上 下
6 / 79
第一章 真夜中の訪問者

3.白猫が美少女だった件

しおりを挟む
……にしてもコイツ、こんな真夜中に、何が悲しくて人ん家にあがりこんで、手品披露したりしてるんだよ。
親が知ったら、泣くぞ。

「───どうやら、おれの言っていることが信じられぬようだな」

エマはそこでニヒルに笑い、机の上に置かれた数学の教科書を取り上げた。
オレの見ている前で放り投げると、手にした剣を素早く二三度、振った。
パラパラと音を立て、数学の教科書は無惨にも紙切れと化し、カーペットの上に落ちた。

「お、お前っ、なんてことするんだっ。
オレ、オレはなぁっ、物を大切にする主義なんだぞっ!
おまけに教科書は、オレが愛読している週刊のマンガ雑誌より、定価が高いんだぞぉっ」

見事に真っ二つになった方程式やら放物線やらを思い、ひざまずいて、十字を切った。

成仏しろよ、お前たち。
しかし……それにしても。

ふざけてる場合ではない、ということに気づいたのは、両ひざをついていたオレをさげすむように見下ろすエマと、目が合った時だった。

スッとオレの鼻先に、細長い剣の切っ先が突き付けられる。

「貴様も同じような目にわされたくはなかろう? 正直に申せば、痛い思いはしなくて済む。……おれは気が短いぞ?」

つん、と、鼻の頭に剣先が当たる。
ひやりとした感覚が全身を駆け抜け、オレは身震いした。

息をのむ。背中を、いやな汗が伝っていく。

耳鳴りがしそうなほど辺りは静かで。
オレは、身体の内側に力をためこむようにして、目を閉じた。

意を決して、口を開く。

「知らねーものは、知らねーよ!!」

のどの奥で言いきってから、エマをにらみ上げた。

「お前さぁ、世の中は自分中心に回ってると勘違いしてないか?
てめぇの気に入らねーヤツは、っちまえばそれで済むと思ってるだろ。
そんな考えは、大間違いなんだよっ! なんの解決にもならないんだっ!!」

息をきらして言い終えると、興奮のあまり身を乗りだしたせいで鼻の頭に、チクッと痛みが走った。

げっ、切れた……。

くっとエマが笑いを漏らした。
剣を下ろし、唇をゆがめてオレを見る。

「言いたいことは、それだけか。
まずは、その右腕からもらおう。貴様は何処まで我慢強いかな?」

剣を両手に持ち直すと、エマは上段に構えた。

ちくしょう、なんでオレ、こんな目に遭ってるんだ!?
めちゃくちゃリアリティーのある悪夢を見ているだけじゃないのか?

ぐっと奥歯を噛みしめた。

次の瞬間、ひとつの高い声が、オレ達の間を割って入った。

「待って、エマ。あたしなら、ここにいるわ。お願い、剣を下げて!」

その声には、確かに聞き覚えがあった。

ゆうべ夢のなかで、ティアと名乗った女の子と同じだ!
じゃあ、あの夢は、オレが夢だと思いこんでいただけで、全部現実だったってことかよ……!?

驚きながらも声のした方向、ベッドの下へ目をやった。そこにはもちろん……白猫のティアがいた。
白猫は、ふうっとゆっくり、昨晩オレが見たままの白金髪のティアに変わった。

なっ……。

信じられない思いでいると、ティアがターコイズ・ブルーの瞳を悲しげにしばたたかせた。

「ごめんね、君。迷惑かけて」

う、オレ、頭がおかしくなりそう……。

頭を抱えこみたくなるオレの前で、ティアはエマに向き直った。

「エマ……聞いて。あたし、あの国にいるのが苦痛なの。もう、あそこへは帰りたくないわ。
お願い、解って……」

エマは無表情のまま、ティアを見つめ返した。

それから左手を、今度は右手首までスッと移動させた。すると、剣はたちまち消え失せてしまった。

うーん、どういう仕掛けになってるんだろ。

興味津々とその手もとを見ていると、エマは小さく息をついた。

「───もっとよく、話を聞きたい。貴様を連れて帰るのは、それまで保留にしてやろう」



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

戦争はただ冷酷に

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:5

祈りの力でレベルカンストした件!〜無能判定されたアーチャーは無双する〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:471

サボタージュ

青春 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:2

公爵令嬢の秘密

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:69

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:5,847

私がいなければ。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,822pt お気に入り:28

処理中です...