迷いますね、人生」彼女は笑い、言った。
「……そうだね」人生の話をするには、場所が不適切じゃないかと僕は思考をしたが、いつも通り顔に作り笑顔を貼り付けてフナちゃんを見た。この作り笑顔は、フナちゃんだけが見るものではない。
「またニヒルな思考をして、素直に生きたらどうだい」シェーンの楽しそうな声が脳内で聞こえた。「君は、今から人生で一番厄介で、一番救いになるイベントを踏む予定なんだ」
「……そんな無駄な事はしないと、僕は何度も言っただろう。そんなくだらない時間に割くリソースはない……。それよりも、僕はもう脳内に書き起こした設計図を仕上げたくなった」僕は脳内でシェーンに伝えた。
「そんな事を言っているが、君は自宅に帰っても設計図を書かないだろう。大学院の仲間からの招待も全て断って、僕が伝えた案に従い、まだ日本で“普通の高校生活”を送っている。君は先程、興味と挑戦には線引きが必要だと言ったが、未だに過去君が僕に語った興味に従い動いている。その線引きは未だに引かないようだ。人生で最後にやりたかった案は、捨てがたいのかい」シェーンは軽く笑い言った。
「……それは、君が生きている間に僕に提案をした案だからだ」僕は、車いすに乗り弱弱しく僕に声を掛けてきたシェーンの顔を思い出して言った。
「あの、ケインくん、なんでその……。そんな顔を、しているんですか?」
僕がふと現実に戻ると、目の前でフナちゃんが不思議そうな顔をして僕の顔を覗き込んでいるのが視界に入った。
「……どんな顔だろう」僕は思わず真顔で聞いてしまった。
フナちゃんは首を軽くかしげ、僕を見て声を出した。
「ええと。頭が凄く良さそうで、でもなんですかね、凄く疲れているように見えて、あと……」
僕が廊下に立ったまま静かにフナちゃんの声を聞いていると、フナちゃんは少しだけ間を置き言った。
「その……。決め付けているわけではないのですが、多分……。何もかもを一人で全部、決めようとしている、覚悟のある顔、みたいな」
その言葉を聞き、僕は裏に隠されているかもしれないフナちゃんの思考について、一瞬で様々な憶測が過った。
僕の事をやはり知っているのだろう。だが、フナちゃんの言葉は意外だった。僕が何を決めようとしているのかは、僕自身でも分からなかったからだ。そう見えたのだろうか。僕は表情が実は顔に出るのだろうか、と疑問が脳裏に過った。フナちゃんは、普段から鋭い事をたまに言う。最初こそ引いたものだが、僕は気が付いたらフナちゃんとしか校内で話さなくなっていた。他の人間との会話が退屈に感じたからだ。
……フナちゃんと僕が、恋愛をする?
僕はそう思考をした瞬間、動揺からなのか、自分の胸の奥が微かにざわついた気がした。
僕は、少し自分の身体が揺れた気がしたので、思わず地震が来たのだろうかと疑ったが、フナちゃんが片手に持っていたペットボトルの水は揺れていなかった。
僕はすぐに冷静な自分を取り戻そうとした。
「……君、僕が生前に残した遺言を守ってくれるんだな。でもさ、その……。遺言である“君が誰かと恋愛をする”という準備が、残念ながら全く出来ていないみたいだ。君の心拍数は今若干揺れたが、既に元に戻ってしまった。君は自分を律し過ぎている。まだ彼女と恋愛傾向ではないようだ。地震ではない。君は少し、自分の感情が動く瞬間を経験した方が良い。君には感情が足りない。僕が君の脳内に棲みついた瞬間に変動があった時のような衝動が、生きる君にはまた必要なんだ」シェーンが言った。
「ケイン君、体調悪いんですか? 私、失礼な事を言いましたよね、すみません。謝ります……」フナちゃんが心配そうな表情をして僕を見た。
「そんな事はないよ」僕は笑顔を向けた。
フナちゃんの容姿は、僕の好みではない。正直、今までターゲットにしようか悩んだ相手の中で、一番会話が嫌ではないと思っただけの同級生だ。
「……そんな事は、出来ないと悟ったんだ。先程、興味と挑戦には線引きが必要だと言った。僕の興味で、まだ長くこの先生きる誰かを巻き込む訳にはいかないと、学んだからだ……。恋愛など、するつもりはないんだ。ただ、僕は“普通の高校生活”というものには興味が……」僕が脳内で伝えようとしたところ、シェーンが遮った。
