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第二章

大鍋と格闘します。

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 店の前にドーンと置いた鍋から、サイズ毎に値段の違う皿にパエリアを盛り分けるのはロイスに丸投げし、私は2つ目の鍋の調理に取り掛かる。

 あの鍋一つで結構な人数分あるけど、今回は売って売って売りまくり、とにかく稼がなきゃ大赤字だし。
 幸い財布に余裕のある御仁の多い土地。

 商人も多いから、ボッタクリには厳しい目が向けられるが、正当な値付けで変わった物を売り出せば、当然流行りに敏感な彼らは興味を持って寄って来る。
 その商売のチャンスを不意にしては堪らない。

 あの鍋が空になる前に、こっちの鍋のパエリアを完成させなければ。

 それに、料理を作っている様子を見せるのも、パフォーマンスになって、宣伝代わりにもなる。

 大きな――大き過ぎる鍋での調理はかなりキツい体力勝負だけど、今は泣き言を言う時じゃない。
 「……今夜と明日は筋肉痛で泣くハメになりそうではあるけどね」

 ジャッと魚介にワインを振りかけ、炎が上がるとワッと見ていた客から歓声があがる。

 無論、肝心の味の方は――

 「おお、飯がパラパラしておるのぅ。飯とはもっと水気があってもっちりした方が美味いものと思っていたが……、この手の料理ならばこの方が美味いのか」
 「バッカ、この土地の内陸のチャーハンて料理食ったことないのか? あれもパラッとしてないと美味くないからな。料理によりけりなんだろ」

 「それより、この近くの港で生で食う魚は食ったことがあったが、あれとはまた別の旨さがあるな、この料理は」
 「ああ、あちらの飯は酢の味しかせんかったが、こちらは飯のみでも十分美味い。そこにこれだけ具が乗ってるんだ、食べごたえもあるな」

 と、評判は悪くない。

 「これだけの大鍋から取り分けて食べるなど、下賤な食べ物とも思ったが……、しかしこれなら毒味などせずとも安心して食べられるな」
 「同じ鍋で作った料理を、これだけ多くの者が食べて問題ないのなら……確かに安全でございますね」
 「調理も目の前で堂々としてるしな」

 そして、商人や金持ちというのは、ある意味そこらのおばちゃんと同等か、あるいはそれ以上に噂好きで、情報に敏感な生き物らしく。

 口コミを聞きつけたらしい御仁が次々とやってくる。
 最初の鍋が空いたら、すぐにその鍋で次の調理にとりかかる。
 調理の現場は完全に戦場と化していた。

 「う、腕痛い……、腰痛い。けど頑張らなきゃ……」

 汗をダラダラかきつつ、水分補給だけは欠かさない様にしながら、私はひたすら大鍋と格闘し続けた。
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