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番外編『夢天女の涙』──ジーク視点──

2.10年前の約束

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「なによ、また無視する気? 冷たいわね」

とがった口調は最初だけで、オレと肩を並べると、彼女はいたずらっぽく笑ってオレを見上げた。

「さっき見かけたから、追いかけて来たのよ。
笑いかけたのに、なんの反応もないんだもの。気になるわ」

オレに歩幅を合わせ、背伸びをするように彼女、エマは歩く。

「他にも、何人も……いただろ、男が。
みんながみんな、お前に微笑まれたがってるから、さ。
オレに向かって笑ってるとも思えなかったし」

オレの言葉に納得したのかしないのか、エマはふーんと相づちをうった。

「そうなの? ジークの友達は変わってるのね。
私が、はねっかえりだってこと知ってるはずなのに、私みたいな子に笑いかけられて、嬉しいものなのかしら」

肩をすくめてみせる。

「それは」

エマが最近、みるみるうちに、キレイになってきたせいだ。

思い浮かんだセリフは、口のなかで留まってしまう。

「それは?」

じいっと、エマが大きな瞳を向けてくる。

「それは……」

彼女の眼差しにひるんでしまう自分が情けない。

「───みんな、変わってるんだろ」

ようやく口をついて出た言葉に、エマが噴きだした。

「何よ。私と同じこと、言わないでくれる?」

「わーるかったなー。忘れちまったんだよ、なに言うか」

「やぁね、しっかりしてよ。
次期王位継承候補者でしょ? ど忘れはよくないわ」

「大きなお世話だ」

ムッとするオレの前で、エマはくすくすと笑いだし。
しまいには、エマの家がある居住区への道と、オレの向かうスメルムーン城との別れ道に至るまで、笑っていた。

よっくそんなに笑ってられるよな。

内心あきれかえっていると、エマが言った。

「ね、久しぶりに、剣の手合わせ、してくれない?」

オレは眉を上げた。

「やめたんじゃなかったのか?」

するとエマは、ふふふと笑って、右手首を左手で覆い、右手を斜め下にすべらせた。

幅のせまい剣が現れる。

「ほーらね。健在でしょ?」

「あのなぁ……」

何を考えてるんだ、この女は。

スメルムーンでは、剣をいつでも使えるように、常時携帯している住人が、ほとんどだ。

だけど、女はたいてい護身用の短剣を持つくらいで、エマのように長い剣を持っているのは、ごく少数だ。

っとに、変わってるよ。

まぁ、付き合いが長いだけに、慣れてしまってはいるけどな。

「……じゃ、そこの広場で」





キン、キン、と、お互いの剣が、ぶつかり合う。

エマの腕は、以前より全くといっていいほど、落ちていない。

オレは三分ほどの力で、彼女の相手をしていた。

やがてエマが降参し、そこでしまいとなった。

「……駄目ね。体力が落ちてきているわ」

額の汗をぬぐいつつ、肩で息をはずませるエマ。

互いに剣をしまい、オレは言った。

「じゃ、な。またいつか」

そうして城に帰ろうとすると、エマに呼び止められた。

「ちょっと、私の家に寄って行かない?」

誘われたものの、困ってしまった。

最近、エマといるのは、居心地が悪かったからだ。

なんていうか……まぁ……男と女だし、な。

「いいじゃない、たまには。さ、行こ行こ」

強引に、家に連れ込まれ、エマの部屋に通される。

オレが落ち着かない気分でいると、じきにエマが小さな器を持って部屋に戻ってきた。

「はい」

アメジストの入ったそれを差し出され、礼を言ってから、ひとつつまんで口に放った。

うん、うまい。やっぱりオレは、アメジストが一番好きだな。

「ジーク……」

なんの前触れもなしに、エマがついと、オレのほうへひざを寄せた。

「6歳の春、カザリンの花畑で私とした約束、おぼえてる?」

おずおずと、ためらいがちにエマが言ったのに対し、オレは首をかしげた。

6歳……と言えば、いまから10年前のことだ。

その頃、カザリンの花畑で、オレとエマがした約束……?

カザリンの花畑とは、いま現在ファースト家が城主をつとめている、スメルムーン城のすぐそばにある花畑のことだ。

カザリンとはオレの母の名で、すなわち花畑を造ったのは母であることに他ならない。

その場所で、か……。

「いや、ごめん。ちょっと、思いだせないな」

古い記憶をたどってみたけれど、思いあたる節がなかった。

何せ、10年も前の話だからな。

「そう……。そうね、忘れてて、当たり前よね」

エマの瞳に寂しげなかげがかかり、気になって言った。

「約束って、なんだよ?」

尋ねても、エマは小さく笑って、答えようとしなかった。

気まずいまま、オレはエマの家をあとにした。

───が、エマとした10年前の約束というものが、いったいなんだったのかが、オレの頭から離れずにいた。


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