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番外編『夢天女の涙』──ジーク視点──
4.エマの婚約
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時の流れを青空を駆ける雲によって感じながら、瞳を閉じた。
背中に大地の息遣いを受けて、一人、草原に寝転んでいたオレは、10年前のあの頃を思いだしていた。
───まだ、エマのことを素直に好きだと認めていた頃。
ゴロッと反転し、草を一束つかみよせ、うっすらと目を開けた。
いつからか、エマと一緒にいる時間を避けていた。
自分のなかにいる、エマの《存在》を認めたくなかったから、か。
それとも……。
───くそっ。
力任せに根もとから草を引き抜くと、土が飛び散って、オレの額に頬に当たった。
反射的に飛び起きて、頭を振った。
かたい髪に手をやった時、オレの頭のなかで、何かが弾けた。
まさか……!
エマとした、10年前の約束っていうのは……。
夢天女の涙。
そうか、そういう、ことだったのか。
10年も前にした、今よりも子供だったオレ達がした約束を、エマはずっと覚えていたんだ。
エマ……。
少しまぶしい昼下がりの空を、目を細めて見上げた。
◆ ◆ ◆
ボナセーラの丘での勉強会は、いつもより少し早く終わった。
ラオスをはじめとするいつもの面々……ミステア、ケリー、そしてオレは、他の皆が帰ったあとも、その場に残って雑談していた。
「だけどさぁ、あれには驚いたよなー」
話の途切れた瞬間、ケリーが溜息まじりに言った。
「あれって……あのことか?」
ミステアが憂うつそうに目を細める。
「そっ。モラート家の次男坊と、エマの婚約」
───なんっ……。
思わず耳を疑った。
いつから、そんな話が出てたんだ!?
ケリーが肩をすくめているのを、オレは呆然と見ていた。
「信じられないよなー。
エマが、あんな男が趣味だったなんてさー」
「いや、オレが聞いた話によると、彼女の親父さんが積極的にすすめてるらしいぜ」
誰に聞かれて困るのか、ミステアは人差し指を立て、声を落とした。
「でもよ、エマが嫌だって言えば、それで済むはずだろが。
そうしないってのは、エマのほうも、まんざらじゃないってことだろーよ」
あぐらをかいたひざ上に片ひじをつき、ケリーは不機嫌な顔をする。
「そりゃそうだろうけどさ……」
物言いたげなミステアをよそに、ラオスが至ってのんきに口を開いた。
「モラート家の次男坊って、ワーリィのことだろ?
あいつってさぁ、なーんかジメジメしててさ、話しかけても応答のない人付き合いが悪い男じゃん。
あんな奴がエマと一緒になるくらいだったら、オレのほうが断然エマと似合いのカップルだと思うけどなー。
ジーク、そう思わないか?」
お前はっ。またそこでオレに話を振るのかっ、ラオス!
動揺しているオレを、さらに追い詰めるようなまねすんなっ。
「思うワケねぇだろが、このボケ」
言葉も出ないでいるオレに代わって、ケリーがラオスの後頭部を殴りつける。
「こいつらは放っといて」
二人を尻目に、ミステアがオレの肩を抱き、ラオス達に背を向けた。
「で、本当のところはどうなんだよ、ジーク。
話に参加しないっていうのは、興味がないのか、それとも」
そこでミステアは、エメラルドグリーンの瞳をいたずらっぽく光らせた。
「胸中穏やかじゃなくて、いますぐエマに会って、真相を確かめたいってところかな?
……オレとしては、後者だと思うんだが」
げ。
「やっぱり、そうか」
オレの顔色から察したらしく、ミステアは微笑してみせた。
「だが……どうする?
エマの親父殿はえらく乗り気で、すぐにでも挙式しかねない勢いだと、オレは聞いてるぜ? それでも……?」
考えぶかげにミステアはオレをまっすぐに見つめ、語尾をにごらせた。
───それでも。
オレは……約束を守りたい。
エマとした、あの10年前の約束を。
夢天女の涙を、彼女に手渡さなければならない。
「そうか……。
じゃあ、まだ望みはあるわけだ。頑張れよ」
オレがエマとの約束のことを話すと、ミステアは小さく笑った。
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