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第五章

応急処置

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 「……契約云々の前にさ、そもそも一番近い港ってどこよ?」

 そう、海図とはあくまで海の地図。
 陸地の街の表示なんて無いのだ。

 「ここ、だな。あの双子島に食料を輸出して儲けてる農業島だ。盆地型の島でな、周りの山が潮から作物を守るんで、こんな島でも農業が盛んなのさ」

 「へー。でもさ、この島まで早くてあと2日はかかるよ?」

 「……だな。襲われたくなきゃしばらく俺の部屋には近付くなよ」
 それだけ言って、アルトはフラフラと壁に手を付き立ち上がる。

 そこからまず一歩。重々しく持ち上げ前に進め。浅い呼吸を繰り返しながら、今度は逆の足をやはり重々しく持ち上げる。
 何と言うか、体の弱ったお年寄りみたいな歩き方。

 見ている方が、いつ転ぶかと心配で疲れる様な歩き方だ。
 しかも、チートな船で嵐の中でも転覆しないとはいえ、多少の揺れはある。

 ゆーらゆーらと、振れ幅の大きい横揺れの地震の様に。ちなみに震度的には2か3位?

 「……あー、分かった。血が要るのは分かったから。直接噛まれるのは今はヤバいって事で……、何かに血を移せば良いわけでしょ」

 切実に。献血カーとか採血のできる医者や看護師プリーズ!

 だけど、無い物強請りをしていても仕方無い。

 食堂へ走り、醤油皿を取り、キッチンの包丁でほんの少し指先を切って出した血を皿に垂らす。

 ……指先をちょっと切ったくらいじゃ大した出血もないだろうと思ったけど、皿の底の絵が隠れる位の量にはなった。

 焼け石に水。

 そんな言葉が脳裏に浮かぶのを頭を振って振り払い、操舵室のある3階へ戻った。

 しかし、流石に正気を失くすかも、なんて言ってる相手にコレを直接渡すのは怖くて。

 だから、廊下の床に皿を置いた。勿論扉近くに置きすぎて扉で皿をひっくり返したりしない位置に。

 そして声を上げる。

 「取り敢えずここに置いたから!」

 それだけ言い逃げして、私は風呂場に逃げ込んだ。

 その後。あえてゆっくりシャワーで汗を流し、あえてのんびり湯船に浸かって、脱衣場でまったり涼みつつ髪を乾かし……。

 風呂を出たその足で、3階に戻った。

 既に廊下にも操舵室にもアルトの姿は無く。血液入りの醤油皿も消えていた。

 私は船の自動航行ラインを確認し直し、自分の部屋のベッドにダイブした。

 「けど……、補給って……どうするのかしら?」

 吸血鬼なんてものが普通に居る世界なら、そういう制度が整っているのか?

 疑問に思いながらも、この世界の知識の無い私では分からないが、アルトは正真正銘この世界の住人なのだから当然知っているのだろう。

 「私が気にしても仕方がない、か……」
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