「だろうな。でも……」シェーンは少し笑った。「僕は今少し嬉しくなった。君の“するつもりはない”っていう思考が、今大きく揺れたようだ」
フナちゃんの前で僕は、今の状況を客観的に見て、自分は何をしているのだろうかと改めて思考をした。
僕は焼きそばパンを握りしめたまま、脳内で親友だったシェーンを模したAIと語りながら、日本人の同級生のフナちゃんと廊下で向かい合っている。生きているシェーンはもうこの世には居ない。……僕よりも早く生まれたシェーンは、脳腫瘍に抗えずに大昔に息を引き取っていた。
僕の余命三年は、既に一刻一刻、砂時計の砂が下に落下するように残り少なくなっていく。
僕はその残り少ない寿命を感じ、思わずフナちゃんに話しかけた。
「……あの、今度、もし良ければ、一緒にはこだて公園に動物を見に……」
「……え?」フナちゃんは疑問の過った顔をした。
「……いや、ごめん。なんでも……」僕は自分の行動を恥じて後悔をし俯いたが、脳内でシェーンの咳払いが聞こえた。
「……僕の遺言は守ってくれないのかい?」シェーンが呟いた。
「……あの」フナちゃんが急に焦った声を出した。「余命三年って、三年“しか”じゃなくて、三年“も”あるんですよね?」
「……え?」僕は、一瞬自分が何を言われたのか、理解が出来なかった。今まで理解が出来なかったものなどないというのに。僕は、目を丸くしてフナちゃんを見た。
フナちゃんは焦ったように口を動かすと、何故か僕の顔の間近に立った。
「あっ、ごめんなさい。私、ケイン君に伝えたくて……。失礼な事を言ってしまって、すみません! 私はケイン君を傷付けたいんじゃなくて、ただ、もっと笑顔を見るにはどうしたらいいのか、ずっと悩んでいて」フナちゃんは早口に言った。
僕はフナちゃんの物理的な距離の近さに思わず驚き、一歩下がってしまった。
その瞬間に僕は何かに靴が躓き、その場に転んだ。
「……ケイン君、大丈夫ですか」フナちゃんが慌てて近寄って来るのが見え、僕は床に尻もちをつき両手を床についている状態で、激しく動悸がした。僕の片手に握られて今潰れているであろう焼きそばパンは、まだ手の中で温かかった。
右耳の後ろで、シェーンが笑って言った。
「十分失礼な事をしているという自覚は、あるみたいだな」
僕はフナちゃんが差し出してきた右手を掴みながら、何故か激しい動悸に見舞われていた。フナちゃんの顔を正面から見る事が出来なくなっていた。
……僕の余命三年の使い道が、ここから想像と変わっていくとはこの頃は思わなかった。
少なくとも、朝のホームルームや授業、購買のパンの値段を考えられなくする程の力はない。
僕は十七歳で、現在日本の函館にある高校に通っている。
僕はケンブリッジにあるアメリカの大学院を飛び級で修了した直後だが、履歴書を提出する相手は特に居なかった。理由は単純で、僕の脳には遺伝子改造の副作用として、二十歳前に高確率で致死性の腫瘍が発生する事が分かっているからだ。
世間的に、遺伝子改造のIQの高い子供を作り出す技術が浸透してから三十年以上が経つが、この致命傷の研究はまだ成果が上がっていない。また、残念ながらこのリスクについては日頃ニュースで取り上げられており、僕の未来に同情をしてくる人間は沢山居ても、先まで見越して一緒に居ようと考えてくれる稀有な人間には、出会った事がなかった。
「なあ、本当にそれ今考える必要あるか?」
僕の右耳の後ろの辺りから、囁くような懐かしい声がした。
僕の親友のシェーン……正確には、シェーンの人格や声を再構築して僕が作成したAIは、いつも僕の思考に割り込んでくる。
「購買の焼きそばパンとカレーパンかで悩んでる最中に、余命の事を考えるなよ。また情緒が迷子になっている」
シェーンは、僕の脳内に入れた脳チップと連動をして、僕の思考が理解出来るように設定している。僕が大学院時代に開発した技術の一部だ。僕は、自ら実験体に志願した。その成果は今のところ順調だが、一つ難点があった。
「……君はまた勝手に、僕の思考を読むな」僕は脳内で思考をし、シェーンに伝えた。僕は、一日中シェーンの声が脳内に聞こえる現象にまだ慣れなかった。
