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第二章 異世界への扉

5.誰にも言えない彼女たちの存在

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期末考査が近づいていた。

日曜日。
オレは、リビングで親父の肩をんでいた。

「……あ、もっと右だぞ。そうそう。
───与太郎、ちゃんと勉強しているか?
期末が近いだろ。解らないところがあったら、僕に訊けよ」
「うん。でも、特にねーよ。解んないトコなんてさ」

手に力が入ってるせいか、声にまで力が入る。

「そうか……。今度は、ちょっと叩いてくれないか?」

親父の注文通りにする。

しっかし、親父もいい身分だよなー。日曜日になると、こうして孝行してくれる息子がいるんだからさ。

「与太郎……最近、何か変わったことないか?」
「えっ」

一瞬、ティア達のことがバレたのかと思った。
だから、動かしていた手を、ピタリと止めてしまった。

「ん? どうした? もう終わりか?」
「いやいや」

いや、と、ごまかすように、「いや」を連発しながら、ふたたび親父の肩を叩きだした。

「変わったことって……どうして、そんなこと訊くんだよ?」

つけっ放しのテレビから、ナイター中継の実況アナウンサーの絶叫が聞こえる。どうやら、主砲に一発がでたようだ。

親父は、よし、と、手を打った。親父のひいきチームが勝ってるらしい。

「……お前、近ごろ考えごとばかりしてるじゃないか。
以前は、やれ誰ちゃんに名前のことでふられただの、誰それは可愛いだのと、のんきに騒いでたのに何も言わずに黙々と家事をこなしてるからな。
気になったんだ」

酒もタバコも口にしない親父は、オレがれてやった紅茶をひとくちすすったあと、静かにそう言った。

オレは、親父の白髪まじりの頭を、まじまじと見つめた。

気づいてたんだ……親父。
普段は、のほほんとしているのに。
やっぱ、伊達に教師やってないんだな。

最近は確かに、他愛もない会話を親父にふったりは、しなくなっていた。
うっかり、ティアやエマのことを話してしまいそうで、軽口がたたけなくなったというか……。

事情が事情なだけに、オレは誰にも彼女達のことを、話していない。
もちろん、親父にだって、言えやしない。

言っても、信じてくれるかどうか。

そうだな……直哉なら、あいつなら信じてくれて、そのうえ、相談にのってくれるかもしれない。が、未だにあいつとは、冷戦状態だ。

あーあ、気が重いなぁ……。

     ◆  ◆  ◆

親孝行の対価としてもらった、心ばかりの小遣いを握りしめて自分の部屋に戻るため階段をのぼっていた。
その時、オレの部屋のほうから、争うような物音がした。

今の、まさかっ……!
反射的に床を蹴って、部屋のドアを勢いよく開けた。

「───エマっ!?」

人の姿に戻ったエマが、カーペットにうつ伏せに倒れ、苦しそうにあえぐ姿があった。

その様を目の端で捕えた直後、ひらひらと部屋のなかを舞う花びらに気づいた。

無数に舞う花びらと黄色い粉が、オレの目の前を、かすめていく。

すうっ……と、自然な呼吸をしたオレの鼻に、黄色い粉が入り、けほっとむせた。

とたん、きゅっと気道が狭まった気がしたかと思うと、息が苦しくなった。

それを振り払うように、口もとを覆い、慎重に呼吸を繰り返す。
が、ますます息がつけなくなる。

あまりの息苦しさに、吐くようにうめき声をあげてしまう。

くらり、と、めまいを覚えた。
視界のなかを行き交う、蒼い花びら。

変だ……。尽きることを知らずに、舞い続けるなんて……。

薄れていく意識のなかで、この部屋にいるはずのティアが見当たらないことを、記憶の隅に置いた───。
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