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第一章 もう一人の存在

何度でも、飽きるほど聞かせて【2】

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*****


平日の閉店作業は、ショッピングセンター内にお客様がいなくなったのをざっと見渡して、私一人で行っている。

製造専門の従業員は翌日の仕込みを終えるとほぼ18時にはあがるし、販売専門の従業員も閉店の一時間前には退勤させていた。

ここ数年の間に、富みに感じるようになった不況のため、オーナーから人件費を削るように言われているからだ。

物販店は、全店20時に閉店していた。
センター内で20時以降も開いているのは、映画館・飲食店・ゲームセンターだけだ。

店内の照明を消し、戸締まりをしたあと、ソムリエエプロンのポケットからスマホを取り出す。
私を待つために、そのいずれかで時間をつぶしているだろう大地に、メールをするために。

───だけど。

アプリを開いて、大地のアイコンを見たら……急に指が動かなくなってしまった。
私はスマホをしまい、そのままロッカールームに向かった。


*****


「───まいさん!」

後ろから声をかけられて、ビクッとして足を止めた。
近づいてくる足音と気配に、ふたたび足早に歩きだす。

「待ってよ、まいさん」

すぐに追いつかれて、大地に肩をつかまれた。振り向かずに、私は言った。

「……ごめん、メールしないで」
「うん。いつもだったら、連絡あってもおかしくない時間なのに……変だなと思って。
……来て、良かった。こんな遅い時間に、まいさん一人で、夜道を歩かせるわけにはいかないし」

私をのぞきこむ大地の眼差しは、いつもと変わらずに優しい。
でも、その優しさが、恐かった。

───父さんから心変わりを指摘されても、きっぱりと否定した大地。
クラスメイトに私のことを、婚約者だと紹介した大地。

そんな風に、微塵みじんもためらわずに言えるのは、大地がまだ、《外の世界》を知らないからだと思った。

今は狭い大地の《世界》が広がれば、私より夢中になれる存在と出会うことだってあるはずだ。

私はそのことに、今日初めて気がついたのだ。
高校生の大地が同い年の子といる、自然な姿を見た時に。

「───無理しなくて、いいんだからね」
「え?」
「他に……好きな子ができたら、遠慮しないで言いなさいよ?
心配しなくてもあんたの気が変わったからって、私も父さんも、あんたを家から追いだすなんてことしないから」

冗談めかして言って、大地の胸もとを小突く。瞬間、その手を大地が乱暴につかみ寄せた。

「───それは、まいさんの本心?」

問いかける大地の声が、ゾッとするほど低くて、驚いて大地を見上げた。

今まで見たこともない大地の顔が、そこにはあって。冷ややかに私を見下ろす瞳に、一瞬、たじろいでしまう。

「……本心よ。あんたはまだ若いし、血迷って私を好きだって思いこんでいたとしても、不思議はないもの。
だから───」

ふいに、つかまれた手首に力がこめられて、それ以上、言葉が続かなくなった。
……私はまた、同じ過ちを、繰り返そうとしているのだろうか?

この間あんな風に、大地が昔付き合っていた男と重なったのは、そのためなのかもしれない───そう思って、言いかけたこととは違う想いを、大地に告げる。

「……ごめん。いまのは、思っていたことを正直に話したつもりだったけど……本心、というのとは、違うのかもしれない。
大地に他に好きな子ができたとして、私がすぐに大地を諦められるわけじゃない。
だけど───大地にとってその方が幸せなら、仕方がないっていう気持ちがあるのも、事実なの。
でも……本当は……大地には、私だけを見ていて欲しい。他の、誰よりも、私を選んで欲しいって、思っ……───」

自分でも、何を言っているのかが、解らなくなっていた。

けれども、大地に本心を問われて……「大地のための想い」ではなく、「大地を失いたくない想い」を伝えなければ後悔するだろうことに気づいた。

───まだ、失ってもいないうちに勝手に決めつけて、自分から恋を手放してしまうのは二度としてはいけない過ちだ。

───……数人の笑い声が聞こえてきたけど、大地は私の身体を解放しなかった。

「……これは、僕の気持ちを疑った『お仕置き』だからね……?」

抱きしめられた私の耳に、意地悪で甘いささやき声が落ちてきた。
大地が、私のハーフコートのフードに手を伸ばして、私に被せる。
フードで私の顔を覆うようにすると、その唇を私に寄せた。

「だっ……───!」

私が口を開くより先に、素早く唇が重ねられた。

強引に奪い去るわりに、いつもこちらの反応を窺うように優しくて……なのに、憎らしいほど感じてしまう、大地のキス。

足早に横を通り過ぎた従業員達が、数メートル先で、
「今の、見た?」
「こんなトコでイチャつくなって感じだよね~」
などと、聞こえよがしに言っている。

……あぁ、また人前で抱き合って、チューしてもうたっ……!

「───……僕は何度でも、まいさんに言うって約束、したよね?」

軽い自己嫌悪に陥る私の頬に、大地のやわらかな声が、吐息と共にかすめていく。

「この想いと情熱の行く手には、あなたしかいないんだって。
……まいさんが、どれだけ僕の気持ちを疑っても、僕は何度でも繰り返し、あなたを想う心を伝え続けるから。
前にも言ったけど、それこそ、まいさんが飽きるほどにね。
覚悟はいい? まいさん」

いたずらっぽく片目をつむる大地に、私は泣き笑いになりそうな自分を懸命に繕って、微笑んでみせた。

「何度でも、飽きるほど、聞かせて。……私も、何度でも、伝えるから」

私のなかで、どれだけ大地の存在が大きいかを───。




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