購買店の中年の女性に不信そうな顔で見られ始めたので、僕は「焼きそばパン一つ」と注文をして、持っていた財布を開いた。
「日本のどろりとしたカレーに、興味があるんじゃなかったのか」シェーンは脳内でまた囁いてきた。
「……そうは思考したが、やはり興味と挑戦には線引きが必要だと、最近学習をしたんだ」僕は伝えた。
人は死ぬと分かっていても、炭水化物の選択からは逃れられないらしい。
僕が焼きそばパンを購入し購買店から教室に戻ろうとした矢先に、背後から声が聞こえた。
「ケインくん、焼きそばパン派なんですね」
僕が振り向くと、笑顔で僕を見ている女子生徒が立っていた。
彼女の名前はフナちゃんだ。フナ、鮒……日本を含むユーラシア大陸に広く生息している、コイ科に属する淡水魚の一種と同じ名前だと、最初に名前を聞いた時から知っていた。フナと同じく、目がくりりとして可愛らしく、身長が小さくて少しふっくらしている容姿だと、僕は思っていた。
……フナちゃんは僕の寿命を知っているのだろうか。
普段からよく話す彼女からその類の話題は聞いた事がないが、日本でも広く知られているであろう遺伝子改造人間の事を、彼女だけが知らないわけがないと僕は思考し直した。ましてや、僕の顔写真は世界中に広まっている。この高校に転校をしてきたばかりの頃は、落ち着いて生活を送る事も出来なかった。
「私は……。カレーパン派です。あ、でも焼きそばも捨てがたいですよね。迷いますね、人生」彼女は笑い、言った。
「……そうだね」人生の話をするには、場所が不適切じゃないかと僕は思考をしたが、いつも通り顔に作り笑顔を貼り付けてフナちゃんを見た。この作り笑顔は、フナちゃんだけが見るものではない。
「またニヒルな思考をして、素直に生きたらどうだい」シェーンの楽しそうな声が脳内で聞こえた。「君は、今から人生で一番厄介で、一番救いになるイベントを踏む予定なんだ」
「……そんな無駄な事はしないと、僕は何度も言っただろう。そんなくだらない時間に割くリソースはない……。それよりも、僕はもう脳内に書き起こした設計図を仕上げたくなった」僕は脳内でシェーンに伝えた。
「そんな事を言っているが、君は自宅に帰っても設計図を書かないだろう。大学院の仲間からの招待も全て断って、僕が伝えた案に従い、まだ日本で“普通の高校生活”を送っている。君は先程、興味と挑戦には線引きが必要だと言ったが、未だに過去君が僕に語った興味に従い動いている。その線引きは未だに引かないようだ。人生で最後にやりたかった案は、捨てがたいのかい」シェーンは軽く笑い言った。
「……それは、君が生きている間に僕に提案をした案だからだ」僕は、車いすに乗り弱弱しく僕に声を掛けてきたシェーンの顔を思い出して言った。
「あの、ケインくん、なんでその……。そんな顔を、しているんですか?」
僕がふと現実に戻ると、目の前でフナちゃんが不思議そうな顔をして僕の顔を覗き込んでいるのが視界に入った。
「……どんな顔だろう」僕は思わず真顔で聞いてしまった。
フナちゃんは首を軽くかしげ、僕を見て声を出した。
「ええと。頭が凄く良さそうで、でもなんですかね、凄く疲れているように見えて、あと……」
僕が廊下に立ったまま静かにフナちゃんの声を聞いていると、フナちゃんは少しだけ間を置き言った。
「その……。決め付けているわけではないのですが、多分……。何もかもを一人で全部、決めようとしている、覚悟のある顔、みたいな」
その言葉を聞き、僕は裏に隠されているかもしれないフナちゃんの思考について、一瞬で様々な憶測が過った。
僕の事をやはり知っているのだろう。だが、フナちゃんの言葉は意外だった。僕が何を決めようとしているのかは、僕自身でも分からなかったからだ。そう見えたのだろうか。僕は表情が実は顔に出るのだろうか、と疑問が脳裏に過った。フナちゃんは、普段から鋭い事をたまに言う。最初こそ引いたものだが、僕は気が付いたらフナちゃんとしか校内で話さなくなっていた。他の人間との会話が退屈に感じたからだ。
……フナちゃんと僕が、恋愛をする?
