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第一章 もう一人の存在
大地と、どういう関係?【1】
しおりを挟む後ろから、ぐいと二の腕を引かれた瞬間は、てっきり大地かと思ったのに。
「……あんた、『まいさん』だよな?」
アミューズメント施設の通路途中。
ざわついた音に負けることのない、よく通る響きの良い声で、その男は言った。
「ふうん……」
かけていたサングラスを半ば外して、値踏みするように、私の上から下、下から上を眺めまわす。
やや吊り上がりぎみの目元が、意味ありげに片目だけ細められた。
「あの……?」
私は眉を寄せた。
こんな柄の悪い知り合いはいないし、絡まれる覚えもない。
「手、離してもらえます? 急いでいるので」
とがった口調で言いきって、つかまれた腕を振り払った。
すると、恐らく二十歳前後かと思われる男は、いきなり噴きだした。
肩を揺らして、皮ジャンの内ポケットにサングラスをしまいこむ。
「……弟とヤッちゃうような節操無しのわりに、意外と頭カタかったりする?」
耳打ちされた言葉に、ぎょっとして男を見返した。
───ちょっとコイツ、何言ってるの……!
そんな私の前で、今度こそ男は声をあげて笑いだした。
「……悪い。あいつが、あんまりにもガード堅くて、あんたのこと紹介してくれないもんだから、つい……」
ふう、と息をついて、男が私を正面から見据えた。短い髪の毛先だけ遊ばせた髪をかきあげて、笑う。
「神林透。……トオルでいいですよ、オネーサン?」
いたずらっぽくゆるめた口元はどこか大地の笑い方に、似ていた。
*****
仕事あがりの早い日は、本屋を待ち合わせ場所にしていた。
神林透と名乗った男と連れ立って行くと、大地はあからさまに嫌な顔をしてみせたのだった。
ところが神林透のほうは悪びれもせず、私と大地をセンターコートの片隅のテーブルにつかせた。
大地はふたたび、本屋でした質問を繰り返す。
「……なんで、ここにいるの? しかも、まいさんと一緒だなんて……!」
「あー? 細かいこと気にすんなって。ハゲるぞ。
つか、オレ、腹減ってんだけど。あそこのたこ焼きとあっちのコーヒー、買って来いや。
ついでに、オネーサンとお前の分もな。ほら」
問答無用で目の前に突き付けられた万札を、大地は乱暴につかんだ。神林透を、キッとにらみつける。
「……まいさんに、失礼なことしたり、言ったりしないでね?」
「おう、わーかってるって。心配すんなよ。お前のピーな過去話なんて、お前がいない時に、しやしないから」
「別に、まいさんに聞かれて困るような過去なんて、ないよ。僕が言いたいのはそういうことじゃなくて───」
「だから、解ってるっての。早く行けって」
うろんな目つきで神林透を一瞥すると、大地は渋々といった感じで立ち上がる。
私に、「カフェラテでいい?」と確認してから、たこ焼き店の方へ歩いて行った。
その背中を見送って、失笑と共に、神林透がつぶやくように言った。
「失礼なことなら、もうとっくに言っちゃってるから、いまさらって感じだけどな。
……ね、オネーサン?」
向けられた眼差しに、悪意も敵意もない。秘密を共有する者に対する親しみが感じられた。
そんな彼の態度にうながされ、思わず口をひらく。
「……お姉さんっていうの、やめてもらえますか、神林さん」
「んー……あいつの前で『まいさん』なんてあんたのこと呼んだら、あいつしばらくオレと、口きいてくれなさそうだからなぁ……。
佐木さん、が、妥当かな? どう?」
同意を求められて、私は素直にうなずいた。
「そうしてください」
「じゃ、佐木さんも、オレのことはトオルでいいから。あと、年下に丁寧語遣うの、どうよ?」
「……初対面の人には、そうするのが癖なので。
まぁ───じゃ、トオルくん。大地と、どういう関係?」
距離の取り方をはかりかねて、けれども、一番気になっていたことを尋ねた。
「関係、ねぇ……? まぁ、ダチってのも違うし、主人と下僕ってのもビミョーに違うしなぁ。オレがあいつの兄貴分だってのが、妥当なセンかな。
───佐木さんさぁ、あいつのこと、どう思ってんの、正直なハナシ」
「どうって……」
思いもよらない方向で切り返されて、私は言いよどんだ。
こんな、自分の勤め先がある目と鼻の先で、例え思っていたとしても好きだの大切だのと、言えるワケがなかった。
……大地じゃ、あるまいし。
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