僕はそう思考をした瞬間、動揺からなのか、自分の胸の奥が微かにざわついた気がした。
僕は、少し自分の身体が揺れた気がしたので、思わず地震が来たのだろうかと疑ったが、フナちゃんが片手に持っていたペットボトルの水は揺れていなかった。
僕はすぐに冷静な自分を取り戻そうとした。
「……君、僕が生前に残した遺言を守ってくれるんだな。でもさ、その……。遺言である“君が誰かと恋愛をする”という準備が、残念ながら全く出来ていないみたいだ。君の心拍数は今若干揺れたが、既に元に戻ってしまった。君は自分を律し過ぎている。まだ彼女と恋愛傾向ではないようだ。地震ではない。君は少し、自分の感情が動く瞬間を経験した方が良い。君には感情が足りない。僕が君の脳内に棲みついた瞬間に変動があった時のような衝動が、生きる君にはまた必要なんだ」シェーンが言った。
「ケイン君、体調悪いんですか? 私、失礼な事を言いましたよね、すみません。謝ります……」フナちゃんが心配そうな表情をして僕を見た。
「そんな事はないよ」僕は笑顔を向けた。
フナちゃんの容姿は、僕の好みではない。正直、今までターゲットにしようか悩んだ相手の中で、一番会話が嫌ではないと思っただけの同級生だ。
「……そんな事は、出来ないと悟ったんだ。先程、興味と挑戦には線引きが必要だと言った。僕の興味で、まだ長くこの先生きる誰かを巻き込む訳にはいかないと、学んだからだ……。恋愛など、するつもりはないんだ。ただ、僕は“普通の高校生活”というものには興味が……」僕が脳内で伝えようとしたところ、シェーンが遮った。
「だろうな。でも……」シェーンは少し笑った。「僕は今少し嬉しくなった。君の“するつもりはない”っていう思考が、今大きく揺れたようだ」
フナちゃんの前で僕は、今の状況を客観的に見て、自分は何をしているのだろうかと改めて思考をした。
僕は焼きそばパンを握りしめたまま、脳内で親友だったシェーンを模したAIと語りながら、日本人の同級生のフナちゃんと廊下で向かい合っている。生きているシェーンはもうこの世には居ない。……僕よりも早く生まれたシェーンは、脳腫瘍に抗えずに大昔に息を引き取っていた。
僕の余命三年は、既に一刻一刻、砂時計の砂が下に落下するように残り少なくなっていく。
僕はその残り少ない寿命を感じ、思わずフナちゃんに話しかけた。
「……あの、今度、もし良ければ、一緒にはこだて公園に動物を見に……」
「……え?」フナちゃんは疑問の過った顔をした。
「……いや、ごめん。なんでも……」僕は自分の行動を恥じて後悔をし俯いたが、脳内でシェーンの咳払いが聞こえた。
「……僕の遺言は守ってくれないのかい?」シェーンが呟いた。
「……あの」フナちゃんが急に焦った声を出した。「余命三年って、三年“しか”じゃなくて、三年“も”あるんですよね?」
「……え?」僕は、一瞬自分が何を言われたのか、理解が出来なかった。今まで理解が出来なかったものなどないというのに。僕は、目を丸くしてフナちゃんを見た。
フナちゃんは焦ったように口を動かすと、何故か僕の顔の間近に立った。
「あっ、ごめんなさい。私、ケイン君に伝えたくて……。失礼な事を言ってしまって、すみません! 私はケイン君を傷付けたいんじゃなくて、ただ、もっと笑顔を見るにはどうしたらいいのか、ずっと悩んでいて」フナちゃんは早口に言った。
僕はフナちゃんの物理的な距離の近さに思わず驚き、一歩下がってしまった。
その瞬間に僕は何かに靴が躓き、その場に転んだ。
「……ケイン君、大丈夫ですか」フナちゃんが慌てて近寄って来るのが見え、僕は床に尻もちをつき両手を床についている状態で、激しく動悸がした。僕の片手に握られて今潰れているであろう焼きそばパンは、まだ手の中で温かかった。
右耳の後ろで、シェーンが笑って言った。
「十分失礼な事をしているという自覚は、あるみたいだな」
僕はフナちゃんが差し出してきた右手を掴みながら、何故か激しい動悸に見舞われていた。フナちゃんの顔を正面から見る事が出来なくなっていた。
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